通常営業後

第10話 帰着後のひと悶着




 日は落ち、俺とエディはギルドハウスの前に立っている。


「さてエディ、これから重要な話をさせてもらう」

 表情を引き締めて言う俺の言葉に、エディがピシっとした姿勢を取る。


「エディ、冒険者ギルドにとって花形とは何だと思う?」


 むむむという顔をしてしばし考えるエディ。

 冒険者ギルドの正面入り口両脇に設置された大きめの魔導ランプにに照らされたエディの考えてる顔は、目鼻立ちが整っており女性冒険者受けは確実だ。

 

「受付、でしょうか……?」


「ああそうだ、受付だ。朝は依頼内容を確認し、その冒険者と依頼条件が合っているかチェックしながら冒険者証に内容を登録。夕方は依頼内容の進捗状況と、途中で得た戦利品や獲物を資材管理部が評価した額を冒険者証に入力し、応じた報酬から諸々もろもろ税などを差し引いた額を支払い。これを笑顔で懇切丁寧こんせつていねいに行っているのだよ。花形と言わずして何と言おう」


「そうですね、その通りだと思います」


「そうだろう? そんな花形の彼女らは今、ようやく依頼報告に来る冒険者の波が少し落ち着き出した頃だ。我々営業は彼女らにどんなコトをしてあげたら最も良いか? わかるかね、エディ」


「何か甘い物でも差し入れするとか」


「ふふ、エディ、考えが甘いだけに甘い物か、上手いな。だが違ーう!」


「そうですか? 女性は甘いものを食べると元気が出ると元のパーティメンバーが言ってましたが」


「うん、それは落ち着いた時間に差し入れてあげるのが大正解だ。忙しい最中に甘い物? それは疲労と空腹に耐えながらオーダーリーダー受付魔道具を必死で操作する彼女らにとって、目の前にあるのに永遠に届かない、言うなれば片思いの男が目の前で他の女性とイチャイチャするのを見せつけられることに匹敵ひってきする責め苦なのだよ」


「そ、そうですか」


「そうなのだよ。更にだね、エディ。今日我々が取ってきた依頼。それはどう処理していると思うのかね? その依頼はだね、全ての冒険者の依頼達成・進捗状況の受付業務が終了した後で、全てのオーダーリーダー受付魔道具に通さねばならんのだよ。つまり」


「つまり?」


「我々が受付から見える位置に姿を現すと、受付業務に集中している我が冒険者ギルド・ファーテス支部が誇る受付の才媛たちに、要らぬプレッシャーを与えてしまうことになるのだよ!」


「な、なんですってー!」


「だから今この時間、我々が彼女たちにしてあげられる最高のコトとは、彼女たちの目に留まらぬようにギルドハウス内に入り、そっと潜んでいることなのだ! 腹が減ったからと言って隣の『こわき亭』なんぞに行ったら、あそこは受付から丸見えだ。彼女らに要らぬプレッシャーをかけてしまうことになりかねーん!」


「‼」 

 

 ダーン! というパイプオルガンの複数の低音を同時に鳴らす音がピッタリくるような、衝撃を受けた表情をエディは浮かべた。


「という訳で、正面からは入らないで裏の職員通用口、でもなくある場所から中に入ることにする。着いてきてくれ」


 そう言って俺は魔導ランプの光を避けてそっと暗がりを進んだ。


 エディに事の重要さを伝えるため芝居がかった喋り方をしたので、疲れた。




 俺はエディを後ろに引き連れ、ギルド受付入口とは別にある「こわき亭」の煌々こうこうと明かりの点いた入口の前を素通りし、ギルドハウスの建物を壁に沿ってぐるっと横に回る。

 表から10m程進んだところに魔導ランプが設置されていない扉がある。「こわき亭」に隣接した営業販売部管轄の売店、その商品搬入口だ。

 俺はエディの方を向いて口に指を当てて「シーッ」とジェスチャーをし、収納鞄マジック・バッグから鍵を取り出しそーっと音を立てないように鍵穴に差し、回す。

 かちゃん。

 これなら「こわき亭」までは響かない。

 商品搬入口の扉を片側だけ音がしないように開け、中に入る。

 売店の中は、隣の「こわき亭」で楽しく飲んでいる冒険者たちの喧騒が響いている。

 エディも俺に付いて中に入ったのを確認し、また音がしないように扉を閉め鍵を掛ける。


『ここは……売店の中ですか』

 エディが小声でそう尋ねる。


『そうだよ……あ、パメラの奴、しっかりロックカーテン閉じてないじゃないか、不用心だな』


 俺は音を立てないようにロックカーテンをきっちり閉じると、ひるがえっていたロックカーテンがシュンと壁状になり、同時に「こわき亭」の喧騒けんそうも少しさえぎられ静かになる。


「さてと、これでよし。

 エディ、今日は1日疲れたろ? 今日取って来た依頼をオーダーリーダー受付魔道具に通すまでには少し時間が掛かりそうだから、ちょっと休もうか」


 そう言って俺は売店の中に設置されている地下への階段を降りていく。


「カワイさん、どちらへ?」


「地下に製品開発の研究室と、無地オブラート聖餅にスペルをセットしてスペルオブラート聖餅にするセッティングルームがあるんだ。そこにソファがあるから少し休もう」


「カワイさん、まさか私を誘ってる……?」


「んな訳あらすか! おみゃーええ加減にせーやクソタワケ! 冗談でもやめい!」


「カワイさん、その言葉は」


「(前の世界の)うちの地方の言葉だよ!」


 最高に拒絶したいことがあるとつい方言が出てしまう。


 真っ暗な地下だが、スキル「暗視Lv2」のお陰で何がどこにあるのかはボンヤリ見える。

 

「エディ、暗視スキルは持ってるかい?」

 

「ええ、『暗視Lv2』ですが」


「ああ、俺と一緒だ。洞穴探索ダンジョンアタックの時はスキルオブラート聖餅『暗視Lv3』以上を食って強化する感じ?」


「そうです。まあ探索中は『暗視Lv4』持ちの優秀なスカウトが周囲を確認しながら進んで、戦闘になりそうになったら暗視のスキルオブラート聖餅を食う感じでしたが……」

 

 エディが答えている間に製品開発室の扉を開けて中に入る。

 パメラ底なし沼はもう帰宅しているだろう。変な思い付きを形にしているか、さもなければ寝ているか。実に羨ましい。欲望のままに彼女は生きている。


「エディはこっちのソファ使ってくれていいよ。横になってもいいからね。俺はそっちの使う。足元、ガラクタが沢山転がってるから注意してな」


 エディに手前の3人掛けのソファの一つを勧め、俺はテーブルを挟んで反対側の3人掛けの方にダイブした。

 今日は一日歩き回ってロクに休憩もしていない。

 柔らかなソファに弾み、抱かれ、俺はしばしの間まどろむのだ……

 

 ボン!

 もにゅん。

「ぐぎゅぅっ!」

 なぬう?


 ソファーの弾力とはまた別な何か柔らかい感触が我が右手に?

 ソファーに何を置きっ放しにしてんだパメラの奴は。

 そう思った次の瞬間。


「曲者強姦魔ぁ~!」


 ソファーに置かれた柔らかい物体が甲高い大声で叫んだ。


 俺は急いでソファーから跳ね起きる。

 この声は……


「地の底で永遠に骨になれ! 『底なしの泥沼』!」

「パメラ!」

 ヤバイ!

 俺は急いでその場から飛び下がろうとしたが、踏ん張った足は硬い床を踏みしめることなくズボッと膝まで埋まる。床が柔らかい泥沼と化していたからだ。 

 俺の体はそのまま泥沼と化した床にズブズブと沈んでいく。

 ソファーとソファーの間に置かれていた机は、立派で重量があったので俺の体より早く沈み切った。

 向こうのソファーでは、エディが驚いた表情でこちらを見ている。


「バカ! パメラ! 俺だ!」


「オレダなんて知り合いはおらん! 曲者はギルドハウスの人柱がお似合いじゃあ!」


 どこまで沈める気なんだ!

 パメラほどの魔導士の泥沼魔法なら、その気になればこの星の中心まで沈み込むかも知れん。

 胸の辺りまで泥に沈みつつあった俺は、ネクタイをほどいて鞭のように使い、ソファの足に巻き付けた。


「だああ、パメラ、いい加減にしろ! お前の上司のカワイ=ケイスケだっつーの!」


「たわけ! ケイスケの名を出せば我が怯むとでも思うたか、浅はかなりィッ! フヒャッヒャッヒャッ!」


 何笑ってんだっつーの!

 俺はネクタイを必死でたぐり、それ以上体が沈まないようにしながらソファーの上を見上げると、魔導杖を持って仁王立ちして高笑いしているパメラの小柄な姿がぼんやり見えた。


 こんにゃろう、久々にフルパワーで泥沼魔法打ったからってハイになってんじゃねーっつーの!


 お仕置きだな!


 俺はスキル「瞬発力強化Lv6」を使い、左腕でネクタイを掴みつつ右手を瞬時に伸ばしてパメラの足を引っ掴んだ。

 そしてパメラを泥沼に引きずり込む。

 

 べチャン!


 パメラの小柄な体が泥沼に落ちた。

 残念だったのはパメラをイヌガミケ・スタイルに出来なかったことだ。


「エディ! 魔導ランプ点けてくれ!」


 俺がそう叫ぶとエディはソファの周囲を探し回り、見つけた魔導ランプを灯した。


 泥の中に顔をうずめたパメラの胸倉を持ち上げるようにして顔を上げさせる。


「ハイハイ、どーですか、パメラさん? 私、あなたの上司のカワイ=ケイスケと申す者ですが~、この顔に見覚えはありませんですかぁ~?」


 パメラは魔導士。

 攻撃系魔法や補助魔法、一部の回復魔法は得意だが、「暗視」のようなスキル系は苦手だ。俺達の姿が全く見えていなかったのだろう。

 顔中泥だらけにしたパメラは目を開き、魔導ランプが照らす俺の顔をまじまじと見る。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……あれは誰じゃ?」


 パメラは俺の顔からプイッと眼を逸らし、エディを見て言う。


「エディ=レイクだ。昨日言っただろう、新しい営業専従職員が入るって」


「……パメラ=ウェラーじゃ。エディとやら、よろしくな」


「……エディ=レイクです。どうぞ、よろしく……」


「……ケイスケが悪いんじゃぞ、寝ているわらわの胸をいきなり揉むんじゃから……」


「それに関しては大変遺憾に思っている……だがしかし、だがしかしだ! 何度も制止しただろう。声で判れーい!」


「しっ、仕方ないじゃろう、わらわもイキナリのことで寝ぼけてたんじゃあ」


 まあ確かに、ソファーの上を確認せずにダイブした俺も悪い。


「……よし、許す! っていうか俺も確認せずにソファーに飛び込んで悪かった。大丈夫か、押し潰したりしてないか」

 パメラの小柄な体のどこかに飛び込んだ勢いで怪我をさせていないか心配になり聞く。


「何をじゃ!」


「何をって」


「……おのれ、見ておれ……わらわもいつかジェーンくらいには」


「何を言ってる」

 何を言ってる、本当に。


「ところでエディ、悪いけどパメラを引き上げてくれないか。俺も出ないといつまでも床が泥沼のままだ」


 一日中外回りをして疲れて戻った後、ずっと底なし泥沼の中でパメラと自分の体を左腕1本で支えているのはなかなか疲れる。

 一度泥沼から出てパメラに床を元に戻させないと。

 泥沼に沈んだ机なんかは、戻した後で掘り起こさねばなるまい。


 俺の右手からエディがパメラを受け取り、引き上げる。

 パメラも全身ドロドロだ。

 ちょっとお仕置きが過ぎたかな。


「フヒ」


 ふひ?


「フヒャッヒャッヒャッ! 解除キャンセレーション!」


 パメラが泥沼魔法を解除した。

 つまり、周囲の床が元の固さに戻った。

 俺を残したまま。

 

「おっ、おま、パメラ!」


「フヒャッヒャッヒャッ! 実はジェーンに頼まれておったんじゃ。ケイスケ達が戻ったら、必ずコソコソと地下に休みに来るじゃろうから、逃げられないように捕まえておいてくれとのう」


 な、なんだってー!


「ケイスケ、おぬしは軽戦士。スピードと瞬発力を生かして戦うタイプじゃ。首まで埋まった状態から脱出するパワーはなかろう。わらわをドロドロにしてくれたお返しじゃあ!」


 コツ・コツ・コツ・コツ。


 廊下からヒールを履いた人物が近づいてくる足音。


「エディとやら、ケイスケがこの状態ではお主は悪あがきせん方が身のため今後のためじゃぞ」


 そう言うとパメラはエディの手を振り払い、廊下に駆け出した。走り去る足音は奥のシャワールームに向かっている。

 

 そして、製品開発室の開かれた入口に、


 受付の制服のシャツを第2ボタンまで開けたスタイルのいいエルフのお姉さんが現れた。


 俺にはその姿を中心に、無数の集中線が周囲に伸び、バアァーン! という効果音オノマトペが横切る様子が見えた気がした。








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