青年期(2)
ツトムとキヨヒコは、工場付近のコンビニで、今回の依頼者と合流した。丸眼鏡を掛けた、利発そうな少年と、その妹と思しき少女だ。二人とも高校生だろうか、少年は学生服を、少女はセーラー服を着ている。
「よろしくお願いします」
少年が言い、二人そろって頭を下げた。
「昔のキヨヒコみたいなやつだな」
ツトムの言葉には答えず、キヨヒコは少年に話しかけた。
「梨田さん、お久しぶりです。こちらこそよろしくお願いしますね。早速ですが、工場へ向かいましょう。詳しいことは、歩きながら話します」
梨田兄妹から依頼を受けたのは、先週のことだった。駄菓子屋除霊組は最近インターネットを介して依頼を受け付けており、専用の相談フォームで相談があったのだ。もちろん、ホームページには、本当に助けを必要とする人間しかアクセスできないような細工をしてある。先ほど事務所に押し掛けてきた谷口らのような輩は、ネット上をいくら探しても、そのページを見つけられないはずだ。
兄妹の主訴は、頻発する霊障をどうにかしてほしい、というありがちなものだった。しかし、事務所を訪問してもらっての事前の聞き取りを経て、事態はそう単純ではないことが分かった。
兄妹によると、きっかけや理由は分からないとのことだった。もちろん、真面目な兄妹のこと、心霊スポットに足を運んだようなこともない。そのような場合、たいていは依頼主が気分や感情に強いぐらつきがあり、そのネガティブな状態に霊が引き寄せられている。しかし、キヨヒコの感触では、この兄妹にそのような一面はないように思えた。
霊障は、小さなものからだんだんと強まるのが一般的だ。ラップ音が少しずつ増えていき、やがてポルターガイスト現象にまで発展していく。この兄妹の場合、最初から強度がマックスであったのも気にかかった。突然家の本棚が、リビングの端から端まで移動したという。そのとき、二人の父親は壁と本棚の間に挟まれ、現在も入院している。母親は、兄妹を守ろうとお札や数珠を買い込んだが、ある晩にそれらが一気に弾けてしまった。それから母親は、嘔吐し続けた。兄妹は救急車を呼んだが、救急搬送される母親の口からは、大量の数珠玉が吐き出されていたそうだ。症状はその日のうちに収まったのだが、数珠の玉を自分で飲み込んだのだと誤解され、精神的な安定が認められるまでは入院措置となった。
依頼を受けて除霊組が調査してみたところ、梨田兄妹の家系は、ある村の神主一族につながることが分かった。村にある規模の大きな神社には、豊穣の神が祀られており、一族のうちの一派が神主を引き継いでいたらしい。しかし、村は次第に過疎化し、やがて廃村となる。同時に開発の流れで、神社は取り壊され、そこには鉄塔が建設された。取り壊し前の神事が雑だったのだろう、祀られていた神が怒り狂っていて、それが梨田一家にも及んだのだ。
梨田兄妹とその両親は、自分たちが神主の一族であることも、村や神社の存在も知らなかった。ただその血を引いているというだけで甚大な被害を被っている彼らをそのままにはしておけず、除霊組は正式に動くことになった。
「その怒っている神様は、今も村の鉄塔付近にいる。そしてどうやら、電線を介して、災いを引き起こしているみたいなんだ」
「電線ですか」
「そう。僕らも初めてのケースだよ。電線を伝う祟りって、なんだか神様らしくないよね」
キヨヒコは二人を和ませようと軽い口調で話すが、もとよりこういうのは得意ではない。兄妹の表情は硬いままだった。
「これから行く工場は、遠くではあるけれど、その鉄塔とつながっている。神様をそこにおびき寄せ、祀りなおすのが今回の目的だよ」
「祀りなおせば、もう大丈夫なんですか?」
「おそらく。二人は危険な目に遭わないようにするから、安心して」
周囲には、三車線ある大きな道路が広がっているが、人気はない。工場も今はがらんどうのはずだ。すでに、工場の管理者には話を付けてある。
工場の付近は、強い瘴気でどことなく歪んで見えた。
「うげ、なんじゃこりゃ」
ツトムがあからさまに顔をゆがめる。キヨヒコはそれを尻目に歩を進めた。ミサが、すでにお札や魔法陣を駆使して、誘導と封印の手はずを整えているのだ。
「工場の中は、霊気のようなものがたくさん漂っている。だから、君たちも、普段見えないようなものが見えてしまうかもしれない。でも、気にしないように」
兄妹に話しかけながら、キヨヒコの脳裏を高校時代の思い出がよぎる。人体模型の力を借りて除霊したとき、霊の強い瘴気によって、教室にいたすべての生徒と教師が霊を目撃した。強い瘴気は、霊を可視化する。
工場の中ではミサが待っていた。キヨヒコは兄妹に仲間を紹介する。
「改めて紹介するね。こちらがミサ。君たちのそばで、君たちを守ってくれる」
ミサが「よろしく」とにこやかに手を振る。
「こちらがツトム。ツトムは僕と一緒に、神様を封じ込める」
ツトムは梨田兄の肩をポンポンと叩いた。
「よろしくな。大丈夫、全部終わったら何を食いたいか、考えておけよ」
心なしか、梨田兄の表情が緩んだ気がする。やはり、ツトムはさすがだ。
ミサが、車いすを押してきた。錆びついた車輪が、きいきいと耳障りな音を立てる。
梨田兄妹が息をのむのが分かった。
二人には、車いすに乗っている何かが、ひどく不気味なものとして見えているはずだ。何か、というのは、それが毛布で覆われて見えないからである。
大きさは、赤ん坊ほどもない。小型の犬か猫だと言われれば、そうかもしれないと思うだろう。毛布の下で、何かがうごめいている。
「そして、これが僕らのリーダー、トミ婆」
キヨヒコの言葉が信じられない、というように、兄妹は目を見開いた。
「リーダーですか?」
「そう。リーダーだ」
なおも硬直している二人に、ミサが寂しげな表情で話しかけた。
「トミ婆と私たちはね、何年か前に、とても大きな闘いに挑んだの。もし失敗すれば、街が一つ壊滅するほどの、強い強い霊だった。なんとか封じることはできたんだけど、トミ婆は代償を支払うことになった」
キヨヒコもうなずく。
「トミ婆の霊力はけた違いに強かったからね。本当は死ぬところだったんだけど、なんとか形を保ってこの世に存在できている」
「トミ婆はめちゃくちゃ口が悪かったんだけどな、今は口が無いから悪口も言えねえ。その点はよかったな」
ツトムが冗談に聞こえない冗談を言う。毛布の下で、トミ婆がもぞりと動いた。
ミサが「ではでは」と手を叩いた。
「おしゃべりはこのくらいにして、二人には魔法陣の中に入ってもらおうかな」
今回除霊組が拠点とするのは、工場内の作業場だ。周囲にはコンベアやよく分からない機器が並んでいる。中央に広いスペースがあり、そこに魔法陣が描かれていた。
「この中にいれば安全だよ。万が一、魔法陣が壊れちゃうようなことがあれば、予備も用意してあるから、あそこまで走って」
ミサが指さしたのは、巨大な機械の陰にある魔法陣だ。魔法陣間の距離は二、三十メートルといったところか。
兄妹が魔法陣に入ったことを確認し、キヨヒコとツトムは作業場の奥へ向かう。そこには、簡易な鳥居と祭壇が設けられていた。
「ミサ、これはもうつながってるのか?」
ツトムの声に、魔法陣の前に立ったミサが「そう」と答えた。
「そこに追い込めば、私たちの神社に送ることができる。あとは、トミ婆が祀りなおしてくれるよ」
きいきいという音がして、祭壇の横に車いすがひとりでにやって来た。
「トミ婆はここで待機ってことか。俺たちは?」
ミサは作業場の反対側を指さす。
機器の間に、コードでつなげられた箱のようなものがあった。お札が所狭しと貼ってある。
「原理はよく分からんが、とにかく、電線を通って、神様がここに来るんだろうな」
ツトムが箱を眺めながら言う。
「そう。それを、作業場の反対側まで誘導するのが僕らの役目だね」
キヨヒコは振り向き、トミ婆、ミサ、梨田兄妹の姿を確認する。
「じゃあ始めようか」
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