第274話
さて、魔王の護衛依頼を引き受けたわけなんだけど……別にこの依頼は今すぐにやろうって話でもないんだよね。
依頼自体は二週間後にフォーザインの街で魔王と落ち合い、そこから護衛開始となるので、実は二週間ぐらい暇なのだ。
ちなみに、魔王の護衛依頼としては往復で二週間ほど拘束される。
その準備期間も兼ねた二週間といったところなんだけど……。
クラン・せんぷくとしては、チェチェックの街にクランハウスを建てているので、クランハウスワープ(仮称)を使えば、結構ギリギリまで準備をしなくても間に合う計算だったりする。
なので、クランメンバーで相談した結果、この二週間はフィザの街で思い思いに過ごそうということになった。
そうと決まれば、わりと自由に動き回るのが、我がクランメンバー。
精力的に動いているのは、タツさんやブレくん、ミサキちゃんといった面々。
彼らは翌日の朝っぱらからフィザの冒険者ギルドへと向かい、フィザで受けられる依頼がどんなものなのか……または、受けられそうなら受けてみるかと意気揚々と向かっていった。
逆に、のんびりと街の散策に出かけたのは、ツナさん、リリちゃん、Takeくんといったメンバー。
ツナさんはグルメ探訪で、美味しいお店を探しに行き、リリちゃん、Takeくんは街の様子を見て回るついでにマップを埋めてくる! と意気込んで出かけていった。
まぁ、意気込んでいたのはリリちゃんだけで、Takeくんは付き添いみたいなものなんだろうけどね。
あと、マップは別に冒険者ギルドで地図を見れば埋められるから、張り切る必要は全くなかったりする。
まぁ、自分の足で歩いて見て回ることで、それなりに気づけることもあるだろうから、それはそれでいいのかな?
そして、私は今回珍しくアレをしようと思って宿を出てきていた――。
そう。
商業ギルドの会員階級を上げる行為……つまり、ランク上げである!
というのも、最近、ワールドマーケットにポツポツとではあるけど、【蘇生薬】が売り出されてるんだよね。
最初は、大武祭の参加賞が横流しされてるのかな? とも思ったんだけど、それにしてはやけに頻度が多いし、毎回同じ人が流してるみたいだしで……あっ、これは誰かB級に上がったなと気づいたわけだ。
だから、私もそろそろランクを上げてもいいかなーと思って、商業ギルドに向かっているのである。
ちなみに、今までランクを上げてこなかった理由は……無駄に目立ちたくなかったから。
というか、他の部分で相当目立ってきてるのに、生産方面でもソレかよとか言われたくないんだよね。
まぁ、クランメンバーの武器防具がちょっと特殊な感じだから、勘のいい人たちは私が作ってるんじゃないかと気がついてるのかもしれないけど……。
それでも、生産プレイヤーのトップを走ることで、ワールドアナウンスとかされたくないというのはある。
そして、またヤマモトの仕業か! とか言われたくない!(←コレ重要)
この間の商隊移動の時も酷かったからねー。
私が、カジノに併設された食事処で一人で食事を摂ってたら、知らない二人組が私の近くのテーブル席に座ったと思ったら、開口一番に、
「聞いてくれよ〜。カジノで遊んでたら、いつの間にか手持ちの金が半分になっちまってたんだよ〜」
「またヤマモトの仕業か!」
とか言ってる時は、メタルバードのスープパスタを噴いたからね。
というか、「ヤマモトの仕業か!」を定型句にしないで欲しい。
なんでもかんでも私が悪いみたいじゃん!
なので、なるべく、こう、色々と穏便に済まそうと気を回している最中なのである。
――と、フィザの街をフラフラと彷徨っていたら、ようやく商業ギルドの看板を発見。
「見た目の規模が民家と変わらない……」
他の街で見る商業ギルドとは違い、その辺の民家と一緒の一階建ての建物っぽいんだけど……。
「儲かってないのかな?」
ちょっと心配するくらいには、小規模にやってるみたい。
むしろ、昨日行っていた冒険者ギルドの方が異常に大きい……民家四つ分の立地面積はあった……ってだけであって、泊まった宿もこれぐらいだったし、この街ではミニマムに造るのが当たり前なのかもしれない。
で、扉を開けて中に入ると、狭い受付と順番待ち用の椅子、そして依頼掲示板が目に入る。
あと、空気穴かってレベルの小さな窓がひとつだけあるね。
明り取りがそれしかないせいか、全体的に室内の雰囲気がものすごく暗い。
いや、日光を取り入れたらクソ暑い(砂漠のど真ん中だし)というのもあるのかもしれないけど……。
まぁ、魔物族はみんな暗視持ってるから、大して困ったりすることはないからいいのかな?
それでも、昼間から深夜残業の空気を漂わせているのは駄目だと思う。
ちなみに、室内には先客が三名。
これは、意外と賑わってると考えていいんだろうか?
とりあえず、今回はランクアップ目的なので、さっさと掲示板に向かう。
ランクアップには、売り上げなんかの実績やギルドの信頼度の他に、ギルドで受けられるキークエストと呼ばれる特定の依頼をクリアする必要がある。
私は【調合】と【錬金術】に関しては、このキークエストと実績、信頼度を勝ち取って、C級にまでなってるんだけど、【鍛冶】に関しては全く依頼をこなしてないんだよね。
まぁ、好きに武器を作れる現状で、【鍛冶】のランクを上げるためだけに、指定された
というわけで、今回も【調合】と【錬金術】のランクを上げるために、キークエストを見繕う。
キークエストといってもいっぱいあって、全部で七つあるキークエストの内の五つをクリアすればいいとかなので、ある程度選択の余地は残ってたりするのだ。
そこは、【収納】に入ってる素材と相談して、クリアできるものだけをチョイスするのがベストだろうね。
私の場合は、素材の宝庫である暗黒の森とリンム・ランムの森から馬鹿みたいに【調合】素材や【錬金術】素材がわんさと集まってきてるので、どうにでもなりそうかな。
最悪、【魔神器創造】で素材を作り出してもいいしね。
というわけで、依頼を適当に掲示板から剥がしてから待ち合い椅子に腰掛ける。
うん。
商業ギルドのカウンターが狭すぎて、受付のお姉さんが一人でやってるからか、順番待ちが発生してるみたい。
なんとなく、市役所なんかで待たされる気分になりながらも、引っ剥がしてきた依頼書を適当に眺めていたら――。
「B級のキークエですか?」
いきなり、隣の人に話しかけられたんですけど……。
え、なに? 怖っ。
言葉を返した方がいいのかどうか迷っていると、
「でも、気をつけた方がいいですよ。現在、この街ではランクの高い生産職が狙われてますからね」
とか言われたんだけど……。
え? どういうこと?
それを尋ねるよりも早く、一人が捌けたので待ち合い椅子を全員で横移動。
座り直して、改めてその人に問いかける。
「あのー、すみません。高ランク生産職が狙われるってどういうことです?」
「あれ? 知りませんか? この街で起きてることのせいなんですけど……」
「いや、この街には昨日着いたばかりなんで……」
「あぁ、では知らないですよね。なんか強引な勧誘もあるみたいですし、注意喚起のためにも教えておいた方がいいのかな?」
そう言って、たまたま隣に座っていた、気のいいお兄さんが教えてくれたところによると――、
・元々フィザの街は領主の長男が跡目を継ぐ予定だった。
・けれど、何故か学園に通っていた長男が廃人になって帰ってきた。
・そのため、跡目の話は白紙。
・それを見て、次男と三男が跡目争いを開始。
・街を二分して、そこかしこで次男派と三男派が激突する事態に。
・事態を重く見た現領主が課題を出し、今はその課題に取り組んでいるため、街は小康状態になっている。
――ということらしい。
「現領主が出した課題が、このフィザの街の地下にあるフィザダンジョンから、【魔剣フィザニア】とかいう剣を取ってこいというものだったそうです。それを取ってきた方を次期領主に据えると発言したみたいで……。それを聞いた次男と三男はまず互いに冒険者を抱え込むことにしたんですよね。なので、ここの冒険者ギルドでは、まず最初に次男につくか、三男につくかを選ばないと、依頼すら受けられないみたいですよ? で、どっちの派閥についたかで、また受けられる依頼も違ってくるみたいです。現在はそんな派閥につきながら、フィザダンジョンの最奥に向けて、どちらの派閥の冒険者もダンジョンアタックを繰り返しているといった状況ですね」
「なるほど?」
というか、このお兄さんもプレイヤーだったんだね。まぁ、NPCはわざわざ依頼書持って並んだりしないか。
それにしても、この街の事情をまるで知らないで冒険者ギルドに行っちゃったけど、タツさんたち大丈夫かな……?
「もちろん、冒険者が次男、三男派で別れて争っているので、生産職も巻き込まれています。あっちの派閥には武器を売るなだとか、こっちの派閥は優遇しろだとか……挙げ句の果てには、派閥の専属として働けみたいな強引な勧誘もあるみたいですよ」
「それは嫌だなぁ」
「なので、高ランクの生産職だと知れると、高確率で勧誘が現れるみたいですし、気をつけた方がいいって話です」
「お兄さんは大丈夫なの?」
「そういう強引な勧誘をするようなら、【蘇生薬】はもう売らないと告げたらすごすごと退散していきましたね」
「【蘇生薬】? もしかして、お兄さんって、セドリックさん?」
「おや、私をご存知で?」
ご存知も何もワールドマーケットにちょいちょい【蘇生薬】を出してる人の名前がセドリックだ。
ということは、この人はB級の調合士ということになるのかな?
どうりで、チラッと依頼書を見ただけでB級のキークエストだってわかっちゃったわけだよ。セドリックさんも通ってきた道だもんね。
「ワールドマーケットに【蘇生薬】卸してますよね? その卸している人の名前がセドリックだったので、もしかしてと思って……」
「あぁ、それは私ですね。そうか。そこで名前がバレてたのか。最近、妙に名前を確認してから熱烈に勧誘してくる人が多いなと思っていたのですが、そういうことですか……」
一応、ワールドマーケットは出品者の名前を匿名や偽名にして商品を売り出すことができるんだけど、そこを変えないでデフォルトのままだと、プレイヤー名のままで出品されるんだよね。
私はEOD殺しの頃から、ヤマモト狩りを躱すために、その辺はいつも偽名でやってるんだけど、ワールドマーケットでの取り引きに慣れてないと、その辺の設定を変えないまま出品するってことはあると思う。
そして、セドリックさんも作るだけ作って、そういうところの確認は怠っていたみたいだね。
私にも聞こえるぐらいのクソデカため息をついて、両手で顔を覆ってるよ。
「今更、偽名を使ってワールドマーケットに流してもあまり意味はないだろうし……。はぁ、この先のことを考えると思いやられますね……」
「あー、えぇっと、頑張って下さい?」
「ははは、これはカッコ悪いところを見せちゃいましたね。あなたもこうはならないように、気をつけて下さいね……はぁ」
「アッハイ」
自らの身を削っての自爆芸は、笑っていいんだかどうなんだか良くわからないから、曖昧に笑って誤魔化すしかないよね!
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