第208話

紳士担当エース視点】


「なぁ、タカラヅカ」

「タカラヅカとか呼ぶな、厨二」

「だったら、私のことも厨二って呼ぶな、タカラヅカ」


 あぁ言えば、こう言う厨二だな。


 白黒の目立つコンビで歩く私たちは、現在、魔王国の王都であるディザーガンドにまで来ていた。


 そこでブラブラとウインドウショッピングをしている……というわけではなく、商業ギルドに向かっている最中となる。


 本日の私たちの目的はここの商業ギルドで、そこそこの立地の空き店舗を斡旋してもらうことにあった。


「まぁいいや、タカラヅカ」

「良くはないが、なんだ?」

本体キングはなんかやれることを見つけて、私たちにも仕事を持てって言ってたよな?」

「そうだな」


 屋敷担当クイーンさんは、暗黒の森の村の監督係みたいな仕事をやっていて、基本的には領地の代官という立場にある。


 防衛担当ハートさんは、地下にある古代都市内で兵器の開発やら、他の担当から注文があった場合に装備やら何やらの製造に携わる仕事をしている。


 古代都市内部調査担当ダイヤさんは、古代都市の図書館で知識を蓄えながら、デスゲームを終わらせるための人体実験の準備を着々と進めつつ、同人誌とかまで描いてるらしい。


 デスゲーム担当スペードさんは、マリスの足取りを追っかけていたのだけど、全然見つからないので、今はaikaちゃんの護衛みたいなことをやってるとか。


 学園担当ジャックさんは、学園で正規ヤマモトとして勉強をしつつ、才能ある若者を仲間に引き抜いているのだそうだ。


 冒険者担当クラブさんは、タツさんやツナさんたちを鍛え上げて、冒険者界隈にヤベー奴らがいると恐れられる存在になっていて、プレイヤー間の評判を上げている。


 で、本体キングは言わずもがな。魔法の英才教育とプレイヤースキルのアップのために、謎のNPCと毎日殺し合いをしているとかいう状況――。


 けど、私たち紳士担当エース厨二担当ジョーカーには個性はあるけど、割り当てられた仕事がない。


「それなのに、こんなトコぶらぶらしてていいのかぁ?」


 だが、厨二の奴はそんなことも忘れたのか、指先で眼帯の紐を引っ掛けてクルクルと回しながらキョトン顔だ。


 コイツ、本当に私と同じ本体から生まれてきたのだろうか?


 物覚えが悪すぎるだろう……。


「それは、説明したよな?」

「忘れた」

「呆れたものだ」

「褒めるなよ、照れるぜ!」

「褒めてない!」


 はぁ……。


 前髪をクシャっとやりつつ、もう一度私は厨二に説明をする。


「いいか、厨二。現状、暗黒の森の領地に不足しているものは沢山ある。食料、木材、土地については腐る程あるが、それ以外が全然だ。水も魔術で用意してるような悲惨な状況なんだぞ。これは理解してるな?」

「ケケケ、それぐらいは知ってるぜぇ!」

「特に、衣類や鉄製品なんかは原材料も含めて全く手に入っていない。それが、私たちだけであれば【魔神器創造】でカバーもできたが、領民が百人も増えたら【魔神器創造】でカバーするのも難しい。というか、それだけをやってられるほど各担当も暇じゃないんだ」

「だから、王都まで買い出しに来たのか?」

「違う。王都に拠点を作りに来たのだ」

「拠点?」

「一度説明したよな? なんでそう忘れっぽいんだ? 言っただろう? 私たちのどちらかが、この王都に店舗を借りて、その店舗で商売を始めると。売るのは、暗黒の森の素材とか食料とかになるだろうな。で、それと同時に、領地で必要としている小物なんかも王都で買い入れて【収納】の中に放り込むという話だ」

「あー、思い出したぞ! それで私たちのどっちかが領地で店を開いて、領民に足りない物資を売るって話だな! 思い出した! 思い出した!」


 そう言って、スッキリしたのか厨二が回していた眼帯の動きを止め、手早く自分の片目にあてがって固定させていく。


 そう。


 分身体は【収納】スキルが共通で使えるという利点を活かして、輸送の費用をコストカット。


 領民の生活を豊かにしつつ、暗黒の森の死蔵してる素材や取り過ぎた収穫物なんかを何とか捌こうという作戦である。


 やはり生活が豊かでないと明日も頑張ろうという気にならないし、移民も増えないだろうしな。


 そこは、領主である私が骨を折るつもりである。


 勿論、商売のイロハなんて私にはないから、その辺を任せられる人材が出てきたら、業務を引き継いで裏方に回ればいいと思っている。


 とにかく、現状の自領の生活は文化的と言うには程遠いから、少しでも文化的なものを輸入できればいいかな、とそんな感じに考えているのだ。


「上手くウチの領地が発展してくれたら、あんなオシャレな喫茶店とかが、できてくれるとありがたいのだが……」

「いいなー。ケーキ喰いてぇ……」


 王都のオシャレな喫茶店を横目に見つつ、私たちは王都の商業ギルドへと向かうのであった。


 ■□■


 商業ギルドに入って、受付にギルドカードを見せたところ、いきなりギルドマスターの部屋まで連れていかれたのだが……。


 一体どういうことだ?


「アポなしで、魔王軍四天王様が訪ねてくるとは思わなかったな」


 そして、対面するギルド長らしき女の人に嘆息を吐かれる。


 黒髪の凄い美人だが、目が黄金色に輝いてるところを見ると、人族というわけではなさそうだ。


 しかし、何故呼び出されたんだ?


「何故、私たちがギルド長室に呼び出されなければならない?」


 私がそう尋ねると、


「機嫌ひとつ損ねただけで、街を消し飛ばすような相手だ。一般職員では荷が重いから、私が話を聞く流れになった。これで理解してくれるか?」


 ヤマモトというのは死の言葉か何かか?


 私は渋面を作り出す。


「というか、どちらがヤマモトだ? ヤマモトのギルドカードを持っていたということはどちらかがヤマモトだと思うが」

「両方偽物という可能性は?」

「だったら、ギルドカード自体が使えないはずだ。ギルドカード自体にそういう細工がしてあるからな」

「両方ヤマモトだ! それでいいだろ! つか、私たちは四天王じゃねぇ! もう大将軍なんだよ! そこ間違えんじゃねーよ!」


 この厨二バカは……。


 ヤマモトが複数いると公言してどうするのだ。


 不利になる情報かもしれないのに、軽々けいけいに喋り過ぎる。


 私が睨んでいるのが分かったのか、厨二は「ん?」といった感じでこちらに顔を向けると、


「この情報が漏れたら、コイツが漏らしたってことだし、その時はコイツを殺すって脅すから大丈夫だぜ?」

「お前、全方位に喧嘩売ってないか? 大丈夫か?」


 少なくとも信頼関係を築けるような人間ではないと判断されてると思うのだが、どうだろうか。


「ふっ、怖いな」


 そして、そんな脅しに屈するようなギルド長ではないみたいだ。


 薄く笑っている。


「まぁ、私たちが複数いるということは、あまり口外しないで頂きたい。どこかの馬鹿が脅威に思って手を出してきたりしたら、それこそやり過ぎてしまうかもしれないからな」

「君たちが負けるという可能性は考えないのか?」


 私は肩をすくめて返す。


 それが答えだ。


「そんなことよりも、今日の用事だ! 王都に店を構えたいんだ! 店を構えるのに良さそうな店舗を紹介してくれよ!」


 ギルド長にも怯まずに距離を詰めて眼前で睨みつける態度は厨二というよりも、チンピラなんだが……それで厨二担当と呼んでいいのだろうか?


「ふむ、物件が望みか。それなら、良い物件があるぞ。これなどどうだ?」


 一枚の羊皮紙を厨二が受け取り、


「いいなぁ! これはいい物件だぜぇ!」


 と言って、私にも手渡す。


 そこには、お貴族様が住むような巨大な建物の見取り図が描かれていた。


 うん。


 確かに、いい物件だ。


 だが、商店をやるような物件じゃないよな?


 私が視線を向けると、


「大将軍様に下手な物件は紹介できないからな」


 そう言って、薄く笑う。


 私はなんとなく気になったので、ギルドマスターの手元に視線を向けたら、驚くほどに細かく震えていた。


 めちゃめちゃ脅しに屈してるじゃないか!


 とりあえず、怖がらせてはいけないとばかりに、厨二の首根っこを引っ掴んでギルドマスターから引き離す。


「猫みたいに扱うなよー」

「本物の猫が相手ならもう少し優しく抱きかかえるさ」

「キシャー!」


 歯を剥く厨二を無視して、私はもう一度誤解を与えないように要求を伝える。


「私たちが欲しいのは、こんな大きな屋敷じゃない。個人店舗のようなこじんまりとした店でいいんだ。従業員も雇わないつもりだし、一人で切り盛りできる程度のものでいい。ついでに二階に居住区画もあると嬉しいな」


 私がそう要求すると、


「……少々失礼」


 ギルドマスターは薄い笑みを貼り付けながら、部屋を出ていき――、


「うぅ、おぅえっ! おぇっ! 死ぬ! 死ぬ! 殺される!」


 ――とか言う声が聞こえてきたんだけど。


 いや、吐くほどか!?


 吐くほどの重圧を私たちは掛けた覚えはないのだが!?


 けど、対応ひとつ間違えれば街ひとつが消し飛ぶとか言われれば、そんな状態にもなるか……。


 …………。


 なるか……?


「多分、仕事し過ぎで疲れてんだろ。長期休暇入れて、少しリフレッシュした方がいいんじゃねーの?」

「いや、お前がチンピラみたいに追い込んだのがいけないんじゃないのか?」

「ケケケ、褒めるなよぉ」

「褒めてないからな!」


 私たちがそうしてじゃれていると、やがて執務室の扉がギィと開く。


 そして、そこには山積みにされた書類の束を抱えるギルドマスターの姿が……。


「この中から好きな物件を選ぶといい。例え、現在契約中の物件だとしても解約させて、新たに契約してみせよう」

「いや、普通の空き物件で構わないのだが……」

「そう言うな。あの三公の方々も嬉々として選んでくれた実績がある。だから、きっと大将軍様にも満足して頂けるはずだ」


 三公が……嬉々として選んだ?


 そこで、私はなんとなく彼女が何をそんなに怯えていたのかに気づく。


「もしかして、君は三公の意思を受けて、私を殺せと民意を操作していた者の一人じゃないのかね?」


 ギルドマスターの動きが一瞬止まるが、その後は何事もなかったかのように、薄い笑みを貼り付けながら自分の席へと着く。


「なんのことかな?」

「さっきの発言を鑑みるに、君は三公とズブズブの関係だったのだろう? そして、今度は私たちに取り入るために甘言を弄そうとした。違うか?」

「推論だな。それが真実だという証拠がない」

「証拠はない。――が、私たちが魔王にこの話を持ち込める立場だということを忘れるなよ?」


 魔王のユニークスキル【見透すもの】は何でも見たいものを見透すことができるスキルだ。


 もし、このギルドマスターがやましい行動をしていたのだとしたら、私が魔王にその情報を持っていくだけで、彼女の行動は一発で露見する。


 その意味が分かったのか、ギルドマスターの顔からさぁっと血の気が引いていく。


 これは、当たりか。


 さて、どうしたものかと考えていたところ、厨二がツカツカとギルドマスターに近寄っていき、その顎を掴んでクイッと上向かせると、


「私たちは何もお前を追い詰めたいってわけじゃないんだぜ? お前だって今の自分の地位を失いたくないんだろう? だったら、見せるべき誠意って奴……分かるよな?」

「ひゃ、ひゃい……」


 なんか、ギルドマスターの目がちょっと潤んでるような気がするのは気の所為だろうか?


 そして、急にここに来てイケボを出し始める厨二。


 サブイボが出るんだが?


 けど、その後のギルドマスターの態度は従順なものだった。


 私たちが希望していた物件を格安で紹介してくれるし、何ならもう二、三件紹介するぐらいの勢いで物件を勧めてくる。


 そして、思った以上に厨二を見る目付きが危うい。


 いるんだよな。


 安定していて優しい男に惹かれるよりも、危なくて自己中心的なダメ男の方に惹かれる女っていうのが……。


 そして、このギルドマスターもどうやらそういうタイプらしい。


 …………。


 いや、厨二は女だが!?


 ■□■


 実際の物件も見ずに店舗を決めた私たちは、早速その店舗を目指して王都の裏路地を歩いていく。


 その間も厨二は妙に嬉しそうであった。


「ケケケ、タカラヅカのお株を奪ってやったぜ!」


 というか、私はそんな行動を得意とした覚えはないのだが……。


 どうやら、彼女の中では私はそういう怪しい人物へと仕立て上げられてるようだ。


 まことに遺憾である。


「私は男装をしているだけであって、別に女性を惚れさせたりだとか、そういうことに長けているというわけではない。真面目に、優雅に、誠実に生きる――それが私のモットーだからな」

「お前、本当に私と同じ本体から生まれたのか? そんな人生歩んで何が楽しいんだよ……」


 失敬な。


 それはこちらの台詞だと言い返したい。


「では、逆に尋ねるが君はどういう風に生きるべきだと思うんだ?」

「決まってる! 混沌カオスだ!」


 うん。


「わかった、王都の店舗は私が経営しよう。君は暗黒の森に帰りたまえ」

「なんでだよ!」

「混沌を求める者が王都で店を開いたら大惨事になるだろう! そんな者に王都の店舗が任せられるか!」

「いいじゃん! 王都大混乱! むしろ望むところじゃん!」

「望むわけがないだろう!」


 口喧嘩を交わしながら……手を出したら周囲が消し飛ぶのは二人共知っている……も、結論が出そうにないと思われた――その時だ。


「やっぱ、私は暗黒の森で店構えるわ……」

「そうか……」


 契約を結んだはずの貸し店舗が思った以上にボロだったのを見て、厨二は自分の意見を翻してくれたのだった。


 いや、投げ売りレベルでの契約だったから、それなりに貧相な建物だろうとは思っていたが……建て替えから始めないといけないのか、これ?

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