第17話

 ■□■


 私が、ガガさんの工房の作業場に入らなくなって五日が過ぎた。


 当初の目標に掲げていた【採取】と【錬金術】の素材集め計画は既に完了し、私の【収納】に入りきらない分の素材に関しては、馬車の中の豪華な棺桶の中に山積みとなって置かれている。


 そもそも、あの豪華な棺桶はちょっとしたセーブポイントとして利用できるはずだったのに、ログアウト出来なくなったため、現在は完全に無用の長物だ。


 だから、普通に道具箱として使ってしまっても、何の問題もないだろう。


 ちなみに、一度送還した際にアイテムが消えないことは確認済みだ。


 じゃないと、怖くて使えないからねー。


「…………」


 一方のガガさんの方は、結構苦戦しているみたい。


 火鋏が溶けーの、金槌が何本も折れーの。


 作業しようにも、どうしようもないから、工具をわざわざミスリル合金で作り直したとか言ってたっけ。


 それで、今は何とか研ぎの作業に入ってるみたいだけど、研ぎだけで今日で二日目だ。


 ガガさんは、「今日中には絶対に終わらせてやる!」って息巻いてたけど、その台詞は昨日も聞いたんだよねー。


 まぁ、一応、完成した後のちょっとした祝賀会のために、美味しいものを用意しようとして、こうして川辺で釣り糸を垂らしているんですけど。


「…………」


 ちなみに、私は魚の中では、マグロでも、サーモンでも、タイでも、カレイでもなく、鮎が一番好きだったりする。


 特に、塩焼き。


 あのフワッとした白身にパリパリの皮、そして塩だけの味付けなのに深みすら感じる味。小学校の頃に家族でキャンプに行って、その時に食べて以来のお気に入りだ。


 そして、そんな鮎の塩焼きを、ガガさんの剣の完成を祝うのと同時に食べちゃおう――と、そういう魂胆である。


 ガガさんを祝うと見せかけて、私の好物で食卓を飾る高度な作戦だよ!


「…………。……帰るか」


 うん。『渓流に適当に釣り糸垂らしとけば、釣れるでしょ』とか思ってた私が甘かったよ。


 そもそも、虫嫌いの私が釣り針に餌を付けられるわけがなかったんだ!


 ゲームシステム的に、餌なんて付けなくても釣れるでしょーとか楽観的に考えてた自分を殴ってやりたいよ! 全くヒットもしなかったしね!


 滅法軽い魚籠びくを片手に提げながら、私は今晩の夕食、どうしよっかなーと考えながら夜の森を歩く。


 全く釣れない魚釣りをしていたら、もうすっかり夜だ。


 一応、【釣り】のスキルは生えたんで無駄ってわけでもないんだけどさー。


 でも、何か悔しいね!


 ガガさんに貸してもらった釣り道具も成果をあげられなくてガッカリしてるだろうし……。


 うーん、ゴメンネ?


 使っている人がヘッポコで。


「おんやぁ……?」


 ガガさんの工房に戻ってきたら、作業場の扉のひとつが開きっぱなしになっている。


 ガガさんの工房って、本人が設計・建築しただけあって、色んな仕掛けがあるんだよね。


 例えば、【鍛冶】を行なう作業場と【料理】を行うキッチンが壁一枚隔てた構造で、炉の残り火をキッチン側のオーブンとかで使うことが出来たりとかさー。


 炭焼小屋にいちいち遠回りして出るのが面倒くさいって理由で、作業場に裏口を作っちゃったりとか、作業場とリビングを扉で繋いだりとか……。


 まぁ、色々と魔改造してあるわけなんですよ。


 そんな中の工夫のひとつが、作業場に外から直接繋がる扉があるんだけど……。


 それが開けっ放しになっている。


「熱がこもったから、換気してるのかな?」


 鍛冶仕事はなんだかんだで、火をガンガンに使うからねー。作業場の室温がいっつも高いんだ。


 だから、作業が終わった後とかには、扉を開放したりしているんだけど……。


 なんか……様子がおかしい……?


 私の直感さんが、警告をガンガンに鳴らしてくる。


 え、なに? 何か見落としている?


「あれは……」


 私の視線が、扉近くの床に垂れた黒い染みに釘付けになる。


 に気付いた瞬間に、私は釣り道具をその場に放り出して、扉に向かって駆け出していた!


「これ、血……!? ――ガガさんっ!」


 慌てて作業場の中へと入る。


 ガガさんは、一流の職人だ。


 だから、自分の使う道具は常に大切に扱うようにしていた。


 道具は整然と並べられ、どこに何があるかが一瞬で分かるように、作業場自体がそういう設計になっている。


 その計算しつくされた作業場には、私も一種の芸術性を感じたほどだ。


 だが、その整えられた空間の姿は、そこにはなかった。


 無残に荒らされ、作業場のあちこちに刃物による傷だろうか? 破壊された跡が残る。


 その壊された作業場の中央で――血溜まりの中、倒れているガガさんの姿を見つけてしまった。


「ガガさんっ!」


 体中から血の気が引いていく。


 慌てて近付いて、脈を取るも良く分からない。


 だって、私、素人だもん!


 手首のどこをどう押さえればいいのさ!?


「う……、うぅ……」


 私が脈をとるために、体を動かしたせいか、ガガさんの口から声が漏れる。


 まだ死んでない! だったら!


「【ヒールライト】!」


 治れ、治れ、治れ、治れ、治れ……!


 精神の値だか、魔攻の値だか、どっちを参照にしているのかは分からないけど、私のステータスは全て100を越えているんだ!


 だから、お願い! 治って……!


 光のシャワーを浴びたガガさんの傷口が徐々に塞がっていく。


 全身を刃物にでも斬られたのか、鋭い傷口で全身を覆われていたが、中でも酷かったのはガガさんの利き腕でもある右腕だ。


 全身の傷は塞がったものの、そこだけは傷痕が残る結果になってしまった……。


 やるせない思いで、私は唇を噛む。


 私の力不足だ……。ガガさん、ゴメン……。


「っ……、ヤマモト、か……」

「ガガさん、気が付いたの!? 大丈夫!? 体痛くない!?」

「悪ぃ……」

「大丈夫! 大丈夫だから! 作業場の片付けも私がするし、これから美味しい夕食だって作るから! だから――」


 元気出して!


 そうやって励まそうとしたのに、目を開けたガガさんは、その眦から滂沱の涙を流していた。


 何で? 何でガガさんが泣いてるの?


 いつものように、うるせーって。


 いつものように、ポカリってやってよ……。


 それとも、傷が痛い?


 だったら、私が何度でも【ヒールライト】掛けるから!


「剣を……、お前さんに渡すための剣を……、盗まれちまった……」

「いいよ! 剣なんて! また打てば良いじゃない! そんなことよりもガガさんの体の方が――」

「良くねぇよ……! お前のために打った剣だぞ……! それを盗られて良い鍛冶師なんか……、いねぇよッ!」


 怒鳴られた。


 分かってる、そんなこと。


 でも、それ以上にガガさんが心配なんだよ!


 剣なんか、打ち直せば良いじゃん――。


 そう思ったのは本当のことだけど、あの剣を打つために、ガガさんはここ数日全霊を込めて打ってくれてたんだ。


 その時の気持ちを……、もう一度同じ気持ちを持って同じように剣を打ったとしても、それは多分盗られた剣とは違う剣になってしまう。


 ガガさんが、私のことを考えて、私のために打った剣じゃなくなってしまう……。


「とにかく、ガガさんを寝室に運ぶよ。今は少しでも休んで? ね?」

「うっ……、ぐぅ……、うぅぅ……」


 ガガさんが腕で顔を隠して泣いている。


 剣を守れなかった、自分自身の不甲斐なさを嘆くかのように、私がガガさんの寝室に送り届けるまで、ガガさんはずっと泣いていた。


 けど、私が寝室を後にしようとした瞬間だけ、はっきりとしたガガさんの「ゴメンな……」という後悔の呟きが聞き取れた。


 私はガガさんを寝室のベッドの上に横たえた後で、静かにガガさんの工房を出ると深く息を吸い込んで、ステータスを開く。


 名前 ヤマモト

 種族 ディラハン(妖精)

 性別 ♀

 年齢 0歳

 LV 19

 HP 1390/1390

 MP 1385/1390

 SP 36


 物攻 151(+12)

 魔攻 139

 物防 154(+15)

 魔防 152(+13)

 体力 139

 敏捷 139

 直感 139

 精神 139

 運命 139


 ユニークスキル 【バランス】

 種族スキル 【馬車召喚】

 コモンスキル 【鍛冶】Lv5/ 【錬金術】Lv5/ 【調合】Lv5/【鑑定】Lv5/ 【収納】Lv5/【火魔術】Lv5/【水魔術】Lv5/【風魔術】Lv5/【土魔術】Lv5/ 【光魔術】Lv5/ 【闇魔術】Lv5/ 【料理】Lv5/ 【ヤマモト流】Lv5/ 【採掘】Lv5/ 【採取】Lv5/ 【細工】Lv5/ 【革細工】Lv5/ 【木工細工】Lv5/ 【彫金】Lv5/ 【彫刻】Lv5/ 【釣り】Lv5


 ▶【追跡】スキルLv1を取得しますか?


 ……本当、このゲームのシステムは凄い。


 私が今一番望んでいることを理解して、実現する方法を提示してくれる。


 ▶【追跡】スキルLv1を取得しました。


 ▶【バランス】が発動しました。

  スキルのバランスを調整します。


 ▶【逃亡】スキルLv1を取得しました。


 ▶【バランス】が発動しました。

  スキルのレベルバランスを調整します。


 ▶【追跡】スキルがLv5になりました。

 ▶【逃亡】スキルがLv5になりました。


 いつもなら、【バランス】さんにツッコむところだけど、そんな気分でもない。


「残SP34か……」


 一度、反省してるんだけどな……。


 けど、ダメだね。


 冷静になろうとしても、冷静になれない自分がいることに私は気づく。


「争いは、同レベルの者でしか発生しない、か」


 同じ土俵に立っているから、腹が立つのだろうか?


 だから、こんなにも冷静になれないのだろうか?


 だったら、違う土俵に立てば良いの?


 名前 ヤマモト

 種族 ディラハン(妖精)

 性別 ♀

 年齢 0歳

 LV 19

 HP 2070/2070

 MP 2065/2070

 SP 0


 物攻 219(+12)

 魔攻 207

 物防 222(+15)

 魔防 220(+13)

 体力 207

 敏捷 207

 直感 207

 精神 207

 運命 207


 ユニークスキル 【バランス】

 種族スキル 【馬車召喚】

 コモンスキル 【鍛冶】Lv5/ 【錬金術】Lv5/ 【調合】Lv5/【鑑定】Lv5/ 【収納】Lv5/【火魔術】Lv5/【水魔術】Lv5/【風魔術】Lv5/【土魔術】Lv5/ 【光魔術】Lv5/ 【闇魔術】Lv5/ 【料理】Lv5/ 【ヤマモト流】Lv5/ 【採掘】Lv5/ 【採取】Lv5/ 【細工】Lv5/ 【革細工】Lv5/ 【木工細工】Lv5/ 【彫金】Lv5/ 【彫刻】Lv5/ 【釣り】Lv5/ 【追跡】Lv5/ 【逃亡】Lv5


「分かんないな」


 私としては、ひとつ上のステージに立ったつもりだけど、結局、それで私の中のモヤモヤとした感情が晴れたとも思えない。


 いや、そもそも、【追跡】のスキルを取った時点で、私がやりたいことは決まっていたのだ。


 ふー……。


 ひとつ息を吐いて、心を落ち着ける。


 【追跡】スキルのおかげか、森の中にまで、薄く光る足跡が続いているのが分かる。


 恐らく、アレを追っていけば、私の捜し人に辿り着けるのだろう。


 そう直感も教えてくれている。


 だったら、後はやるか、やらないかだ。


「悪いけど、それは非売品なんだ。だから、回収させてもらうよ?」


 少しだけユーモラスに、だけど全力で。


 私は夜の森の中へと、静かに駆け出していた。

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