第48話 なりたて冒険者は次の段階に進み始める



 ザワザワザワザワザワ………



【お、おい、アイツ………】


【ああ………なんて薄気味悪い目、してやがるんだ。白目が真っ赤だぞ………悪魔憑きじゃねぇのか?】



 ザワザワザワザワザワ………



【アイツ………まさか、やった・・・んじゃねーのか?】


やった・・・って………何だ?】


やった・・・って言ったら決まってんだろ? 殺った・・・って事だよ。アイツ、きっとその手・・・の仕事をした後なんだよ】


【マジでか?! で、でも確かに雰囲気有るよな………】



 ザワザワザワザワザワ………



【私、あの人、見たことあるわ。確か、従業員を蔑ろにした事が原因で、その従業員達が結託して商会長を代替わりさせたって話しの………】


【ああ、例のソーサルス商会の、前商会長の次男だった奴か。色々あくどい事に手を染めていた、ソーサルス商会の闇って言われてた………】


【そうそう。なんでもあまりの闇の深さに、現商会長は逆恨みで報復されるのを恐れて放免したって話よ】



あれ・・ならあり得る話だよな】


ちげぇねぇ】



 ザワザワザワザワザワ………



「………」


 なにやら周囲が騒がしい気がするが、今の俺にはそれに構う余裕が1ピコgもない。


 そこに耳元で、囁くような問い掛けが響いて来る。


「ご、ご主人様………」


「あ゛あ゛?」


 イカン。口調や態度に気を配る余裕が無い。


「ひぃっ」


 案の定、ティルルカは半泣きになって押し黙る。それでもなけなしの勇気振り絞る健気な幼女のように、再度俺に問い掛けてくる。


「ごごご主人様………大丈夫ですか?」


「あ゛あ゛? これが大丈夫に見えるか?」


「ひぃぃぃ」


 ヤバイ。意識が朦朧として来た。



 ザワザワザワザワザワ………



【おい、見たか今の………】


【ああ。奴隷とは言え、自分を気遣う相手に対してあの態度………無ぇよな】


【男の風上にも置けない奴ね】



 ザワザワザワザワザワ………



「も、申し訳御座いません………ご主人様? ご、ご主人様?!」


 耳元で囁くように繰り返し呼び掛けて来るティルルカの声を聞きながら、俺の視界は暗転し意識がつつーっと途絶えたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「はっ?!」


 暗闇へと沈んでいた俺の意識が突如とし浮上し、視界が瞬時に回復する。


「あ、ご主人様! 意識が戻ったんですね! 良かった………」


「………俺、もしかして、気、失ってた?」


「気を失ってたと言うか何というか………目が充血して瞬きなく見開いた状態で、呼び掛けには一切反応しなくなり、それでいて此処・・に着いたあとは、あたしの誘導にだけはしっかり付いてきて頂けて………キャ♪ これってやっぱり愛ですよねムグッ!」


 身を乗り出してそう主張して来るティルルカの顔面を片手で押しやりながら、俺は彼女の台詞の意味を頭の中で反芻し………ようと思ったけど、止めよう。何かヤバイ状況しか思い浮かばん。忘れよう。俺は何も見なかったし気が付かなかったし何もしなかった………はず。


 それよりこれからの事だ。俺はかぶりを巡らせ周囲に目を向ける。ティルルカの話では目的地に到着して、飛行ボードから降りたらしい。と、言う事は此処が目的地であるサデラの森なんだろう。


「………此処はサデラの森の入口か?」


「はい。飛行ボード発着場から歩いてここまで来ました。その間、ご主人様はあたしの手をギュッと握り締めて………キャ♪ やっぱり、愛が無ければこんなこと出来るはずがなぐぼっ」


 一応、念の為に訪ねた俺だったが、キャッキャウフフと五月蝿いティルルカの頭にゴツンと拳を落とし黙らせる。


「ご主人様の愛が痛いですぅ………」


「そんな物は存在せん。それより他の奴らは?」


「もう、とっくに森の中です。此処に着いてから四半刻は経ってますし」


「げっ、そんなに長い時間、気、失ったてたのか………」


「目も見開いてましたし、飛行ボードから降りる時もスムーズに動けていましたので、誰もご主人様が気を失っていた事には気付かなかったと思います」


「そうか………」


 他人に自分の弱味を知られる事は出来れば避けたい所だったので、それならまぁ良しとしよう。


「なら、ここからは打ち合わせ通りに行こう」


「了解です。先ずはこの森に慣れる為に、浅いところでちまちま狩りを行う………でしたね」


「言い方! 周辺警戒に力を入れつつ、戦闘になったら魔物モンスターの弱点を探りながら無理せず討伐。出来るだけ一体ずつ相手取れる位置関係を保て」


「りょ、了解です!」


 俺達は、まだまだ新米の冒険者だ。だが、そろそろなりたての冒険者だとは言ってられない程度には経験を積んで来ている。無理して命を落としてしまっては元も子もないから、やれる事をやれる範囲でやっていくつもりだが、同じことの繰り返しでは進歩は無い。


 だから、慣れたカーフの森から離れ、このサデラの森に移って来た。


 俺達の冒険者の入門期間チュートリアルは終わりを告げ、本格的な冒険者としての生活が此処から始まろうとしているのだった。


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