第34話 本

依頼を受けた俺は、すぐにギルド内の本棚へと向かった。

……向かったとはいうものの、場所はカウンターのすぐとなり。

この建物の元となったホテルであれば、観光客向けのパンフレット等が置かれていそうな小さなスペースに棚が一つ据え付けてある。


しかし本棚と言っても、見慣れたものとは幾分か様子が違う。


まず目につくのは、棚一面にジャラジャラとかけられた鎖だ。

厳重すぎるようにも見える防犯対策だが、ここまでしているからこそ自分のような新米でもギルド員であれば誰でも読める形で置けているのだろう。


すべての本には金属製のリングが付けられ、そこから本棚へと太い鎖が伸びている。

垂れた鎖が邪魔で本が見えないくらいだ。


そして、本の置き方も違う。

通常こちら側を向いているはずの背表紙は何故か上を向いている。

目当ての本を探しづらくて仕方がないが、これにもなにか意味があるのだろうか。


ジャラジャラと鳴る鎖に少しうんざりとしながらも、目的の本を探す。

"低層薬草図録1巻"

キトトーカの花の採取の依頼を受けるために必読の資料だ。


受付嬢いわく、この依頼は少しばかり難易度が高いらしい。

それは、俺が予想していた通り文字を読めるかどうかという問題もある。

その問題に加え、このダンジョンの"花"特有の採取のしづらさというのがあるそうだ。


このダンジョンは花で満ちている。


今いる一層ですらも、建物から一歩出れば地面どころか硬い壁面やコンクリートなど至る所から様々な種類・大きさの花々が生えている。

(ネオンや星の光に満ちているとはいえ)日光もなく根も張れない環境で生い茂る花々は当然、自然なものではなかった。


このダンジョンでは一定時間ごとに花が"生成"される。

それまで生えていた花の一部が跡形もなく霞のように消え去り、代わりに別の花がランダムに現れるらしい。


つまりこの依頼はランダム生成のアイテムを広いダンジョンの中で当てもなく探す作業。

それも花40個である。

運良く群生していれば、もしかしたら一度に集め追われるかもしれない。

しかし、それでもステラ銅貨20枚なんて少額ではとてもじゃないが割に合わないわけだ。


では、なぜそんな依頼があるのか。

需要と供給はいつだって近い値になるよう動く。

この額で依頼が出ている以上、この額で受ける人間がいることを想定しているわけだ。


受付嬢のロントさんに聞いた所、これにはギルドの採取品買い取りのシステムが関わっているらしい。

ギルドでは依頼の他に、ダンジョンでの収集物や魔物の素材などを常に買い取っている。

その常時買取品にはダンジョンで生成される"花"の数々もあるが、花に限り買い取りには条件が存在するそうだ。


その条件というのが、該当する"花"を過去に依頼で採取したことがありその成果が認められた者のみ対象とし買い取りを行うというものだった。


ダンジョン生成の花ということで、その特性も通常の花のそれではない。

採取の仕方によって薬効が著しく落ちたり、場合によっては毒に変化したりするような花も中にはあるそうで。


生成される花の数は限られる。

知識のない人間に無駄に荒らされることのないよう、こういったルールが存在するらしい。


つまり、この依頼は短期的には大損だが、別の依頼の際にこの花を見つけることがあれば買い取ってもらえるようになる。

採取の依頼は受ければ受けるほど、長期的には大きな利益につながる可能性のある依頼というわけだ、


それであれば既に経験を積んだベテラン冒険者たちが目ぼしいものは根こそぎ持っていってしまうのではないか?とも思ったが、人の出入りが激しいアスガルティアでは経験者がすぐいなくなる。

その上、最初から文字が読める冒険者は希少なため常に生成に採取が追いついていない状態らしい。


だからこそ。

一番最初の依頼として提示し、採取の道への勧誘をしているとかなんとか。


もう少し身体が成長するまで無理な戦闘などは避けようと思っていた自分としては、めったに敵が湧かないという1層で完結できる依頼は丁度良い。


本棚の少し錆び臭い鎖をかき分けながら、目的の本を見つけた。


"低層薬草図録1巻"


ダンジョン下層に湧く魔獣の皮で作られた羊皮紙ならぬ獣皮紙は、手に取っただけで少し臭う。

砦にあった本は紙製だったので、新鮮だ。


ロントさん曰く、臭いにさえ我慢すればダンジョン産の素材で作れることもあって安上がり。その上かなり丈夫なのだとか。

安く本を作れるので、その利点を冒険者育成に活かすべくアスガルティア支部では代々情報を集めては集約して本の形にしているらしい。


そう。この本棚にある本は多くの冒険者に読まれることを前提としている。

職業柄、本の取り扱い方も雑になりがちなのでヘタにちゃんとした装丁のものより、このくらいの質のものがいいというのもうなずける。


異世界らしい違いに驚いてつい本そのものをあれこれ眺めてしまうが、大事なのは中身だ。


叩けばコンコンと音がなりそうな硬質な革でできた表紙を開き、厚く固いページを捲る。


無骨な装丁とは打って変わって、中はカラフルな手描きの花の挿絵で彩られた図鑑のようだった。

片側に大きく花の挿絵が描かれ、その周囲に小さな文字で細かな特徴や生える確率の高い場所の特徴、採取の注意点、利用法などが書かれている。

利用法については、どのように花を利用すれば薬を作れるかなんてことも書いてあるので覚えていればダンジョン攻略中に役に立つだろう。

1ページの中に、有用な情報がびっしりと書き込まれている。


では絵が描かれていないもう片側には何が書かれているかといえば、殆どが人名だったりする。

どこどこの記述は、いつどこの生まれの誰が情報提供して書かれたやら、どんな苦労をしたやらが書かれている。

本という形で名を残す……という名誉欲を刺激して、ギルド員から情報を集めているということなんだろうな、多分。


冒険者にとって、情報は何より重要だと聞く。


地理的に有利で稼ぎやすい狩り場。

有用な薬草の群生地

秘密の抜け道

強敵の弱点


試行錯誤の苦労の末に手に入れた有用な情報は、時にそれだけでずっと食っていけるほどに役に立つ。

それを提供してくれるなんてのはありがたい。


まぁ。

稼ぎの種になるような貴重な情報も、皆が知っていればこぞって同じことをしようとするから供給過多に陥る。

この支部ができてからこれまでに見つけられた多くの"稼ぎの種"をこうして大公開している以上、特別稼げるような事柄も少なくなってしまうだろう。


支部から人が消えていく背景がまた一つわかったところで、お待ちかね。

キトトーカの花について調べようか。

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