夜行天球儀アスガルティア
第32話 夜行天球儀アスガルティア
いつの間にか背後に立っていたパニュラに背中を押され鏡から出る。
振り返るとそこは何もない壁で、すでにパニュラは消えてしまっていた。
うーん……。
随分と別れがあっさりすぎる。
(元)神様には惜別の感情とかないのだろうか。
――まぁ、ないか。よく考えれば俺たち、話すの自体今日が初めてだったし。
少し微妙な気分になったけど、皆にはこの世界を楽しんでこいと暖かく送り出してもらえたのだ。
気を取り直していこう。
周りを見渡すと、その綺羅びやかながらもシックとも言える風景に目が奪われる。
まず目に入ってきたのは、事前情報通りの満天の星空。
プラネタリウムよりも多くの星が宝石のように瞬き、煌めき、光が降り注いでいる。
それに負けずとも劣らず地上も光で溢れている。
立ち並ぶ建物は雑居ビル街や飲み屋街のそれだが、所々ネオンのような光る装飾で覆われ、道や建物の間には蛍光を放つ極彩色の多種多様な花々が咲き乱れていた。
どこか作り物めいた花の大きさは多種多様で、街路樹の代わりかのように立ち並ぶ2階に届かんとするほどの巨大なガーベラがまず目に付く。
脇道を覗くと路地を埋め尽くさんばかりに球状に密集して生えている人の頭部ほどのカーネーションなんてものまで存在するのだから美しいというよりもいっそ異様な光景だ。
……これ、日本と言っていいのだろうか。
道沿いにやけに多い標識は図柄も設置場所もどこか不自然で、例えば交差点のど真ん中に90度傾いて赤字に縦の白棒一本となった車両進入禁止の看板が立っている。
ネオンはミミズののたくったようなシッチャカメッチャカな図や字の出来損ないのような形を描き、その本来の用途を満たしていない。
むしろその周囲に這い回る光る蔦と葉のほうが本来の装飾に見えるくらいだ。
パニュラから聞いたダンジョンの成立過程……やら概念の話やらがなんとなく理解できた気がする。
この場所は、あくまで現代日本の要素を材料の一部として取り込んで作られたというだけであって、再現を試みているわけではないということか。
要素分解された概念を元に再構築された風景。
ある意味ではAIによる画像生成のようなものなのかもしれない。
さらに、後ろを振り返ってみると巨大な樹の幹が地から天へと一直線に伸びている。
転移してきた俺は使わなかったが、本来樹の内側にある螺旋階段がダンジョンと外界を繋ぐ唯一の経路となっているそうだ。
樹には雑居ビルほどもある夜空色のリンドウような蕾が一つ、放射状に別れた枝の中央に膨らんでいた。
ダンジョンができた頃から咲いたことが無いそうで、"咲かずの大花"と呼ばれ、一つの名物になっているとか。
建物や街並みから少し懐かしい風景を思い出しつつも、それ以上の異物が"ここは異世界だ"と叫ばんばかりに主張している。
ちょっとした寂しさとワクワク感が入り混じってちょっと気分悪いな、この街。
「まずは冒険者ギルドを目指すんだっけ」
冒険者ギルド。
ゲームやら小説ではお馴染みなものの、国でもないのに武装した大集団を形成しているという、いまいち組織としてはよく分からない代物だ。
ちなみに"冒険者ギルド"というのはあくまで俺なりの意訳だ。
直訳だと、✕✕✕互助会……のような形になり、✕✕✕には"領域を行き来する者"やら"飛び越える者"のようなニュアンスの言葉が入る。
まぁ、呼び名がどうあれ魔物と戦ったり採取したりするような職業の集団となればゲームやら何やらでおなじみのこの言葉に訳すのが自然だろう。
パニュラの言によれば。
俺らの世界の概念が大規模に流れ込んできた時期にいつの間にか各国・各地域で同時多発的に組織されそのまま国家の枠組みから外れた独立組織として成立したらしい。
概念流入による混乱期の中、食いっぱぐれた人間を次々と冒険者として取り込み、いざ各国が対処しようとしたときには規模が大きくなりすぎてどうしようもなくなったとかなんとか……。
とはいえ、冒険者と一言に言えどそのバックグラウンドは多様。
国を滅ぼすとか無茶な利権を通すといったことにはならず、組織としても個人としても各支部の所在地に税を納め、一般市民と同様に暮らしているらしい。
流浪の人でもギルド員というだけで一般市民と同様の権利というのは驚いたが、そもそも市民個人の戸籍なんてものを管理できているのは極々一部の地域だけらしい。
特にダンジョン都市のような人の出入りの激しい土地は、通行税や公共施設の使用料を高くすることで人頭税の代わりとしているとかなんとか。
税を収めているとはいえ国の管理下にない身元不明の武装集団なんて危険極まりないものがよくもまぁ成立し、長い期間残っているものだと疑問に思う。
余程組織上層部の
すべてパニュラ(そしてパニュラにそんな話をしたスイノーやデュダ)の受売りである。
基本的にダンジョンの出土品は冒険者ギルドを通して市場に出回るという。
貢献実績のあるギルド員には、希少なアーティファクトについて一定の優先買い取り権なんてものもあるというから、ギルドには真っ先に登録しておけと言われていた。
「そんな事言われたって、場所すらわからないんだよなぁ」
現在地はいくつもの坂道が連なった結果、小高い丘のようになった花畑の中だ。
ということで、ある程度街中を見渡せる地点なわけだが、冒険者ギルドの支部……らしき建物はさっぱり見つからない。
それもそのはず。
視界に映るすべての建物はダンジョンの地形として生成された代物だ。
その見た目は雑居ビルやらカフェやら一定の違いはあれど、現代日本のそれである。
そんな各建物を居抜きで別の用途として使っているわけだから、建物の特徴から「あれは冒険者ギルドっぽいな」とかそもそも分かるわけがなかった。
とはいえ、推測はできる。
ダンジョン都市ということで、その恩恵を大きく受ける冒険者ギルドはそれなり以上に大きい建物のはずだ。
そして、人の出入り……特に、武装したような人間が頻繁に出入りするような場所は可能性が高い。
ここまで考えて一瞬自分の推理力に天才では……?なんて思ったけど、少し考えれば当たり前のことか。うん。
というか、そんな探偵ごっこなんてしなくても人に聞けば済む話だと気がつくまでに1分弱。
人とコミュニケーションをとる選択肢を真っ先に外して自分でなんとかしようとしてしまうのは前世からの悪い癖かもしれない。
これから飛び込むのは、常識や物理法則すら違う異世界においてすら異物として扱われる
自分一人でなんとかしようなんて無理にも程があるのはよくわかっている。
誰かと協力する。
誰かに助けを求める。
これはその第一歩だ。
「あの、冒険者ギルドってどこですか?」
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新章開始です。
しばらく、週数話単位で更新していきます。
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