猫歴23年その1にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。オニヒメの授かり婚はさすがに泣きすぎた。


 結婚式も終わり、2人の新居をキャットタワーの空き部屋に作ってあげたが、トイレもお風呂もテレビもゲームも完備なのに、オニヒメはいつもわしたちと一緒に生活している。

 もう別居生活を始めているのかとめっちゃ聞きたいのだが、下手なことを言って嫌われたくないからその件に触れなかったのに、夕食の席でオニヒメが突然怒り出した。


「センさん全然帰って来ないけど、パパが何かしたでしょ!」

「わしにゃ? わしは最近会ってもいないんにゃけど……」

「ウソつき!」

「ちょっと待ってにゃ~。本当ににゃにもしてないんにゃ~」


 冤罪で嫌われたくないわしは、明日一緒に会いに行こうと説得して、スリスリ。そして猫大図書館の気象コーナーで本を山積みしているセンエンを発見したので話をしてみたら、わしのせいだった。


「やっぱり……」

「よかれと思ってやっただけにゃ~」


 センエンは実地研修のせいで研究バカになっているだけ。空で撮った写真を元に、天気図まで作ろうと頑張っていたのだ。


「まぁ、大学生は過労死しないように契約魔法で縛っているから、もう2、3日もしたら定時で帰って来るんじゃにゃい?」

「それはそれでどうなの??」


 確かに婿をいつでも操れる現状は、義父がいつでも別れさせることもできるのだから、よろしくはないだろう。その手があったことをいま思い出したし……


「そんなことしたら……」

「しないにゃ~~~」


 不穏な考えはオニヒメにバレバレ。しかしながら契約魔法を解除すると、センエンは帰って来ないし過労で死ぬ。

 どうするのが一番いいかをオニヒメと話し合い、しばらくは残業は週4時間までに命令を上書きすることで落ち着くのであっ……


「短すぎます!!」

「お前はオニヒメと研究、どっちが大事なんにゃ~~~!!」

「パパ、それ、私のセリフじゃない??」


 センエンが涙ながらに懇願するので、寂しがり屋の女子の常套句じょうとうくをわしが言っちゃうのであったとさ。



 そんなこんなでオニヒメの新婚生活は始まり、センエンも我が家に馴染んで来たが、わしは子供たちの訓練に戻っていたので家を空けることが多い。

 そのまま月日が流れ、子供たちの訓練も滞りなく終わり、シリエージョも東の国に帰ったら、年末年始の女王誕生祭に猫の国産ビデオカメラを持って乗り込む。

 ペトロニーヌ女王の最後の勇姿はいっちゃんいいカメラで撮影してあげたけど、わしはカメラマンじゃないっちゅうの。


 ペトロニーヌ女王の最後の勇姿ということは、そういうこと。猫歴23年は……


「にゃ~~~。立派ににゃって~。にゃ~~~」


 第二陣の子供たちの小学校最後の年だ。卒業式でもないのにわしの涙はマスト。節目でもないのに泣いているので、皆に呆れられていた。


 1月に大大イベントがあったせいでちょっと話はズレてしまったが、4月が近付いたら、ついに……


「オニヒメの予定日ってそろそろだったよにゃ?」

「にゃん回聞くにゃ~。シラタマは父親じゃないにゃろ~」


 オニヒメの出産という大大大イベントが差し迫っていたので、わしは毎日何回もワンヂェン医院長に質問していた。


「健康に産まれて来るんにゃよ~?」

「パパ、本当のパパより撫でてるよ?」


 あと、オニヒメの大きくなったお腹もしょっちゅう撫でて声掛けは忘れない。


「てか、その子供の姿でお腹が大きいのは、体に悪くないにゃ? 胎児も大丈夫にゃ??」

「ワンヂェンさんも大丈夫って言ってたでしょ? この姿が長すぎたから、こっちのほうが体が楽なんだからそんなに心配しないで」

「大丈夫にゃらいいんにゃけど……初産にゃから心配にゃ~」

「ママたちもみんな初産で、丈夫な子供を産んだじゃな~い」

「ほら? 妊婦を不安にさせることばっかり言うにゃら、接近禁止にするにゃよ~?」


 確かに誰の赤ちゃんも健康に産まれて来たのだから、オニヒメの言い分はわからないことはない。確かにわしは不安をあおるようなことを言っていたので、ワンヂェンの言い分もよくわかる。


「……」

「無理して黙らなくてもいいのに……」

「リータ~。メイバイ~。シラタマを連れ出してにゃ~」


 なので黙ってオニヒメのお腹をよしよししていたら、ワンヂェンに追い出されるわしであったとさ。



 オニヒメは出産予定日が近付いたら魔力濃度の高いソウの地下空洞に移動して、エルフ市から産婆も呼び寄せたけど、今まで王族の赤ちゃんを取り上げていたヂーアイが3年前に大往生していたからちょっと心配。

 ちなみにヂーアイの最後は看取ってはいないが、最後に会いに行った時にはエルフ族を託され、この20年の感謝の言葉を多くいただいた。安らかに旅立てて何よりだ。


 ヂーアイの代わりのエルフお婆ちゃんは100人以上取り上げているし、外科医の免許も持っていると聞いたので、ちょっと安心。ただし、いつ出産してもおかしくないので、わしはオニヒメに付きっきりだ。


「明日、サンドリーヌ様の戴冠式ですよ。出席しないわけにはいかないでしょ」

「シラタマ殿。心配だろうけど、予定日はもう少し先なんだから行くニャー!」

「オニヒメ~~~……」


 というわけで、わしは大親友のサンドリーヌ王女様の戴冠式に、引きずられて連れて行かれるのであった……



 東の国まで拉致られたからには、わしも頭を切り替えて、大イベント、さっちゃんの戴冠式を全力で祝う。しかし、初日は東の国貴族だけの由緒正しい式典。

 でも、わしは今でも東の国の国民証を持っているし戦争で大活躍してしまったから英雄卿という肩書きも持っているので、強制的に参加させられている。


 しかも、最前列のド真ん中に立っているので、場違い感が半端ない。だってわし、燕尾服は着ているけど、猫じゃもん。


 貴族から「なんで猫が??」って注目の的になっていたが、王配のオッサン、アンブロワーズが式典が始まると告げたら、貴族は一斉に背筋を正した。

 わしはビデオカメラを回した。撮れと言われているから、こんな場所に配置されてるんじゃもん。


 50歳をとうに超えているのにその美貌が健在の女王が玉座の間に入場すると、一糸乱れぬ拍手が鳴り響く。そして女王が玉座に座るとアンブロワーズがこれまでの功績を読み上げる度に拍手が鳴り、最後は女王の挨拶になった。


「皆の者……これまでよく私に仕えてくれた。とある猫が新しい技術や価値観を持ち込む度に、時代が2歩も3歩も進むから、ついて来るのに大変だったであろう。しかし、皆の頑張りのおかげで、東の国は、私の代で大きく栄えた。感謝する」


 女王の言葉に一瞬わしに視線が集まったけど、感謝の言葉に涙ぐむ貴族が大多数だ。でも、そんなに大変だったのかな?


「では、私の役目はここまでだ。次代の女王、サンドリーヌにも、今まで通りの忠誠を誓ってくれ」

「「「「「はっ!!」」」」」


 貴族が胸に手を持って行って大声で返事をすると女王は頷き、アンブロワーズがさっちゃんの入場を告げた。


 パチパチパチパチ、パチパチパチパチ……


 イケメンの旦那さんクリストフに手を引かれた、34歳とは思えないほど若々しいさっちゃんが登場すると、万雷の拍手。その音を浴びながら、さっちゃんはゆっくりと歩いて玉座の前に立つ。


「サンドリーヌよ……あとのことは任せた」

「はっ!」


 胸に右手を当てて返事をするさっちゃんの凛々しい顔を見た女王は軽く頷くと立ち上がり、玉座の隣に移動する。

 そしてさっちゃんが玉座に座ると、アンブロワーズが女王の王冠を持ち上げ、クリストフに手渡す。クリストフは背筋を正して歩き、さっちゃんの頭の上に王冠を被せた。



 ここに、サンドリーヌ女王の誕生。新しい時代の幕開けだ。



 クリストフが貴族たちをひざまずかせ、祝いの言葉を告げると、次はサンドリーヌ女王のお言葉。


「皆の者、おもてを上げよ」


 一斉に顔を上げる貴族を見回したさっちゃんは頷く。


「先代女王は厳しかったであろう? その先代から教育された私はもっと厳しいぞ。これより時代はさらに加速する。ついて来られない者は容赦なく切り捨てる。そのつもりで私について来い!」

「「「「「はっ!」」」」」

「東の国に輝かしい未来を!!」

「「「「「女王陛下、万歳! 万歳! 万歳!!」」」」」


 こうしてさっちゃんの戴冠式は、いつまでも続く貴族の万歳の声が響き渡る。それは、東の国が永遠に続くかのように……



 戴冠式はこれで終わることもなく、夜にはダンスパティー。きらびやかな衣装を身にまとう貴族たちがクラシカルな音楽に合わせて優雅に踊り続ける。

 そんな場違いな場所に、猫もリータもメイバイも忍び込んでビデオカメラを回している。カメラマンは1人じゃ寂しいんじゃもん。


 一通り撮ったら、ちょっと休憩。さっちゃんの元へは貴族の長蛇の列ができているから、元女王のペトロニーヌたちのテーブルにまぜてもらい、料理を適当に摘まんで世間話だ。


「今までお疲れ様にゃ~」

「ええ。やっと肩の荷が下ろせたわ」

「にゃはは。日本で買って来たいっちゃんいいマッサージチェアでも、女王の岩のような肩凝りは解せなかったもんにゃ~。にゃははは」

「いえ、アレがあったからなんとか持ったかも? ウフフフ」

「にゃは。女王が冗談なんて珍しいにゃ~」

「もう女王じゃないもの……って、女王と呼ばれて普通に受け答えしていたわね」

「あ~……わしも気付かなかったにゃ。これからにゃんて呼んだらいいにゃ?」

「王太后だけど……せっかくだからシラタマには、サティみたいに愛称で呼んでもらおうかしら?」


 愛称と言われても、あの時、適当にさっちゃんと呼んだのが定着しているので、今回も適当だ。


「ぺっちゃん……」

「変ね……」

「ペトちゃん……」

「微妙……」

「ニーさん……」

「もっとマシなのないの?」

「思い付かないにゃ~」


 ペトロニーヌの愛称は名前から取るのは難易度が高いので、決定まで時間が掛かるのであったとさ。


 こうしてお城で行われた女王就任記念ダンスパティーは夜遅くまで続き、わしはさっちゃんと一言も交わせずにお開きとなるのであった……

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