それは初めてのありがとう
「これ、美味しい」
「そいつは良かった」
初めてのそうめんを啜りながら真白はそう呟いた。
やはり暑い日にそうめんというのは定番だけど、思えば今年は初めてだし真白にとっても初めて食べて美味しいと言ってくれたのは重畳だ。
「う~ん……」
ただ、血染は少し難しそうな顔をしてそうめんを眺めている。
どうしたのかと思っていると血染はこんなことを口にした。
「そうめん……簡単だし美味しいしで全然悪くない。でも……あたしとしてはもっと凝った料理を兄さんにご馳走したい気持ちかも」
「……そっか。本当に嬉しいことを言ってくれる子だよ」
まあ血染の実家からこっちに戻った後、家に帰る前に買い物などをしたから思いの外時間が押してしまったのである。
それで簡単に済ますことが出来るということでそうめんにしたんだが……ま、そうめんの美味しさを否定するわけじゃないけど、確かに血染の料理に勝るものはないので俺もそっちが好みではあるな圧倒的に。
「二人とも、今日はお疲れ様だった」
「うん。お疲れ兄さん」
「お疲れ、お兄様に血染」
まあ俺は特に何かをしたわけじゃないんだがな。
ほとんど森羅さんと言葉を交わしたのは血染だし、真白に関してもあの登場のおかげで俺より目立っていたようなものだし。
それでもこの邂逅は間違いなくプラスのものになったと思う。
「俺としては今回のことは本当に良かったと思ってる。あんな感じだったけど、どこか森羅さんも前に進めた気がするんだよ」
「そうだね。あたしたちに触れたのが何よりの証拠だと思う……ほんと、意地っ張りというか照れ屋というか」
「あれは照れ屋なの?」
「う~ん、分かんない。だってあたし、しばらく母さんと会ってないもん♪」
言っていることは悲しいことのはずなのに、血染の声はとても弾んでいて楽しそうだった……それだけ彼女も今日のことを大切に考えている証であり、悪くない時間だったことの証明だろう。
「……血染は――」
もしも戻れるのなら森羅さんの娘として過ごしたいか、そう聞こうと思ったけどこれこそ野暮だなと口を閉じた。
しかし、そこは俺の妹であり恋人の血染だった。
「それはないかな。あたしはもうこの家の人間――兄さんの妹で、恋人だよ」
「……だな」
だからそう、俺は彼女を手放さなければいい。
血染と真白をずっと、ずっと大好きで居れば良い、愛していれば良い……それだけで俺たちは繋がっていられる。
もちろんそれだけに驕ることなく、その気持ちを抱く上での強さも必要だ。
「兄さん……なんか目がかっこいい」
「いつでもかっこいいだろ」
「うん♪」
「……………」
調子に乗ってそう言ったんだが俺の方が照れてしまった。
その後、どんぶりの量のそうめんを真白が三杯ほどお代わりしたところで夕飯の時間は終わった。
「兄さん、本当に良いの?」
「あぁ。食いしん坊を温めてやってくれ」
「は~い」
そうめんを大量に食した真白は既に眠気全開だ。
それでも最近は人の生活を心がけるようにしており、俺や血染と必ず毎日風呂に入るようにしている。
このままだと完全に眠ってしまいそうだったので、俺が食器を洗うことにして真白は血染に任せた。
「……?」
そうして食器を洗い終えた直後だった。
家の電話が鳴ったので俺はすぐに手を拭いて向かう。
「はい。六道ですが」
父が死んだことで基本的に家の電話には間違いか悪戯、怪しげな宗教への勧誘ばかりである。
どうせこれも悪戯だろうなと思っていたが、聞こえてきた声に俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「もしもし」
『こんばんは大河君』
「ひょっ!?」
その声には聞き覚えたがあった……というか日中に聞いたばかりじゃないか。
『その驚き方は何かしら? 元々、あなたの父親とは連絡を取り合ったこともあるから。こうして連絡先を知っているのは当然でしょう?』
「……はぁ」
まさか森羅さんから電話が掛かって来るとは思わなかった。
相変わらずのあまり抑揚のない声に変に緊張してしまうけれど、果たして彼女はどんな用で電話を掛けてきたのだろうか。
『こうして電話をしたのは……そうね。特に用はないわ……ただ、一番伝えないといけないことを言っていなかったと思ってね』
「それは……」
少しの間を置いた後、森羅さんはこう言葉を続けた。
『私はあの子を愛してあげられなかった――だから、あなたにはどうかあの子を愛し続けてほしい……いえ、血染だけではないわね。あの真白という子も』
その言葉に俺は表情を引き締め、強く頷いた。
「分かっていますよ。というか、それを本人の前で言えばよかったんじゃ」
『今更どの面下げてと思われるだけでしょう。そもそも、あの子を前にしたら残り続ける嫌な気持ちが出てきてしまう。そうならないためにも、今こうしてあなたに言葉を届けさせてもらったわ』
「……分かりました。確かに胸に刻みました」
『頼むわね』
こういうのを不器用って言うのかな。
ただ、血染を前にして嫌な気持ち……つまり、彼女に対する愛情が持てないのもまた森羅さんにしか分からない。
彼女の心の内が分からない以上、そんなのおかしいでしょうということも出来ないのだから。
『あぁそれと、もう一つ決めたことがあるわ』
「はい?」
『これからも支援は続けて行くわ。あなたたちが何と言おうと、それだけは譲るわけにはいかない。血染にも言っておいて』
「……えっと」
『それと……ありがとうとも伝えておいて。今日会いに来てくれたことを――』
「あの!」
そこでぶつっと電話は切れた。
俺はしばらく呆然としてしまったが、やはり森羅さんにも思う部分はあったんだなと嬉しかった。
けど……けど! せめてそのありがとうは本人に言ってやれよっていうのは正直に思う。
「……まあでも、ちゃんと伝えておきますよ森羅さん」
果たして血染はどんな顔をするのか、ちょっと楽しみだな。
▽▼
電話の後、血染の実母である森羅は息を吐く。
「……全く、私も面倒な性格をしているものね」
森羅はそう呟き苦笑する。
そして彼女が見つめるのはとある写真立てで、そこに飾られている一枚の写真は血染が置いて帰ったものだ。
「……綺麗になったのね。本当に元気そうで幸せそうで……ふふ」
最後にもう一度、その写真に写る我が子の笑顔を瞳に焼き付けた後、森羅は立ち上がり部屋を出て行くのだった。
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