それが彼女の本質であり全て

「ちょっと美空? アンタどうしたのよ」

「何がですか?」

「何がって……ずっとニヤニヤしてるけど」

「そんなことはないですわ。むふふ♪」


 週明けの学校での光景だ。

 いつも通りに軽く俺に挨拶をして美空は席に戻ったが、今彼女の友人たちに指摘されているようにずっとニヤニヤしている。


「……なあなあ、進藤と間桐が家に行ったんだよな?」

「あぁそう言えば聞いてたんだっけか」

「何があったんだよ!」


 聞きたくて仕方ない様子の真治と幸喜に俺はため息を吐く。


「何かあったのは確かだけど、あの顔を見てみろよ。生憎と俺がお前らに嫉妬されるようなことがなかったことは確かだぜ?」

「……だな」

「そうだな。何となくそれは俺たちにも分かった」


 分かってくれて何よりだと俺は苦笑した。

 今もずっとどうしたのかと心配されている美空を視界に収めながら、俺は彼女たちが家に来た時のことを思い出す。


(なんつうか、本当に疲れたわ)


 美空の暴走っぷりはあの通りだが、ちゃんと控えるべきところは控え、血染や真白が不快に思わない絶妙のラインを彼女は攻めていた。

 その在り方はある意味で綱渡りのようなものに見えたものの、美空の場合は命綱が何重にも装備されている綱渡りなので、結局彼女は何一つ最後の最後まで二人に嫌われたりすることは当たり前のようになかった。


(結華は血染に、美空は真白に……そんな感じだったから、俺の方は楽だったけどなんであんなに疲れたんだろうな)


 血染と真白も真の意味で理解者である同性の存在は新鮮だったらしく、また機会があれば遊びに来てほしいと言っていた。


『あの人たち、本当に面白いよ。兄さんだからこそ、ああいう人たちが集まるのかなって思うよ』


 それはつまり、俺は変人という蛾を集める街灯かよとツッコミは入れておいた。

 まあでも、楽しそうにしている血染を見ることが出来たのは嬉しかったし、ちゃんと俺以外にも頼れる存在が出来たのなら幸いだ。


(……この先、もしも俺に何かあったとしてもあの子なら……なんて、馬鹿らしいことを考えるのは止めにするか。そんなもんはアニメや漫画の世界だけで充分だ)


 そんなことを考えたのがいけなかったのか、ヌルリと地面から真白が姿を見せた。

 少し肩をビクッとさせるだけで済んだのは今まで何度もこの襲撃を経験した故の賜物だが、いくら可愛い妹といえどやっぱりこれは止めさせるべきだよなぁ。


「お兄様、私と血染……良く分からないけど怒ってる」

「え?」


 怒ってると言われて俺は目を丸くした。

 真白はぷくっと頬を膨らませ、その綺麗な手を俺に伸ばし、両頬を軽く抓った。


「お兄様がいけないことを考えた。だから私と血染、ビビッと来たの」

「……あ~」


 なるほど、つまり俺が居なくなっても……なんてことを考えたのを察知されてしまったようだ。

 いまだに俺の中に真白の血は混じり込んでいるので、やはり彼女たちにとって何か平穏を脅かす類いのものは敏感に察知されてしまうらしい。


「……そうだったか。悪かったな」

「ううん、血染も言ってた。一々突っかかることでもなく、ましてや今を守れば良いだけだから指摘するほどでもない……それでもお兄様のことだから気になって仕方ないって」


 真白から伝えられる言葉は全て血染も同時に思っていることだ。

 そのことに対して俺は過保護だなと、やれやれと受け流すようなことはせず、ただ心配させて悪かったなと謝るだけだ。


「血染にも大丈夫だって伝えてくれ」

「分かった。それとお兄様」

「なんだ?」

「あの人、やっぱり凄いね。今は見えていないはずなのに、私が来た時からこっち見てたよ?」

「……げっ」


 真白が指を向けた先に居るのは美空で、彼女はジッとこちらを見つめていた。

 友人たちと会話をしながらも、バレないように器用に視線を向けてくるのは正しく猛者の所業だ……あいつ、やりおる。


「なあ、さっきから何をボソボソ言ってんだ?」

「何でもない。さてと、そろそろ朝礼始まるぞ~」


 真白も戻り、ようやく静かな朝が戻って来たかのようだった。

 ただ……さっきのやり取りに関して、俺は血染や真白に思考までも読み取られるこの現状においてちょっと嬉しかった。

 存外壮馬のことをボロクソに言えないくらいには、俺も血染たちに関してはある種感覚が狂っていると言われても否定できない。


「……ま、だからなんだ。それで幸せなら良いだろってな」


 俺はただ、そう呟いて笑うのだった。


「それにしても、本当に平和で何よりだなぁ」


 壮馬のちょっかいはともかく、いまのところ学校生活は概ね平和だ。

 元々血染に関して以外なら命の危険がないものの、俺やいくつかの異物を取り込んでもなおこの世界は通常通り動いていく。

 俺にしても、血染にしても、結華にしても壮馬にしても、結局は既にこの世界の一部として今を生きている。


「さてと、今日も一日頑張りますかね」


 そう呟き、俺は学生として始まる一日に喝を入れるのだった。

 ……しかし、その日の昼休みのまさかの再会があった。


「えっ?」

「きゃっ!?」


 職員室に用があった帰り、廊下の突き当りで俺は一人の女子にぶつかった。

 またこれかよとデジャヴをこれでもかと感じたが、俺はすぐにぶつかってしまった女子――時雨に手を差し伸べた。


「悪いな。怪我はないか?」

「はいぃ……大丈夫で……あれ?」


 ピタッと時雨は動きを止め俺を見上げた。

 あの日、壮馬に対して物騒な言葉を口ずさんだ雰囲気は微塵も感じ取れず、ただ不思議そうに可愛く首を傾げるだけの時雨だ。


「あの時以来だな? 覚えてるか?」

「あ、はい! もちろんです! あの時はご迷惑を!」

「いやいや、お互いさまだって」


 本当にあの時雨と同一人物かと、そう考えてしまうほどに普通すぎる。


「あの時はありがとうございました! えっと……別にあなたがここに在籍していることを知らなかったわけじゃないんです。それでも、あの時と同じだなって驚いてしまって」

「そうだったのか。ちなみに、こんな風に俺はクラスメイトに二回もぶつかって同じようなことを言われたぞ」

「それは……正しく運命ですね!」

「運命……そうかなぁ、そうかもしれん」


 確かにあんな出会いがあったからこそ、美空と親しくなったと言えばそれは運命と言えるのかもしれない。


(……普通だよな)


 目の前に居る時雨はヒロインの名に恥じない愛らしさを持っている。

 それこそヤンデレである面を除けば、クラスメイトやそれ以外の人にも平等に可愛がられるであろう魅力を備えている。

 あの時の光景、そして結華から聞いた話……その全てが嘘だと言われても信じてしまいそうなほどに彼女は純粋だ――そう思っていた。


「六道先輩」

「うん?」

「六道大河先輩……その名前をあの人が、壮馬先輩が良く口にしています」

「っ……そうか」

「はい。色々と苦労なさっているみたいですね?」

「……………」


 その瞬間、時雨の雰囲気が変化した。

 まるで血染よりも邪悪な気配……というと言葉の綾だが、俺がゲームをプレイした時に画面越しに感じた薄ら寒さのようなものが漂っているのだ。


「あの人には困ったものです。あんなにも私に頼らせてほしいと言ったのに、私のことを放って他のことに気を割くなんて」

「……連城?」

「すみません、黙って聞いてください」

「……………」


 ちょっと……怖いよ助けて血染!


「私のことを放っておくこともそうですが、傍に居ない誰かのことを延々と悪く言うのもダメなことです。二度とそれを口に出来ないようにめって怒らないとですね。少しばかり変な妄想に囚われているようですが、すぐに私だけしか考えられなくなるようにしないと――」

「……そろそろ行くな?」

「六道先輩」

「っ!?」


 もうやだ、この子めっちゃ怖いんだけど!?


「以前に間桐先輩にも言いましたけど安心してください。すぐに先輩たちのことが気にならなくなるようにしますので」

「あぁ……」

「それと!」

「……………」

「血染ちゃん、凄く可愛い子ですね! 私、あの子とも仲良くなりたいです!」


 オンとオフの切り替えがあまりにも激しすぎるこの子!

 血染に対してもその良からぬ感情が向くのではと危惧したが、本当に血染には純粋に友人になりたいとしか思っていなさそうだ。

 そのことに安心すれば良いのか更に警戒すれば良いのか……もう分からんぜ。


「壮馬のこと……気に入ってるんだな?」


 そう聞くと彼女は力強く頷いた。


「はい。あんなにも私のことを知っている人に出会えるなんて思いもしなかったんですよ。話してもいないことを知っている時点で、私は壮馬先輩に強い運命を感じたんです。そして同時に私の心が叫んだんです――彼を逃がすなって」


 彼を逃がすな、その言葉に僅かに副音声のようなものが聞こえたのは気のせいだと思いたい。

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