起源にして原点の気持ちは変わらず

 高校生になって初めての夏休みに入った。

 特に部活に入っていない俺はダラダラとしながら、或いは血染たちと仲良くして毎日を過ごしている。

 そして今日、ついに俺の誕生日がやってきた。


「ということで血染!」

「え?」

「これ、血染に似合うと思って買ったんだ。もらってくれるか?」

「あたしに……? 良いの?」

「あぁ」


 俺が血染に手渡したのはリボンだ。

 全然お金が掛かっているようなものではないのだが、それでも血染に似合うと思って白と黒が混ざったリボンを買った。

 白と黒の色が混ざったのを選んだのは彼女たちをイメージしたから……つまり、黒血染に同じものを買っている。


「おいで」


 黒血染を手招きすると、お気に入りになったバランスボールから離れて俺に近づいてきた。


「お前にも当然買ってるんだ。似合ってるよ」


 いつかのように目を丸くしながらも黒血染はリボンを受け取った。

 そのまま血染を参考にするように彼女も髪にリボンを巻き、こうして二人が俺の買ったリボンを付けてくれた。

 二人は銀髪と黒髪ということで、こうして二人が並ぶと一つの芸術のような美しさがある。


「可愛い?」

「可愛い」

「……えへへ、ありがとう兄さん♪」


 満面の笑みを浮かべた血染に俺も嬉しくなる。

 いつもの面子で遊び歩いていた時に偶然見つけたものだったけど、似合うと思ったから買ったのもあるし、この子たちの笑顔が見たかったからなんだ。

 血染たちは笑顔のまま俺に両サイドから抱き着いてきたが、ハッとするように血染が体を離した。


「って違うよ兄さん! このリボンは確かに嬉しいけど! でも今日は兄さんの誕生日なんだから色々と逆! このリボンは確かに嬉しいけど!」


 大事なことなので二回ってやつかな。

 まあでも確かに俺の誕生日なのに彼女たちを祝う形になったけれど、俺としては彼女たちの喜んだ顔が見れたので満足している。

 その後、俺の誕生日パーティの準備を二人でするからと言われてリビングから追い出されてしまった。


「……そこまで大がかりなものにしなくて良いんだけどな」


 そうはいっても俺自身結構ワクワクしていた。

 何だかんだ、以前にも言ったけどこうやって大河としての誕生日をお祝いしてもらうのは友人たちを除いて血染が初めてだからだ。


「部屋でジッとしてるのも良いけどちょっと出掛けてくるか」


 俺は少し出掛けてくると血染に伝えて家を出た。

 夏真っ只中とということで気温は高く、少し歩いただけで汗がダラダラ流れてきそうだがこれこそ夏なので仕方ない。

 準備にはそこそこ掛かるとのことだが、俺はすぐにでも帰るつもりだった。

 適当に本屋にでも行った後、夏を乗り込めるためにアイスでも買い込もうかとそんなことを呑気に考えていた……それだけのはずだった。


「……………」


 しかし、俺は今何故か喫茶店にお邪魔していた。


「どうぞ、好きな物を頼みなさい」

「……どうも」


 俺は目の前の女性にそう言われたが、すぐに注文を頼むことが出来ない。


「緊張しているの? まあ気持ちは分からないでもないわ。それじゃあ私がえらんであげましょう」

「……………」


 血染を放って女性と逢引き、そんな甘い響きのする行為ならばどれだけ気楽で良かったことか……。

 俺の目の前でメニュー表を見ている女性は今日初めて出会った。

 一人でブラブラと街中を歩いていると声を掛けてきたのがこの女性で、俺は最初に逆ナンかとアホなことを考えたが……伝えられた言葉は俺に衝撃を与えた。


『初めまして。私は……いえ、名乗るほどのものでもないわ。敢えて名乗るなら、あの化け物の母だったと言えば良いかしら?』


 その言葉を聞いて初めて彼女の顔を見た時、俺はあの子を……血染を幻視した。

 もちろんこの女性が血染でないことは当然だと分かっているのに、その顔立ちはあまりにも血染に似ていたのだ。

 血染が大人になればこんな感じになるのではと思わせるほどの美しい妙齢の女性、俺は誘われるがままにこの喫茶店に訪れたというわけだ。


「あの子は元気にしているかしら。親権は既に手放しているから母を名乗る資格はもはやないけれど……いいえ違うわね。元から名乗るつもりなんてないわ。あの化け物を手放すことが出来て清々しているから」

「っ……!」

「そう睨まないでちょうだい。女性への扱いがなってないわよ?」


 彼女は何も悪いことは言っていない、だから俺が怒っていることすら不思議そうな顔をしている。

 血染のことを知っており、母だと伝えられても流石にはいそうですかと信じることは出来ないが……それでもここまで顔立ちが似ているのもあるが何より、この人が血染の母ではないと思うことがどうしても出来なかった。


(……どっちかっていうと黒血染に似ている感じだな)


 単に黒髪だからというのもあるけど……とはいえ、相手が初対面の女性であっても睨むことを止めることは出来ない――それだけ俺は血染が化け物だと言われたことに腹を立てたのだ。


「あなたの父親には感謝している。あの子を渡すために多額の金を払いはしたけど私からすれば痛くも痒くもない。彼も本能で血染のことを恐れてはいたけど、目先の欲望は捨てきれなかったみたいだから」

「……それであんなにもクソ親父は金を持っていたのか」

「子供からすれば恐ろしいほどの額でしょう? とんでもないほどの贅沢をしない限り、あなたとあの子だけなら数十年は働かずに生きていけるほどだもの」


 クソ親父の遺した遺産は莫大だった。

 それこそ、この女性が口にしたように並みの大人の人でもあの金額を見たら腰を抜かしてもおかしくはない。

 確かに俺もあのお金については驚いたけれど、まだ子供の俺と血染が生活に困ることはなさそうだと安心した程度だった。


「彼と連絡が取れないのだけど……もしかして、死んでしまったかしら?」

「っ……」


 女性は核心を突いてきた。

 血染の能力によって親父の存在は曖昧になっているはず、それでもこうも事態を把握しているということはこの人は血染の影響がないということ……これが母親の特権とでも言うのか?


(……血染の母親に関しては全く情報がない。それこそ、ゲームでは名前すらも出てこなかったのに……なるほどな。もうこの世界は独自に動き出している……それこそゲームだからと考えることそのものがナンセンスってわけだ)


 まあ俺も事あるごとにゲームならと考えることはあるけれど、最近では血染のことが大事だという気持ちが強く、基本的に彼女のことを考えるのが俺の動力源みたいな部分があるので気にしてはいない。

 壮馬に関してはちょっとヤバい奴になってるし、美空に関しては弟好きから兄好きに変わってしまったので原作知識なんてものはもう役に立たないだろう。


「あなたは……」

「なあに? 何でも聞いてちょうだいな」

「……血染のあの力について何か知っているんですか?」


 血染すらも分からず、この世界を外から知っていた俺も分からないことだ。

 もしも彼女が何か知っているのだとしたら、別に何かが変わるとは思えないがそれでも少しでも知ることが出来るのなら……。

 俺の問いかけに、彼女は考える……素振りは一切見せずにあっけらかんとして答えた。


「何も知らないわ。私は産まれたばかりのあの子を抱いた時に得体の知れない何かを感じ取って、それからあの子と会おうとは思わなかったもの」

「……それでも母親なんですか?」

「馬鹿を言わないでちょうだい。どこの世界に本能が恐れ、気持ち悪いと感じるモノを娘だと思えるの?」

「……………」


 言葉が通じない、それが俺のこの人に抱いた感想だった。

 この人はどこまでも血染のことを娘だとは……いや、同じ人間だとも思ってはいないようだ。

 もしもずっと昔から血染の周りに居たのがこの人のような存在ばかりで、学校でもこのような扱いを受けて……そして大河やクソ親父が尊厳を汚そうとして……これで狂うなというのが無理な話だ。

 その後に力の制御が出来て他人が恐れなくなったとしても、既に狂ってしまった心では近づいてくる他人を受け入れられないのも頷ける。


(……血染、君はどんなに苦しんだんだ? どれだけの日々を――)


 早く帰って血染の傍に居たいと、そう思った時だった。


「ねえ、あなたはどうしてあの子を恐れないの? この間、あの子と寄り添って歩くあなたを見た時から疑問だった。どうして逆にあの子のことを受け入れているの?」


 決まっている、あの子の兄だからだと断言しようとしたがまた彼女が先に言葉を続けて俺の声を遮る。


「なるほど、あなたも既に影響を受けているのね。こうして話をするのは問題ないけれど、あの子と同じものを薄らとあなたからも感じるから」


 そう言われて俺はクソ親父に刺された場所に手を当てた。


「普通の人なら恐れるモノをあなたは恐れない、肉親が消えたというのに特に感慨もない。必要以上にあの子を大切に思っている時点で十分に影響を受けている証よ」


 つまりこの人はこう言いたいのか。

 真相は定かではないが、クソ親父が消えたことに関して特に何も感じなかったことも、血染に対してこんなにも大切だと思うこの気持ちも全部……あの子の、黒血染の力が影響して俺を変えたのだと……この人はそう言いたいのか。


「あの子に全てを狂わされたのね。可哀想な子……でも仕方ないわ。それこそがあなたが彼女を受け入れた罰みたいなものなのだから――」

「あの~、取り敢えず一言良いっすか」


 色々と知らないことを聞かされてビックリしたのは確かだけど、それでもだからなんだという気持ちしか俺にはない。

 今更この人の話を聞いたところで血染への見方は変わらないし、彼女から離れようという気持ちも一切ない――仮にこれが血染の力の影響だとしてもどうでも良い、というか一つだけ変わらない気持ちがあるのだ俺には。


「俺、あの子と出会った時には怖いと感じてました。それでも俺は彼女のことを見放そうとは思わなかったし、逆に仲良くなろうと自分から距離を詰めました」

「……え?」

「あの子の力が俺の体の中に入っているのは確かで……それで若干感性に変化が起きているのもあるかもしれません。それでも一つだけ変わらないことがあるんです」

「……………」

「俺、最初から血染のことすっげえ好きだったんですよ」


 そう俺は自信を持って口にした。

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