本心だからこそ、容易に内側に滑り込む

 俺の妹、血染は強い。

 それはもう、戦闘系のゲームに出ても圧倒的な攻撃力と殲滅力で全てを無に帰す性能を秘めている。

 何度でも言おう、血染は強い。

 だからこそ俺の危機に彼女はいつだって駆け付けて守ってくれるのだ。


「……っ!?」


 それは風呂に入ろうとした時に見えた姿だった。

 黒塗りの体を持ち、今か今かとその時を待っているそいつは俺を見た瞬間にカサカサと音を立てるようにして動き出した。


「うおおおっ!?」


 そいつの名はG、男女問わず恐怖に陥れる最悪の存在だ。

 さっきも言ったがこれから風呂に入ろうとしていたところなので俺は裸になってしまっており防御力は皆無だ。

 情けない悲鳴を上げてしまったからか、すぐにバタバタと扉の向こうから足音が聴こえてきた。


「兄さん!?」


 もちろん現れたのは最愛の妹である血染だった。

 彼女は瞬時に俺が恐れている存在を感知し、まるでその場に居ることすら許さないと言わんばかりに憤怒の表情を浮かべ、彼女はGに向かって手を翳した。


「死ね」


 その瞬間、まるで黒い靄が大蛇のように蠢いてGを包み込んだ。

 喰われるのではなくすり潰しているような感じかな……肝心の黒血染に関しては攻撃した血染とは別に俺に抱き着いて事の成り行きを見守っていた……あ、君がやるんじゃないんだね今回は。


「ふぅ……殲滅完了」

「……お見事だな」


 Gよ、単純にお前に運がなかっただけだ。

 しかしそこで俺は自身がタオルも何も身に付けていない全裸状態であることを思い出したのだが、こちらに振り返った血染は段々と視線を下に向けて行き……そこで俺は耐えられずに浴室に逃げ込んだ。


「別に逃げなくて良いじゃん兄さん」

「……お粗末なモノを見せてごめん」

「そんなことないよ。十分にご立派様じゃん!!」

「ええい! 戻りなさい!!」

「は~い♪」


 Gから救ってくれたことは感謝するが、大事な部分を妹に見られた恥ずかしさというのは気まずい……まあ血染のことだし一切気にしはしないだろうけど、それでも俺のダメージは大きかった。

 その後、風呂から上がってから夕飯を御馳走になった。


「もう兄さん、さっきのまだ気にしてるの?」

「……いや、もう大丈夫だ。なんつうか、血染が全く気にしてない風なのに俺がずっと気にするのもどうかと思うし」

「そうだよそうだよ。あたしがここに来た時にはしょっちゅう一緒にお風呂入ってくれたんだから今更だって!」

「っ……」


 実を言うと、ここに来たばかりの血染とは何度も一緒に風呂に入っていた。

 というのもまだまだ心が不安定だった血染に一緒に入ろうと誘われ、その時の彼女の様子を見てしまっては断るのも無理だった。


(あんな風に縋られるような目を向けられてしまったらな……)


 でも……あれも俺にとっては大切な思い出の一つでもある。


「……その、恥ずかしい記憶の一つではあるんだけど……あの時の俺って結構必死じゃなかったか? 出来るだけ血染の要望に応えようとしてさ」

「あ……そうだよね。よくよく考えれば本当に気を遣わせたよね。ごめ――」

「謝るんじゃない。確かに必死だったけど、あれもまた俺にとって血染との大切な思い出の一つだからな」

「……兄さん♪」


 ほら、黒血染もうんうんと頷いているぞ。


(実際……血染が大好きなキャラだったのもそうだし、スタイル抜群の美少女とのお風呂って人生の幸福使い潰しても経験できるかどうかってものだしな)


 純粋に嬉しそうにしてくれていた血染の裏で、俺はこんな風にいやらしいというか思春期の男子特有のことを考えていたわけだ。


「兄さん?」

「っ……おう」

「どうしたの?」


 首を傾げた血染に俺は何でもないと普通を装った。


「ご飯食べた後、兄さんの部屋に行っても良い?」

「別に良いぞ」

「やった♪」


 う~ん、兄の部屋に行くことを許可してもらって嬉しがるのって世界のどこを探しても血染くらいなんじゃないか?

 俺としてはそんな血染が何よりも可愛いと思うから全然良いし、何なら妹を持っている全ての人に俺の妹はこんなに可愛いんだと自慢したいくらいだ。


(……こんなんだからシスコンって言われるんだろうなぁ)


 シスコン上等、何とでも言えって感じだ。

 それから夕飯を済ませた後、二人で家事を終わらせた後に約束通り血染は部屋にやってきた。

 ベッドに座っていた俺の横に座るようにして血染も座り、ギュッと腕を抱くといういつもの体勢だ。


「それで、何か話したいことがあったんだろ?」

「うん。早速良い?」

「おうよ」


 俺は軽い気持ちで頷いた。


「兄さんはどうしていつもいつも、あたしに欲しい言葉をくれるの?」

「……欲しい言葉?」


 血染は頷き言葉を続ける。


「あたしが楽しい時も、少し気分が乗らない時も、いつだって兄さんはピンポイントであたしの欲しい言葉をくれるんだよ。それは何気ない時だってそう、いつもあたしを喜ばせる言葉をくれる……ねえどうして?」

「……えっと」


 ジッと見つめられてしまったがそう言われると言葉に詰まってしまう。

 己が大河であると自覚し、血染と出会った頃は心から彼女をどうにかしたいと思いながらも地雷を踏まないように気を付けていたのは確かだけど……今となっては特にこう言えば良いかなとか考えたことはそこまでない。


「実を言うと別に何かを考えたわけじゃない、脊髄反射みたいな部分はあるからな」

「脊髄反射であたしのことを可愛いとか言ってくれてるの?」

「おうよ」

「っ……そういうところだよ兄さん!」

「いやいや、こんな可愛い妹が居たら誰だってこうなるだろ!」

「……うぅ!!」


 これがこの世界に生まれただけのただの大河だったなら……仮に襲ったりせずともここまで言うことはないはずだ。

 あくまでこの世界の知識を、血染に秘められている秘密を知っているからこそ口にできることではないか、後は単純に血染のことが大好きだからというのが一番大きいと思っている。


「……うん?」


 そんな風に血染と話をしていると、視界の隅では黒血染が今流行のラブコメ漫画を読んでおり、彼女に関してもこのような姿を見れるとは思わなかったので本当に感慨深いものだ。

 俺は黒血染の姿に苦笑しつつ、血染に視線を戻した。


「まあ諦めるんだな。俺が血染の兄になった時点でこれはもう決まってたことさ。今更誰にもこの役目は渡さねえよ。これから先もずっと、血染が望んでくれる限り俺は傍に居るからな?」

「……うん……うん!」


 それが俺の本心からの宣言だ。

 恥ずかしそうにしながらも、血染は綺麗な微笑みで頷き俺の肩に頭を預けるようにして寄り掛かるのだった。


「……そういや血染」

「なあにぃ?」


 完全に声が蕩けていらっしゃるが……俺は良い機会だと思って改めて彼女に聞きたいことがあった。

 結局原作でも明かされなかったことで、こうして大河として生まれ変わったからこそ血染に直接聞くことが出来るのだから。


「血染はどうしてその不思議な力を持つことになったんだ?」

「……う~ん」


 俺の問いかけに血染は腕を組んで考え始めた。


「……良く分かんない」

「……そうか」


 結局、血染の答えはそんなものだった。

 別にそれを聞けたからと言ってどうこうなるものでもないが、それでも何かこの世界に隠されたことを知る機会になると思っただけに少し残念だ。


「物心付いた時からこうだったから……それでみんなに拒絶されて……それであたしは一人ぼっちになって――」


 段々と声が沈んでいった血染の頭を優しく胸に抱き寄せた。

 興味本位とはいえ、俺も配慮が足らなかったな……血染にとって、過去のことは自分が狂ってしまう一因だというのに。


「……また兄さんに気を遣わせたね」

「いや、今のは俺が悪かった」

「そんなことないよ。ふふ、過去を思い出して悲しい気分になってもこうして兄さんが抱きしめてくれるから」


 調子の良い奴だなと俺は血染の背中をポンポンと撫でた。


「兄さんは本当に不思議な人だね。あたしが今まで会った人とは明らかに違うような気がするよ。それこそ、別の世界の人みたい」

「かもしれないぞ? もしかしたら俺は血染を孤独から救うために現れた正義の味方だったりな」


 なんてことを少し格好つけて言ってみた。

 顔を上げた血染は一瞬目を丸くしたものの、すぐに頬を緩めてまた笑った。


「あはは……そうかもね。だとしたらありがとう兄さん……あたしを救ってくれて、あたしの前に現れてくれてありがとう」

「……血染ぇ!!」

「あ、兄さん泣いちゃった!?」


 泣くに決まってるだろそんな風に嬉しいことを言われたらな!

 血染は俺の真実に気付いてはいない……それでも、こんな風に言ってくれたのは血染が初めてだった。

 妹である彼女の言葉に、俺はこの世界に生まれたことの意味を肯定してもらった気がして凄く嬉しかったのだ。



【あとがき】


ウォーミングアップ終わりました。

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