△▼idea(イデア)~Another World~△▼
異端者
第一話 見える世界
何度この目を潰そうと思ったか分からない。
僕、
世界が二重に見えた。
一つは「現実」の世界。そしてもう一つは「真実」の世界。
もう一つの世界は決して偽ることのできない内面の世界だった――それ故に残酷だった。
仲の良さそうなカップルが公園に居たとする。
彼らはお互いに幸せそうに見える――現実では。
だが、真実の世界は違う。男は狡猾そうな狐に変わり「好きなようにしてくれる便利な女」と言い放つ。女は淫らな小悪魔に変わり「言うことを聞いていれば貢いでくれる馬鹿な男」と言い放つ。
一見幸せそうに見えて、実は互いを利用し合っているだけの関係。
こんな風に、視覚だけではない。聴覚も、他の感覚も、五感が全て変わるのだ。
そんな世界に育った僕が信じられるものはあまりに少なかった。
二〇XX年、六月。僕は大学の文学部二年生となっていた。
実家から離れての安アパートの独り暮らしは正直楽だった。自宅に居れば、嫌でも家族の内面を見なければならないからだ。
ある朝、大学に登校すると校門付近に人だかりができていた。
「大型犬が――」
「ずたずたに切り裂かれて――」
「内臓がぶちまけて――」
そんな声が聞こえてくる。
人だかりの合間から血が染みついたアスファルトが見えた。
――まただ。
ここ三ヶ月程前から、大学のキャンパス近辺で動物の死体が見つかるという事件が多発している。
最初はネズミや小鳥だった。それが猫、小型犬と徐々に大型化してきていた。
どの事件も手口は同じ。鋭利な刃物でめった刺しにするというものだった。
このまま進んでいくと、きっとそのうち人間が標的になるだろうと噂されていたが、警察による捜査はあまり進んでいないらしかった。被害が人間ではなく動物なので、そんなに真剣に捜査していないのではないかとも言われていた。
僕は事件だと騒ぎながらも内心楽しんでいる連中を横「目」に見ると、校門を抜けて敷地内に入った。
「例の事件。またあったらしいな」
校舎の教室内に入ると、友人の
「今度は大型犬がめった刺しにされて校門の所に捨てられてたらしい」
間宮は聞きもしないのに一方的に喋った。
「そう……」
僕はできる限りそっけなく答えた。
そこで間宮は少し声を潜めて言った。
「前から思ってたんだけど、お前のその『目』なら犯人なんてすぐに分かるんじゃないか?」
「それは……前にも言ったけど、対象を直接見ないと真相は分からないよ」
「いやでも、犯人は現場に戻る! ……なんて言うじゃないか?」
間宮は僕の目のことを知る数少ない人間だ。
彼とは小学校からの付き合いで、それからのずっと同じ学校だ。
彼に目のことを話したのは、ある事件がきっかけだった。
「もし現場に戻るとしても、ずっと張り込んでる訳にいかないし……僕は警察でも探偵でもない。さあ、そろそろ講義が始まるよ」
僕はそう言って話を切り上げた。
「目」は、直接見た者にしか作用しない。動画や画像、写真では普通の人間にしか見えない。ただし、鏡等に映った者、望遠鏡や双眼鏡で捉えた者に関しては「肉眼で見た」と見なされるらしかった。それと、鏡で見ても自分の姿は変化しない。我ながらややこしいルールだと思う。
ちなみに間宮は大学内のミステリーサークルに所属している。自分でもミステリー小説を書いているが、その出来は……彼のことを思うと素直に言えない出来だと言っておく。
講義が始まり、教室の声が教員の声だけになった。
「次は人間だって、皆言ってる」
講義が終わると、キャンパス内のベンチで間宮と雑談していた。例の事件のことだ。
「前に犬の死体が見つかった時も、そう言ってなかったか?」
僕は思い出して言った。
間宮の言う「皆」はミステリーサークルの連中のことだ。真に受けていられない。
「今までのは、全部そのための練習だっていう説だ」
「練習……ねえ。わざわざ捕まるようなことを練習で何度もするかねえ……」
そうだ。本番前にわざわざ目立つのは悪手でしかない。
「なあ、本気で犯人を捕まえてみる気はないか?」
「悪いけど、パス。そもそも、警察に説明できないし――」
「そんなの後から証拠を探せば――」
「犯人がとっくに処分してるだろうよ。下手すれば冤罪扱いでこっちが危ない」
僕にはこの力で役に立ちたいとか、目立ちたいといった功名心の類は無かった。
むしろあまり多くの人に知られずに、ひっそりと生きたいと思っていた。
しかし、そうもいかない事態になったのはほんの三日後だった。
三日後の朝、それは起こった。
大学のキャンパスの広場で死体が見つかったのだ。
現場には青いビニールシートが張られ、中は見えなかった。
ただ、野次馬の様子から、男がめった刺しにされて見つかったということだけは分かった。
その日の講義は全て休講にすると張り紙が出ていた。
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