第1章 人生何が起きるか分からない
第1話 数字は残酷
YouTuberには夢がある。億万長者になれるチャンスが誰にでもあるのだ。
もちろん、簡単な話ではない。動画のクオリティを上げるには編集に力を入れる必要がある。流行やトレンドを捉えられるように常日頃からアンテナを張る意識も重要だ。再生数を伸ばすために学ばなければならないことは人から教わるものではない。実践を通じた知恵と経験に基づき、自ら導き出した結論が肝要となるのだ。ましてやチャンネル登録者数100万人越えの超人気者を目指そうものなら、人生を賭ける覚悟で臨まなければならない。
容易ならざる道のように思えるが、人気者を目指さずに趣味で始めるぶんには、難しく考えなくてもいい。スマホ一台あれば簡単に参入できる敷居の低さは実に魅力的だ。小学生だってYouTuberになっている時代だ。なろうと思えば誰でも簡単になれる。それがYouTuberだ。
この俺、戸張太一(とばりたいち)も星の数ほどいるYouTuberの一人だ。
人混みに紛れれば区別が付かなくなる顔立ちに、黒髪黒目と中肉中背が合わさった、一目見ただけではまったく印象に残らない極普通の男子高校生、それが俺だ。
この容姿ではインパクトに欠けると思い、俺は髪をピンク色に染めた。そして満を持してYouTuber活動を始めたはいいが、身内からは大不評の嵐で、ちょっと心が折れかかっている。
そんな俺に追い打ちをかけるような出来事が起きた。
「たったのこれだけなのか……?」
俺は絶望の面持ちでスマホに映し出されている〈ポジティブ太一〉のチャンネル登録者数を凝視した。
何度再読み込みをしても数字に変化はない。頬を抓っても痛みがある。
「こ、こんな、こんなことになるなんて……」
握力を失った俺の手からスマホがするりと滑り落ちた。
俺はYouTuberを始めた際に100日間連続で動画投稿をすると宣言し、血眼になって今日まで活動を続けてきた。
苦節の日々だった。心が折れそうになったのは一度や二度ではない。
そしてようやく、明日に100日目を迎えることになった。有言実行を果たす集大成の時を目前に控えた俺の気分は未だかつてないほどに高揚していたが、チャンネル登録者数を目にした瞬間、魂が抜けたように全身から力が抜け落ちてしまった。
これまでのYouTuber活動の日々が走馬灯のように脳裏をよぎった。
思い付く限りのネタを動画にしてきた。100日間休まずに投稿を続けていればいつかオススメに表示され、それを目にした人たちがファンになってチャンネル登録をしてくれる。行く行くは収益化条件のチャンネル登録者数1000人を超えるのも夢ではないと信じていたが、俺の眼前には厳しい現実が横たわっていた。
俺はスマホを拾い上げ、昨日投稿した動画のコメント欄に目を通した。
『明日で100日目なのに今から1000人超えられるのか?』
『たまにプチバズりしてるのにこの登録者数は少なすぎだろ』
『顔出しでこれはキツい』
『俺チャンネル登録してないわw』
『応援してないけど頑張れ』
無残な結果に打ちひしがれ、メンタルが弱っている状態でこのコメントはとどめの一撃となった。
「激戦区だって覚悟はしてたけど、まさかこれほどとは……」
昔はローカルな雰囲気があったYouTubeも、今ではメジャーな媒体として周知されるようになった。競争も激化しており、黎明期から活動してきた有名YouTuberでさえ新時代の荒波に順応できず、何人も引退している。昨今は芸能人の参入が大きく影響し、俺のようにコネも後ろ盾もない底辺YouTuberの動画が日の目を浴びる機会はめっきり減ってしまった。
新規参入した一般人YouTuberで注目を集めているのは、炎上系と迷惑系ばかりだ。再生数とチャンネル登録者数の伸び悩みを受け、俺もその路線に舵を切るべきか悩んだこともあったが、家族に与える悪影響を考慮して踏み止まった。
絶望的な状況だ。ここから挽回するのは不可能に等しい。
自室を出た俺は気晴らしにテレビでも見ようと、一階のリビングに足を運んだが、そこにはソファーで寛いでいる妹の梓(あずさ)の姿があった。
地味な俺とは違い、梓は目鼻立ちが整った顔立ちをしている。あどけなさを残す愛嬌のある顔をしていることから近所でも可愛いと評判だ。中学生になってからは体のラインが女の子らしく発達しかけている。ついこの間までは小学生だったのにこんなに早く成長するのかと驚かされる。
茶髪をポニーテールに束ね、タンクトップに短パン姿で足を組み、スマホを片手に持っている梓は、俺がリビングに顔を出すと肩を竦めた。
「その顔を見たら全部察しがついちゃうね」
言葉の槍に胸を抉られた俺はその場で四つん這いになった。
「本当にごめんな。死んで詫びるわ……生まれ変わったら今度こそ一緒になろうね」
「別に死ねとまでは思わないけど……って一緒になんか絶対ならないし!」
「そうだよな。こんなお兄ちゃん嫌だよな。このままじゃ死んでも死にきれないらら、最後にでかい花火を打ち上げてから死ぬことにするよ」
「今度は何をするつもりなの?」
「そのままの意味さ。題して〈体中に花火を括りつけて高層ビルからダイブ⁉ 生涯最後にド派手な人間花火を咲かせます!〉だ」
「大迷惑なんだけど! 本当に今すぐ生まれ変わったほうがいいかもね」
梓はぷいっと顔を背けた。
俺がYouTuberになると知って真っ先に反対したのは両親ではなく梓だった。心配してくれていたのもそうだが、兄がYouTuberをやっていると周りに知られるのが嫌だったそうだ。現に俺のせいで学校で男子にからかわれているらしい。可愛いから余計にちょっかいを出されるのだろう。あとでそいつらの住所をお兄ちゃんに教えなさい。コーラとメントス持って突撃してくるから。
「大体そのピンク色の髪の毛とか本当にダサいし。顔がパッとしないからって髪の毛で目立とうなんて浅はかだよ」
「何だと!? 謝れ! 俺と同じことをしてる浅はかな全YouTuberに謝れ!」
「嫌だし。他の人のことも悪く言っちゃってるし」
「俺と同じようなことして人気になった人もいるんだぞ! 今すぐ謝れ!」
「その人はその人、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ。比較しても虚しくなるだけだよ」
梓の指摘に俺は頭を殴られたような感覚を味わった。
そうだ。売れてる人の真似をすればおこぼれに与れると考えた初期の俺が悪いんだ。途中で方向転換して独自路線を走ることにしたが、髪の色は面倒なので変えなかった。そのせいでこの色を維持するために美容室で結構な額を払ってきた。
「だからYouTuberは止めておけってあれだけ言ったのに。何かに挑戦しようって気持ちは大事だけど、場所は考えないと。今からYouTuberになろうなんて無謀にもほどがあるよ」
「覚悟はしてたんだ。してたけど、こんな無残な結果になるなんて……」
「大体何で今更YouTuberになったの? 急に言い出したよね?」
「そ、それは秘密だ」
これだけは誰にも言えない。いつか有名になった時に動画で語るつもりだからだ。もう有名になるのは無理そうだけど。自分で言ってて悲しくなってきた。
「別に言いたくないなら言わなくてもいいけどさ。登録者数は何人なの?」
「……149人」
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