見た目って大切だよねのこと




「そろそろ、小さな爆発は必要か」

 

 幹部執務室でハルヴィエド・カーム・セインは小さく呟く。

 彼にとって日本侵略は二の次以下だ。

 重要なのはヴィラ首領のこと。あの子が心安らかにいられるよう心血を注いでいる。

 神無月沙雪と心を通わせた今でも、悪の組織の科学者を辞める気にはなれなかった。

 

 だが、困ったことに最近はうまく行き過ぎている。


 日本の企業と癒着することで資金を持続的に得られている。

 廃園となった遊園地や過疎化した村などにも手を伸ばした。

 補佐役となったリリアやタウロ(N太郎)のおかげで業務の負担も軽減された。

 ここでヴィラ首領に「一気に攻めて日本を掌握」なんて言い出されると困る。

 

(エレスちゃん達にはうまく戦ってもらって、妖精姫の脅威を改めて認識してもらわないとな)


 日本侵略自体に罪悪感はない。

 先代セルレイザの下で既に多くの地域を支配下に置いていたのだから今更だ。

 ただ、このまま侵略を続けるのがヴィラのためになるのかと問われれば答えに窮する。

 あの子の願いがあの子自身を傷つけることになるのでは、と思ってしまう。


「違うな。そうしないために、私がいるんだ」

 

 思い出すのはヴィラの幼い頃。

 異次元に基地が完成し、建物の中だけでも自由に出歩けるようになった時の事。

 ヴィラは心からの笑顔で「ありがと、ハルヴィエド!」と言ってくれた。

 父が死に、上層のクズどものために研究をつづけた無意味な日々を、あの子の無邪気さが拭ってくれた。

 だからハルヴィエドは先代の恩義ではなく、ヴィラのために此処にいる。

 成功しても失敗しても、うまく転がせるよう準備はしておかないと。


「ハルヴィエド様、お飲み物を用意しました」


 そこで執務室に来たのは補佐役であるリリアだった。


「ああ、リリア。ありがとう」

「グリーンスムージーです。お菓子はナッツとドライフルーツを用意しました。ハルヴィエド様は普段の食生活が荒れていますから、少しでも栄養を取ってくださらないと」

「いや、うん。別に補佐役だからと、そこまでする必要はないぞ?」

「これはあくまで空いた時間にさせていただいていることです」


 なんというか最近リリアが補佐役として頑張り過ぎています。

 おやつに野菜ケーキを用意したり、ミーニャと結託して「インスタントラーメンは控えてくださいね」ってやんわり注意してきます。

 どうすればいいでしょうか、にゃんj民の皆さん。


「ハルヴィエド様こそ根を詰めないでくださいね。気分転換に外を散歩するのはどうでしょう? その際は私もお供させてください」


 ダメです。そういうの知っています。

 途中で沙雪ちゃんと会ってなんやかんやでひどいことになるヤツです。






 ◆





 土曜日の平和な昼下がり。

“そいつ”は突如として現れた。

 神霊結社デルンケムによって街は度々襲われ、市民は異常事態に慣れた。しかし今回ばかりは動揺が大きい。

 

 これまでロスト・フェアリーズが倒してきた怪人を超える巨体。

 緑色の皮膚と発達した筋肉。 

 六本ある腕、掌には発射口のようなものが見える。

 発達した爪と牙。

 その恐ろしい容貌に人々は騒めいていた。


 そして一部は違う意味で驚愕する。

 既に“そいつ”の存在を知っていたからだ。


『うはははは! うむ、街が良く見えるぞ! さすがはハルヴィエドなのじゃ!』※超野太い声


 高笑いをする化物の傍らには小柄な娘の姿があった。

 肩まで伸びた銀髪、切れ長の赤い瞳。細面の整った顔立ち。頭には猫の耳のようなものが生えている。

 忍び装束に身を包んだ美しい少女が、隙なく周囲を警戒している。


「首領、目的を忘れちゃダメ、にゃ」

『おお、そうじゃな。我らが宿敵ロスト・フェアリーズをおびき寄せるため、少し暴れるとしよう』


 筋骨隆々とした化物の姿は、かつてとある討論番組で、社会学者が提示したイラストと酷似している。

 誰かが怯えるように呟いた。


「あれは、デルンケムの首領……セルレだ」


 某国の陰謀とも言われる犯罪集団。

 それを取りまとめる首領セルレが、直々に街を襲撃しに来たのだ。




 ◆




815:名無しの戦闘員

 ……緊急生放送見た?


816:名無しの戦闘員

 おう、見た

 あのぉ、なんかね? すっごく見たことのある化け物が現れましたね

 ハカセぇ、ご説明を


817:名無しの戦闘員

 銀髪の猫耳クール娘

 間違いない、あれ猫耳くのいちだ


818:名無しの戦闘員

 私ちゃん社会学者が出したイラスト見た時笑い堪えるの必死だった

 今回は苦笑いしか出てこない……


819:名無しの戦闘員

 猫耳ちゃんなにあれ超かわいい

 なんか年若いけど美人って感じ


820:ハカセ

 説明しよう 

 あれはワイ驚異のぎじゅちゅ力によって生み出された【遠隔怪人セルレリアン】

 その名の通り遠隔操作が可能な怪人である

 PPシステムを通して基地内から怪人の挙動を完全に掌握

 ぶっちゃけるとP〇VRみたいなヘッドセット+コントローラーでお手軽に遠隔操作できる怪人や

 魔力による同調で怪人の視覚や聴覚を得て、しかも言葉も発せる ※ただし声は超野太い

 ダメージフィードバックを消すために触覚とかはないけどな

 

821:名無しの戦闘員

 ホントこのバカは無駄にすげえな


822:名無しの戦闘員

 ぎじゅちゅw


823:名無しの戦闘員

 そんなもん量産されたらまずくない?


824:名無しの戦闘員

 猫耳ちゃんに関節技かけてもらいたいンゴ

 細っこいカラダ密着してぐいーって


825:名無しの戦闘員

 変態がおる 


826:名無しの戦闘員

 魔霊兵自体がバイオ兵士だけどさ

 リモートコントロールで思い通りに動く怪人とか危険すぎる


827:ハカセ

 >824 コロされたいのか?


 量産する気はないで

 この手のもんに慣れると、誰かを殴ったら自分の拳も痛いってことを忘れてまうからな

 実感を伴わない暴力の行き着く先なんぞ碌なもんやない

 ……みたいなことをト〇ーズ様が言っとった

 モビ〇ドール駄目ゼッタイ


828:名無しの戦闘員

 理由w


829:名無しの戦闘員

 最後のがなけりゃちょっとカッコよかったのに


830:名無しの戦闘員

 ハカセ激おこw


831:名無しの戦闘員

 さすがトレー〇様

 侵略者すら教え諭すとはエレガントすぎるぜ


832:名無しの戦闘員

 セルレリアン操作してんの首領ちゃん?

 野太いのじゃ口調超怖ぇ


833:ハカセ

 当初ワイは猫耳くのいちに出撃を命じるつもりやった

 ロスフェアちゃんと一戦交えるように、と

 しかしそこで待ったが掛かった


 首領「待つのじゃ、ハカセ。私は一度ロスフェアを見てみたい」

 

(;゚ Д゚) …えっ!?


 びっくり

 だってぶっちゃけ首領そんな強くないし

 たぶん初期のルルンちゃんにも負けるくらいや


834:ハカセ

 首領「挨拶程度でいい、私が出ることは可能か?」

 ワイ「首領、それは認められません。万が一を考えれば危険すぎます」

 首領「無理を言っているのは分かっておる。しかし、私は敵を見ておきたいのじゃ」


 説得は聞いてもらえんかった

 申し訳なさそうな顔をしてるけど今回はすごく頑固でな

 

 首領「お願いじゃ、ハカセ。私にも譲れないものがある」


 たぶんお目目うるうるで情に訴えかけてきたら断固として拒否した

 でも首領は歯を食いしばって、真剣な顔でワイに向き合った

 そうされたらもう拒否は出来んかった


835:名無しの戦闘員

 おかしいぞ いつもののじゃっ子じゃない


836:名無しの戦闘員

 たこ焼きほふほふしていた首領ちゃんはどこへ……?


837:名無しの戦闘員

 猫耳ちゃん、あの容姿で「絵本読んで」とか甘えてくるのか

 普通にハカセが妬ましい


838:名無しの戦闘員

 フィオナちゃんポスターに(# ゚Д゚)しちゃうような子なのに


839:名無しの戦闘員

 ハカセに勉強見てもらってるし

 もう普通に近所の懐いてる子供って印象しかない


840:ハカセ

 言いたいことは分かるけどワイらの首領やからね?

 

 正直お忍びで街に出かけるくらいなら了承した

 けど今回は作戦行動のメインとして出たいって要望や

 さすがにそいつは難しい


 で、ワイからの折衷案

【遠隔怪人セルレリアン】を使ってならオッケーよ

 敵を見るのが目的ならこれでも十分やろ 

 首領はしぶしぶながら頷いてくれた


 首領「ハカセの心配ももっともだ。あまり負担はかけたくないのじゃ」


 ワイのために首領が引いてくれた形や

 ほんまにええ子なんよ

 

841:名無しの戦闘員

 たぶんハカセが一番首領を首領として見てないよな


842:名無しの戦闘員

 どう頑張っても「うちの子すごいだろー、可愛いだろー?」としか読めんw


843:ハカセ

 首領の本名は名乗らんこと

 危なくなったら即帰還すること

 護衛としてワイを連れていくこと

 これを条件にしたら猫耳が、

 

 猫耳「私がいく、にゃ。ハカセよりも強い」

 

 事実なんやけどワイも傷つくんやで?

 とはいえそれなら安心

 こうして首領+猫耳くのいち+魔霊兵による襲撃が実現した訳や

 まあどこかでロスフェアちゃんとマジメな一戦やらかさなあかんと思ってた

 ちょうどいい機会と言えばそうやな


844:名無しの戦闘員

 おかげで俺らも猫耳くのいちの姿を見られたので嬉しいです

 無口クール系猫耳くのいち義妹嫁か……いいじゃないか

 

845:名無しの戦闘員

 ありがたやありがたや


846:名無しの戦闘員

 敵も味方も美少女しかいねえ

 こうなるとせくしーさんの容姿も気になる


847:名無しの戦闘員

 ハカセがせくしーってあだ名付けるくらいだぞ?

 幹部衣裳ぜったいすごい(確信


848:名無しの戦闘員

 焼肉の時の写真だけでもヤバかったもんな


849:名無しの戦闘員

 他のSNSは結構な騒ぎなのにこのスレだけ平常運転すぐるw


850:名無しの戦闘員

 だってどうせハカセが上手いこと調整して互角で引く形になるんだろ?


851:名無しの戦闘員

 ぶっちゃけ危機感分かないンゴねぇ……


852:ハカセ

 にゃんj民のワイに対する理解度が高すぎてビビる




 ◆




 突然の襲撃。

 私は『清流のフィオナ』として他の二人と共に現場へ急行した。

 そこにいたのは複数の魔霊兵と、忍び装束を着た小柄な少女。

 そして六本腕の、緑色の巨漢だった。

 既に街にはかなりの被害が出ている。巨漢は私達に気付いたようで、鋭い眼光を向けてきた。


『ほう。来たか、ロスト・フェアリーズよ』※地の底から響く声


 睨み付けられ、言葉を発しただけ。

 だと言うのに退きそうになってしまう。

 でも心を強くもって耐える。

 だって、あれは……以前テレビで見たデルンケム首領の姿そのままだ。

 

「あなたが、デルンケムの首領……!」


 エレスが私達を庇うように前に出た。

 悪の組織の親玉が自ら姿を現した。

 この状況に、エレスはそれこそ炎のような意思をみなぎらせている。


『いかにも。名は……おっと、あやつに止められておったな』


 恐ろしい容貌の巨漢、しかし怯えを見せる訳にはいかない。

 ハルヴィエドさんはこの男に従っている。……私の説得にも耳を貸してくれないほどに。

 少しの嫉妬。だけどそれ以上に放っておいてはいけないという気持ちがある。

 首領セルレイザは恐ろしい存在だと月夜の妖精リーザから教えられた。私がロスト・フェアリーズなら、この男を打倒しなくてはいけない。


「何故あなたたちは日本を侵略しようとするんだ!?」

『この国は捧げ物なのじゃ』

「捧げ物……? 意味が分からない」

『分かってもらおうなどと思ってはおらん。邪魔をするならば打ち倒すまでよ』


 エレスの闘志を前にしても揺らがない。

 それだけ強い覚悟があるのだろう。


「どうして私達の前に?」


 私が探るように問うと、首領はそれには答えず睨み付けてきた。


『その姿、よく知っておるぞ(ポスターで)。お前が毒婦のフィオナじゃな?』

「毒婦⁉」

 

 ひどい。

 謂われない誹謗中傷だ。


『そう……浄炎のエレス、萌花のルルンを凌駕する我らの敵。毒婦のフィオナ、お前を見るために私は来たのだ』

「清流。わ、私は清流のフィオナです!」


 あと単純な力ではエレスの方が上。

 合体技の起点でもあるし。


『我らの大切なモノを奪おうとする悪女め。おぬしの悪行はお見通しじゃ』

「なんですかさっきから! あ、貴方達の方が侵略者でしょう!」

『う、うるさい! お前なんかの好きにさせるか! えーと、ばーか! ばーかばーか!』※大気を震わせる雄々しい声


 よく分からない言い争いになってしまった。

 それを止めたのは花吹雪だ。

 私やエレスよりも早く、ルルンが臨戦態勢となり、首領に攻撃を仕掛けたのだ。


『むぅっ⁉』


 刃となった花びらが首領の皮膚を傷つける。

 しかし、まるで痛みを感じていないかのようだ。あの男は一歩も退かなかった。


「デルンケムの首領……あなたが、ハルヴィエドさんを無理矢理戦わせているんですね?」


 普段は無邪気なルルンが、明確に戦う意思を見せている。

 首領は怪訝そうな声を漏らした。


『無理矢理に? なにを言っておる。あやつは自らの意思で働いてくれておるのだ。まあ、多少の理不尽は自覚しておるがな』

「理不尽って……。か、解放、する気はないんですか?」

『馬鹿を抜かすな! ハルヴィエドを手放すなど有り得ん!』


 怒りを覚えたのはルルンだけでなく私もだ。

 そうか、この男はハルヴィエドさんをこれからも利用し続けようというのだろう。


「私は、戦うのが好きな訳じゃないです。でも、そうしなきゃ助けられない人もいると知りました。だから」


 萌花のルルンは力強く言い放つ。


「デルンケム首領! 私は貴方を、ぜったいに倒してみせます!」

「だね。いこうフィオナちゃん、ルルンちゃん!」

「ええ!」


 ここに戦いの幕が上がった。

 全員が微妙に内心を違えたままに。






 つまり、だ。

 人は見た目ではないと言うが、見た目の印象というのは大きい。

 具体的に言うと、


 のじゃっ子が言う「ハルヴィエドを手放すなど有り得ん!」

 六腕の化物が言う『ハルヴィエドを手放すなど有り得ん!』※もはや咆哮


 は、ほぼ別物である。

 ちょっとアホの子な乙女たちは認識のずれに気付かないままバトルに突入した。

 そして、この場で唯一大まかな事情を知っている幹部ミーニャ・ルオナは。


「なんかすごいことになってる。ちょっと面白いかも……にゃ」


 完全に観客だった。


  








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