— 3 —

窓の外に映った光景は、モノクロだった。

過去の自分のフラッシュバック。

あの頃の幻影が、目の前に表れている。

「生まれた言葉が、生ゴミのように……」

眼鏡に映った、私の醜い姿。跪き、祈りを続けていた頃の自分の姿が。

「生ゴミのように……」

まるで、生ゴミみたい。腐っている上に、気持ちが悪い。こびり付いた、生ぬるい匂い。

「生ゴミのように……」

まっさらに見えた言葉が、白黒に。私の身体の外の存在へと、徐々に変わっていって。本当に、無意味に思えてきて……。

「生ゴミのように、捨てられて……」

何もかもが、続かないのである。立派な祈りを続けていても。他人が言った通りに、両手を合わせても。吐かれた言葉が、空気の中に消えてゆく。

「花束のように、愛でられて……」

それでも、尚。私にとっての彼女は、特別な存在だった。

町民たちの崇拝の対象。自らを"紙川"と名乗った、小さな女の子。

「指先に止まった蝶のように、私はなぶられて……」

祈りを続ける私の目の前に現れた少女は、大人びていて。得体の知れない言葉をずっとそらんじていた。妖美にほころんだ、深い青色の唇。

「丁寧に、足先をすり潰されて……」

静かな語り口は、確かに熱を帯びて。すごく綺麗だった事を、憶えている。微かに感じられる、甘い口紅の匂い。

「売られてしまったの……」

耳の内側に広がった、薄暗い花の蜜香みつか。蕩けた声は容易く響いて、強く心を打たれて。

「——ねえ、お姉さん。」

手を、彼女に向けて差し出していた。自分の意識も知らぬ間に、それが、当然のことであるかのように。

「——あなたの、お名前は?」

私の全てを、預けてしまった。今まで積み重ねてきた私の祈りも、私が持っていた視界の全ても。伸ばした指先から伝わる、花束の感触。

「——そのお祈りは、ずっと」

握られた私の掌の中から、ぐにゃり。紙川様が放った言葉が、少しずつ体温を奪ってゆく。

「——ずうっと、続けているの?」

それは、窓の表面に囚われた眼球のようで。愚かな私の思考は、逃げる事なんかできなくて。今は、こうして。

「——ねえ、お姉さん。」

遥か昔の事を、思い返す事が出来ている。抗いきれない、窓の外に見える映像の重み。

「——あたしの、首を絞めて?」

眼鏡を掛けられた両目に宿った、全能感。紙川様の色彩に、酔いれて……。

「貴方に、全てを教えてあげるから……」



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