第3話 魔石病の少女


 俺は広場のベンチで頭を抱え、どうすれば搾取されることなくこの先生きのこれるか模索していた。

 真っ先に思いついたのは定番の奴隷だった。傷病が原因で捨てられてる奴隷を買い上げ、能力でそれを癒やして働いて貰う。王道のパターンだ。しかし奴隷の売買や所持はこの国では禁じられている。多種族国家のこの国では奴隷制度は差別や争いの火種にしかならないからだ。転移者が多いので文化や思想的にも成熟が進んでるのも理由としてあるのかもしれない。

 マヨネーズとか蒸気機関など所謂「知識チート」でなんとかならないか?という希望はこの一週間で打ち砕かれている。転移者が定期的に現れるおかげで制度や文化が進んでいるのは助かるが、逆に自分だけが持つ優位性も消えてしまってるのが悲しいところだ。もっとも、未発達な文化の世界で文明の利器に慣れきった俺が不自由なく暮らせるのか? という疑問はあるので転移してきたのがこの世界で良かったのだろう。


「仮にお金があってもそれは治せないんだよ。もう帰ってくれ」


 少し怒りを孕んだ声が聞こえ、そちらに目を向ける。あれは、確か診療所の先生だったか。相手は薄汚れた服を着ている子供だ。一目で訳ありと分かる。貧民街の子供か、親が帰ってこなくなった孤児か ──どちらにせよ、俺が待っていた存在だった。こうして診療所が見える場所で張り込みをして条件を満たしていそうな人が来るのを待っていた。二、三日待っても現れない様だったら危険を承知で貧民街に赴くしか無いと思っていたので運が良かった。

 しかし病気か、病気は目視じゃ効果が分かりにくいから検証の対象としては微妙なのがマイナスだ。

 少女が医者に頭を下げ、とぼとぼと何処かへ歩き始める。家に帰るのだろうか?すぐに声を掛けたかったがここは人通りが多い。変に他人に介入されても面倒なので跡を付ける。

 その子供は大通りを外れ、住宅街に入る。向かう先が治安の悪い貧民街ではなくてよかった。人通りが少なくなってきたので声をかける。


「そこの君、どこか具合が悪いのかい?」


 我ながら怪しい、日本だったら即刻通報ものだろう。


「えっと……ここに石が生えてきちゃって。病院で診てもらったけどダメだって」


 薄汚れたフードを脱いで首元を見せてくれる。フードのせいで分からなかったのだが、犬耳の生えた少女だった。首元を見てみると、確かに青く透明感のある石が皮膚を裂くように生えてきていた。実物を見るのは初めてだがこの症状を知っている。ギルドの講習で「気をつけろ」と言われたものだ。

 魔石病。この世界の人間は魔物を倒す事で魔素を取り込んで強くなる事ができる。しかし、間違った方法で多くの魔素を取り込む事で、体内や体表に魔石が生成されてしまう症状だ。魔石病は現在治療法が発見されておらず、発症した場合は魔素を取り込まない生活をして進行を防ぐ事しか出来ない。


「最近変なもの食べなかった?」


「もうずっとママもパパも帰ってこなくて……お腹へったけどお金もなくて、それで外で動物を狩って──


 ──話をまとめると。この獣人の少女、アリアの両親は冒険者なのだが、ある日を境に帰ってこなくなってしまった。アリアは次第に困窮し、とうとう食事を買う蓄えもなくなってしまい、自分で街の外で動物を狩っては食べていたらしい。おそらく、その動物が魔物だったのだろう。魔物を食べ続けた結果、魔素に身体に侵されて魔石病を発症してしまった。という事らしい。

 恐らく、この子の両親はもう死んでしまったのだろう。冒険者にとって死というのは珍しい事ではない。日帰り予定の探索で数日も帰らないというのは余程大きなトラブルに遭遇したに違いない。そしてそのトラブルに対処出来なければ待っているのは死だ。冒険者がダンジョンで死ぬのは珍しくない。だから人死が出てもニュースになって騒がれる事もない。俺が荷物持ちとして働いている間もそう言った訃報は聞いた事がない。聞いた事がないだけで、その裏では少女の両親のように二度と帰ってない者もいるのだろう。

 俺も冒険者やその真似事をしていれば、きっとそうなる。この世界は力のない者に厳しい。前の世界のように国が弱者を庇護してくれるような事はない。


「俺なら治せるかも知れないけど試してみない?」


 自分のカードを少女に見せる。もちろんギフトを可視化した状態だ。

 俺はこの少女を助けようと心に決めていた。


 

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