金髪の女騎士、命を救われる(再)
女騎士フルル=キッスイの出自は貴族だ。
しかし、その生い立ちは特殊であった。
彼女は、代々領主の軍隊を統率してきた名門貴族の家に産まれた。
男児に恵まれなかった父親は、彼女を後継者とすべく『男』として育てる。
しかし、彼女が16を迎えた年に弟が産まれ、全てが変わってしまった。『後継者』から『貴族令嬢』へ。
フルルは16年もの間、男として、後継者として育てられてきた。
父の跡を継ぐために聖騎士としてジョブの鍛錬を積んできた。
そんな彼女にとって、今さら『令嬢』として扱われることは受け入れがたいものだった。
剣術やスキルの修業をする時間はなくなり、代わりに『令嬢の嗜み』と裁縫の指導がはじまった。追い打ちは途切れることの無い見合い話。
ついにフルルは家を出ることを決意する。
フルルは父と母に頭を下げ、男女の別なく己の力と技で身を立てられる冒険者の世界に足を踏み入れた。
上級ジョブである聖騎士として、高度な戦闘訓練を受けていた彼女が頭角を現すまで、それほど時間はかからなかった。
§ § § § §
「そしていま、私は街の近くをひとりでパトロールしているわけだ」
家を飛び出して冒険者となり、信頼しあえる仲間とパーティーを組んでそれなりの成功を収めた。
それが壊滅の危機に陥ったのは、ほんの数日前のこと。
ひとりはあの戦いで命を落とした。
ひとりはあの戦いのあと冒険者をやめた。
残ったひとりからは先日、パーティーを抜けたいとの申し出があった。
街を代表する冒険者パーティー『飛翔する獅子』は、もはやフルルひとりだけ。
「こんなことでは家族に合わせる顔がない」
パーティー壊滅のウワサはすぐに広まるだろう。同じ街にいる両親の耳にもきっと届く。
ただでさえ迷惑をかけているのに、家名にドロまで塗ってしまっては申し訳が立たない。
「いや、落ち込んでいるヒマはないぞ」
汚名を
そこで、このパトロールである。
最近、街の周囲に現れるモンスターが増えているとギルドで聞いた。
このあたりで何かが起きているのは間違いない。
「モンスターがいなくなったな」
少し足を延ばして、街から離れた山の中。
街の周りでは次から次に飛び出してきたモンスターがトンと出てこない。
不気味なほどの静けさが辺りを包んでいた。
「これは……危険だな」
モンスターがいるべき場所にいない。
つまり街の周りで飛び出してきたモンスターは、このあたりから移動してきたものだと考えられる。
これは良くない兆候だ。
モンスターにはナワバリがある。
ナワバリとは人でいえば領土のようなもので、おいそれと放棄するものではない。
ではなぜ、モンスターたちはナワバリを捨てて移動したのか。
すぐに思いつく理由はふたつ。
このあたりのエサが無くなってしまったか。
または突如現れた脅威から逃げてきたか、だ。
前者ならまだ良い。
街の周りにいるモンスターを狩れば、そのうち生態系が元の状態に戻る。
しかし、残念ながら今回は……。
「あれはドラゴンの巣だな」
どこかから渡ってきたドラゴンが山に巣を作り、恐れをなしたモンスター達が逃げ出した。めずらしい話ではない。
巣には中型のフレイムドラゴンが一匹。
討伐難易度はA(
冷静に考えれば、すぐに街へ戻って報告し、万全の備えと人海戦術で挑むべき状況。
この報告を持って帰るだけでも大きな功績。当初の目的は達成できる。
だが、フルルはその場に残った。
(麓には小さいが村がある。もしコイツに襲われたら……)
領主が万全の備えと、戦力を整えるまでにどれくらいの時間がかかるだろう。
その間、フレイムドラゴンが大人しくしていてくれる保証などない。
たとえ戻って報告するという選択肢が正しいとしても、その間に村が襲われればフルルはきっと、一生自分を許すことは出来ない。
「
強化バフスキルを自身に向けて唱える。
こちらが一方的に相手を認識出来ている、というのは圧倒的なアドバンテージだ。
「ふうぅぅぅぅぅぅぅ」
ドッドッドッと暴れる心臓。
その動きを押さえつけるように息をはく。
準備は整った。
ここまできたら、あとはやるだけ。
「エアリアルセイバー!」
静寂に包まれていた空間を、フルルの涼やかな声が切り裂いた。
刀身に生まれた風の刃が、フレイムドラゴンに襲いかかる。
「GYAWOOOO!!」
不意打ちを喰らったフレイムドラゴンが悲鳴のような鳴き声をあげた。
しかし、すぐにフルルの方へと向き直ると灼熱の火炎を吐き出す。
「エアリアルウォール!」
大気の壁がフルルを包み込む。
ジリジリ、ジリジリ、ジュッ。
直撃ではないものの、その火炎は大気の壁を貫いてフルルの肌を焼く。
「おおおぉぉぉぉ! ホォーリィーセイッバアァァーー!」
刀身は聖なる光に包まれ、フレイムドラゴンへと伸びていく。
「GUGYAWAAOOO!!」
光の刃はフレイムドラゴンの翼を裂くが、カウンターで放たれた火球がフルルを襲った。
剣と炎の戦いはしばらく続き、ついに決着の時を迎える。
フルルの鎧は肩当てが吹き飛び、肘当ては炎熱で溶け、胸当てには鋭い爪痕が刻まれていた。
フレイムドラゴンは翼が破れ、片眼を失い、尾も半ばで斬られている。
「そろそろ、終わりにしようか」
「GUGYUAOOOOO」
フレイムドラゴンの鳴き声が、細く空へと響いた。
「これで終わりだ! ファイナル、ストライィィィック!」
フルルの切り札。
スキルの力を借りて、人の枠を越えた力で振り下ろされた剣がフレイムドラゴンの首を斬り落とした。
パキィィィィン。
その代償は武器の破壊。
フレイムドラゴン討伐を成し遂げた剣は根本からポキリと折れた。
「ははっ。はははは! やった! 私はやったぞ!!」
「GOOOGAAAAAAA!!」
フルルの歓喜の声をかき消す、ひと際大きなモンスターの咆哮が上空に轟く。
見上げたフルルの目に飛び込んできたのは、先ほどの倍はあろうかというフレイムドラゴンの姿。
「ふっ。ふはははは。そうか、ツガイだったのか」
自分の迂闊さがイヤになる。
巣を持つドラゴン、一匹でない可能性は十分にあった。
フレイムドラゴンの口元に巨大な火球が生まれ、フルルに向かって吐き出される。
すでにその手に剣はなく、鎧はボロボロで体力も限界。いやこれほどの大物、万全の状態でも勝ち目は無かっただろう。
自分は賭けに負けたのだと認めるほかなかった。
「もはや、ここまで」
口では悟ったかのようなセリフを吐きながら、瞳からこぼれてくる涙は止まらない。
怖い。
自分はこれから焼け死ぬ。
いや、焼けてすぐに死ねれば幸せなのかもしれない。もし死ねなかったら、生きながらフレイムドラゴンの餌となる可能性もある。
怖い。怖い。怖い。
誰か。誰か。誰か。
誰か助けて!
「ヤサイとアブラ、マシマシで!」
🍜Next Ramen's HINT !!
『忘れ物』
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