女は不可逆

 女という生き物になってから、私はますます本当の動物に近づいた気がします。

 膨張した乳房が重力に従順なために痛みを孕んで、私はもう昔のように、軽やかに走ることなど出来なくなりました。それでも時折、ふと風を思い出しては走りたくなり、今ならできるかもしれないなんて夢見て、いざ走り出そうとすると、鉛のような身体によって我に帰り、走れないことを思い出す。そんなことばかりしています。

 ある日突然、股から血が流れたかと思うと、次第に丸みを帯びてゆく身体が恐ろしくてたまらなかった。人間から女に成ってゆく過程で、様々なものが、削ぎ落とされるようなんです。洗練された女になってゆくんです。

 大きくなったね、大人になったね、女になったね。と聞きながら食べる、赤飯の味。世間ではお祝いのようなんです。

 男に抱かれて、そうして孕んで、子供を産むことを当然のように想像される身体を持った、この女という生き物になることが、祝福されるようなんです。

 煩わしかった。この身体の何もかもが煩わしくて、出来ることなら脱ぎ捨てて、駆け出して、また再び軽やかさを手に入れたかった。人間になりたかった。

 しかし、女は不可逆です。

 もう戻れやしないから、私は女になりました。女もそこまで悪くない、少し胸が重いだけ、少し身体が重いだけ。

 身体が重くて、走れないだけ。

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