5

今日も朝が来た。


路上では通勤ラッシュが始まっていた。


陽葵は駅のホームで色褪せた青いベンチに柊が腰をかけているのを見つけた。


「お! 柊おはよ〜!」


柊は「おぉ」と軽く返事をしてベンチから立ち上がる。


「なんか、今日早いじゃん」


「この前みたいに乗り間違えたら大変だからなー」


柊は少し恥ずかしそうに頭をかいた。


「それ、嘘だよね――?」


陽葵は気づいていた。いつも一緒に電車に乗っているし、それと――


「あれ? バレちゃった?」


「どうせ朝起きれなかったとか学校行こうかどうか迷ったとかそんな感じでしょ?」


「まぁ、そんなとこかな」


「いつも、そんなふうに天然っぽく誤魔化してたん?」


「一応、天然は俺のキャラだしね」


「なんか、生きづらいね」


「もう慣れたよ」


「そっか」


柊の声に少し寂しそうな響きを感じた。


慣れることは良いことなのか悪いことなのか陽葵には分からなかった。


「おい」柊はそう言うとスマホの画面を陽葵に見せた。


「ん?」陽葵が画面を覗き込むと


『ごめん、しばらく学校に行けそうにないや』と海音からのLINEが届いていた。


「――え!?」陽葵の声が駅のプラットホームに響いた。


「ちょ、声でけぇよ」


「す、すまねぇ」


陽葵はポケットからスマホを取り出して『どうしたん!?』と返信すると


『親にリスカばれちゃったー笑』と返ってきた。


『リスカっていうかレグカって言うんかな……?』


『親にバレて怒られたんよ。先生とかに見つかっちゃうと親が怒られるから傷が治るまで学校行くなってさ』


『まじで意味わかんないよねw』


『ずっと前から切ってたのに今頃かよって感じ』


『私の気持ちも分からないくせに簡単にナイフ取り上げるなんて』


『マジでムカつく』


『まぁ、辞めたいと思ってたし丁度いいかも』


海音のメッセージを見た2人の周りの空気はどことなくピリピリしていた。


返信が全く思いつかないのだ。既読はもうついている。


(海音が学校来ないなんて寂しいなー)いや、違う。(ドンマイすぎでしょ〜)これも違う。(大丈夫?)大丈夫なわけがないでしょ……!?


あぁ、もう……! 早く、早く返信しなきゃ――


陽葵が「ど、どうしよう……」と尋ねようと思った瞬間、


『頑張ったな』と柊が返信した。


それに続いて陽葵も『あんま無理すんなよー?』と返信した。


『うん、ごめんw』海音がそう言うと


――まもなく列車がまいります。危ないですので黄色い点字ブロックの内側までお下がりください。


低い振動音が近づいてくる。電車が来た。


「これで良かったんかな?」


「知らね」


電車に乗り込むと2人は黙ってしまった。


お互い窓から見える変わり映えのしない風景をただ眺めているだけだった。


どこに焦点を当てているのか、何を考えているのかすらよく分からない。


しかし、この沈黙は居心地が悪いものではなかった。むしろ心地よく感じた。



あ、体操服忘れた――



「おはよ〜」


陽葵が教室に入ると梓が挨拶をした。


「うぃ〜おっはよ〜! ねぇ、体操服忘れちゃった!」


「は!? 1時間目だったよね? 隣のクラスに借りに行く?」


「行く行く〜ついてきて〜」


「はいはい。そーいえば海音遅いね」


『親にリスカばれちゃったー笑』海音の言葉が陽葵の脳裏をよぎった。


「なんか自分が神だということに気づいて覚醒してるらしい」


陽葵はお得意の馬鹿みたいなセリフを披露した。


「あーなるほどね」


梓は馬鹿みたいなセリフに慣れてしまったようだ。


「なんか持久走らしいよ〜。頑張って〜」


体操服を隣のクラスの友達に借りに行くとそう言われた。


「うげっ……まじかよぉ」


今日、生理始まったんだけど……。最悪。



――キーンコーンカーンコーン


「今日は持久走をする。前後でペアを組め。ペアが出来ない人はいるか?」


陽葵は梓とペアになった。


「先生ペアができませーん」


同じクラスの男子が立ち上がった。あの人は確か雨宮のペアだった――


って雨宮も学校来てないんか……!? そう思った瞬間、


「あぁ、すいません。遅れました……」


雨宮が先生の背後から気まずそうに近づいてきた。


「雨宮。お前なんで遅れたんや?」


体育の先生は時間に厳しい。雨宮、どんまい……。


「え、えっと寝坊っす」


「お前最近寝坊が多いんじゃないか? いいか、人に信用されるためには、まず時間を守ることだ。寝坊なんて馬鹿みたいなことはするな。お前のせいで授業が止まってるんだぞ。ほら、みんなに謝れ」


「すいません……」


『俺、起立性調節障害ってやつだからさー』


あぁ、雨宮そんなこと言ってたな。




私達って生きづらいね――





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