第26話幕間4賢者バーバラ


 ワシは師匠の遺志を継いで賢者になり、勇者のパーティーに参加した魔法使いのバーバラだ。


 魔王討伐の後、ワシは賢者の後継者を探して世界中を回ったが、突出した才能のある魔法使いには巡り会えなかった。


 賢者を名乗る魔法使いは多いが、ワシが受け継いだ神具である『賢者になるための魔術書』を読める奴は現れず、今はアスラン王国の王都で魔道具屋を開き、優秀な魔法使いが現れるのを待って四百年以上が経っている。


「二人とも魔法使いには見えないが、何を探しておるのかな?」

 久し振りに来た客は、駆けだしの若い男女の冒険者だった。


「魔法に関する書物を探しているのですが、何かありますか?」

 坊主の方が魔法に興味があるのか熱心だった。ただ魔法は勉強して使えるようになる物ではないので、魔力が乏しい客は適当にあしらう事にしている。


「これってお幾らですか?」


「白金貨百枚じゃ」


「そうですか。どうしても欲しいなァ」


「冗談じゃないは、そんな大金ある訳がないでしょう」

 『賢者になるための魔術書』を眺めている坊主に、連れの女性が呆れ返っている。


「お金が溜まったら買いに来ます。この本の名前を教えて貰えませんか?」

 坊主は読めもしない魔術書を開いて見栄を張っている。


「それは『賢者になるための魔術書』と言う本じゃ」


「そのまんまですね」

 坊主は見た事もない真っ白な紙を束ねた物を出して、文字を書き出した。


「変わった物を持っておるの。それはどこで手に入れたのじゃ」

 文字を書ける冒険者はそれほど多くはないので、少し驚いた。


「スケッチブックの画用紙を切って作った物です」

 坊主はカバンからスケッチブックと言う物を取り出すと、紙を一枚切り取って渡してきた。


「な、何じゃ、急に魔力が上がりおった」

 坊主の魔力が跳ね上がったので、紙を丹念に調べが何も見出せなかった。


「タカヒロ、おばあさんにお水を出して上げなさい」


「おばあさん、喉が渇いていますか?」


「少し喋り過ぎたかの」

 坊主は連れの言葉に首を傾げながら聞いてきたので、魔力の源が知りたくて水を頼んだ。


「な、何と言う膨大な魔力」

 坊主、否、タカヒロがスケッチブックを開いてガラスのコップを取り出し、画用紙に絵を描いて水を出すのを見ていたワシは、激しい魔力酔いで倒れそうになった。


「大丈夫ですか? これを飲んで下さい」


「すまないね。魔導士とまで呼ばれたワシが、魔力酔いを起こしてしまったようじゃ」

 タカヒロが絵に書き足した文字を消すと魔力が弱まり、水を飲むと不思議な事に魔力酔いが治まった。


「魔導士さんですか、凄いですね」


「お主に凄いと言われると、バカにされているような気がするのじゃがの」

 笑うしかなかった。自分より大きな魔力を持った人間に会ったのは、師匠を除いて初めてだった。


「バカになどしていませんよ、是非とも魔法を教えて下さい」

 タカヒロは真剣な顔で頭を下げていた。


「ワシではお主に魔法を教える事は出来ん。これを遣るから読めるようになったら自力で賢者を目指すんじゃな」


「こんな高価な物を貰う訳にはいきませんよ」


「なら、お主の魔力を見込んでこの本を貸してやろう。賢者になった時に返してくれればいい」

 タカヒロと呼ばれた若者に『賢者になるための魔術書』を押し付けた。賢者になってから一度も手元を離れる事が無かった本が、ワシの元に戻って来なかったら後継者を見つけた事になるのだ。


「ありがたく、お借りします」


「すまないが、もう一杯水を貰えんかな。何とも美味い水じゃ」


「はい。何杯でも汲みますが、魔力酔いは大丈夫なのですか?」


「一度魔力酔いを起こした魔力には、耐性が出来るから大丈夫なのじゃ」


「そうなんですね」

 タカヒロはワシの説明に目を輝かせながら、絵の端に文字を書いて水を汲んでくれた。


 膨大な魔力に押し潰されそうになりながら、魔法の成り立ちを見届けようとしたが、賢者のワシにも全く理解が出来ない魔法だった。


「ありがとうな」


「それは、本をお返しに来るまで預かっておいて下さい」


「分かった。新たな賢者が生まれるのを楽しみにしておるぞ」


「はい。ご厚意に答えられるように頑張ります」

 タカヒロは返したコップを受け取らずに笑顔を見せている。


「それでなんじゃが、……」

 タカヒロを騙す事に気が引けたので『賢者になるための魔術書』について詳しく話そうとした時、急に王都が今までにない騒がしさに包まれた。


「何の音かしら?」

 タカヒロは連れの女性に促されて、街道を駆け出して行ってしまった。


 外に出てタカヒロの後姿が見えなくなると、両手を広げてみた。神具である『賢者になるための魔術書』は、持ち主と認めた人間から離れる事がなかったのだ。


(これでゆっくりと眠れそうだな)

 『賢者になるための魔術書』が手元に戻って来ない事に安堵したワシは、最後を迎えるために店に戻ると腰を下ろして目を閉じたが、何時まで待ってもお迎えは来なかった。


 師匠は魔術書を託すと穏やかな顔で旅立って行ったが、ワシにはまだ遣り残した事があるようだ。

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