第100話、アイデア

 それから四人で他愛もない話を楽しんだ後に話題が文化祭へと移る。


 玲央と西川は弁当のおかずを箸でつつきながら今日の試食会について話し始めた。


「僕らのクラスの意見をまとめると、大多数が龍介の手作りスイーツの案の方で行きたいと話しているよ。洋菓子店の協力を得なくても、自分達であんなに美味しいスイーツを作れるんだ。それがみんなの良い刺激になったみたいだね」


「つーかよ、他のクラスでも話題になってたんだぜ。朝からワッフルの香ばしい匂いが学園中に漂ってたからな。それにおれも試食したから分かるけどよ、龍介の手作りスイーツはマジで美味かった」


 西川はそう言いながら空を仰ぐ。


 今もワッフルの余韻に浸っているかのようににんまりとした笑みを浮かべていた。


 西川も随分と俺の作ったワッフルを気に入ってくれたようだが、クラスのみんなの反応も似たような感じだった。


 クラスのグループチャットでもワッフルが特に好評で、スイーツ喫茶のメインメニューはワッフルで行く事がほぼ決定している。


 ワッフルメーカーさえあれば簡単に提供出来るのも魅力だろう。お菓子作りの経験がない人達でも手を出しやすい。


 トッピング次第でかなりアレンジを効かせる事が出来るし、焼き立ての甘くて香ばしい匂いには誰もが抗えないはずだ。


 それと飲み物にはやっぱりタピオカミルクティー。


 女子からの人気は欠かせないし、ワッフルとの組み合わせは控えめに言って最高だ。


 普通に食べても美味しいワッフルに、タピオカミルクティーのぷるぷるもちもち食感が加われば、食べれば食べるだけ病みつきになる事間違いなし。


 クラスのみんなの意見も固まったところで、ようやく本格的に文化祭の準備に取り掛かる事が出来そうだ。


 それを嬉しく思いながらパンを頬張っていると、真白がちょいちょいと俺の肩を指でつついてくる。


 どうしたのかと思って真白の方へ視線を向けてみると、彼女は両手を合わせて目をキラキラさせながら俺の顔を見つめていた。


「凄いよね、龍介。みんなから美味しいって褒められて。これなら本番も大人気間違いなしだね」

「それを言うなら真白のメイド喫茶も大人気間違いなしさ。真白のメイド姿、みんなが楽しみにしているだろうし」


 真白の見た目の可憐さはもちろん、人懐っこい性格と男女分け隔てなく接する優しさや明るい笑顔に、学園中の男子が心を鷲掴みにされている。


 それは以前から親交のある玲央や西川も同様で、真白のメイド姿にかなり期待している様子だ。


「真白さんの人気は本物だからね。聞いた話だと夏休みが明けてから、校内に真白さんのファンクラブが出来たなんて噂もあるくらいなんだよ」

「わ、わたしのファンクラブ!?」


 玲央の言葉に驚きを隠せない真白。


 真白の動揺っぷりが面白くて俺は思わず笑ってしまった。


 確かに今の真白は学園一どころか世界で最強の美少女で、そんな彼女の可憐さの虜になった男子生徒が後を絶たない。


 真白の可愛さならファンクラブが出来るのも納得の反応なのだが、当の本人である真白は自分にそんな人気があるとは夢にも思っていなかったようで赤面している。


「真白さんは本当に可愛いからね。アイドルみたいに思われても仕方ないとは思うよ」

「あわわ……そ、そそ、そんなぁ……」


 あわあわとしながら狼狽え始める真白と、そんな真白の反応を目にしてくすりと笑う玲央。


 そんな二人の様子を見ながら、俺もみんなに混ざって会話に花を咲かせた。


「ともかく真白さんがいる一組のメイド喫茶は大成功するに違いないよ。メイド服へのこだわりも凄いって話も龍介に聞いたから」


「あーおれもメイド姿の真白ちゃんから接客してもらいたいぜ。ていうか、今日の試食会だと真白ちゃんがみんなにスイーツを配ったんだろ? 男子の連中、大喜びだったんじゃね?」


「西川の言ってる通り、男子の反応はかなり良かったな。文化祭当日もメイド姿の真白にワッフルを配ってもらえたら、なんて思うくらいにさ」


 俺のちょっとした願望を伝えると、西川と玲央は腕を組んで深く頷いた。


「それって最高じゃね!? 龍介の手作りスイーツに可愛い真白ちゃんのメイド姿の組み合わせとか最強すぎるぜ!」

「うんうん、想像しただけで楽しくなってくるね。実現したら凄い事になるんじゃないかな」


 文化祭の当日、メイド姿で焼きたての美味しいワッフルを振る舞う真白の姿を想像して頬を緩ませる二人。


 そして真白はというと俺達の言葉を受けて顔を真っ赤に染めて俯いている。


「あの……もう褒め過ぎだよぉ。わたし、ほ、本当に照れちゃうからぁ……」


 もじもじと両手の指を絡ませながら上目遣いで俺達に訴えかける真白。


 そんな反応も可愛らしいなと思いながら、俺は玲央と西川との会話の中で何気なく口にした言葉に思考を巡らせる。


 文化祭当日もメイド姿の真白にワッフルを配ってもらう。それってもの凄く良いアイデアなんじゃないか、と。


「なあ、真白。今のアイデア、えっとスイーツメイド喫茶ってとこか。かなり良かったと思わないか?」

「ふえ? わたしがメイド姿で龍介の作ったワッフルを配るってお話?」


「そうそう。クラスも隣だし文化祭当日でも出来なくはないんじゃないかって」

「あ、うん……確かにそうだね。ていうかわたしのクラスと龍介のクラスってどっちも飲食系だし、メイド服でワッフルを配っても違和感はないかも」


「いやそれどころか、これ以上ない程のベストマッチな組み合わせだと思うんだ。今までの文化祭に向けた内容を聞いてるとさ」

「そっか。わたしのクラスと龍介のクラスって実はとっても相性抜群だったりする?」


 俺達一年二組の文化祭の出し物は提供する料理の方に多くの予算を割くスイーツ喫茶で、衣装や内装などにはあまり予算を回せない。


 一方で真白の一年一組は衣装や内装に力を入れるメイド喫茶で、提供する料理の方は予算を抑える必要があった。


 つまり隣り合っている俺と真白のクラスが協力すれば、足りない部分を補いながら長所となるポイントを伸ばす事が出来るのだ。


 俺が前世で働いていた喫茶店で培った手作りスイーツと、世界最強の美少女の組み合わせ、絶対に盛り上がるに決まっているじゃないか。


 少し興奮気味に語る俺に対して真白も満更ではない様子で微笑んでいた。


 玲央は俺達の会話を興味深そうに聞き入りながら考えを巡らせている様子で、西川の方は弁当の唐揚げを頬張って文化祭より目の前の昼食を優先していた


「龍介のアイデアはまさに名案だね。もしかすると文化祭の最優秀賞を狙えるレベルかもしれない」

「玲央、うちの学校は別のクラスと共同で文化祭の出し物をする事って禁止されてたりするか?」


「いや、そんな事はないよ。僕らの高校は自主性を尊重する校風だからね。双方のクラスの同意と生徒会の許可があれば可能だよ」

「ならみんなと相談して、うちのクラスと真白のクラスの合同で文化祭を進めるのは……」


「うん。事前にみんなと話をまとめれば全然問題ないと思うよ。もちろん真白さんのクラスにも話を通さないといけないけれど」


 玲央が俺の問いかけに答えていき、そこまで話が進んだ所で真白が勢いよくベンチから立ち上がる。


 宝石のような青い瞳はキラキラと輝いていて、期待に胸を躍らせている様子が手に取るように分かった。


 そして真白は俺の手をぎゅっと握って満面の笑みを浮かべると口を開いた。


「そんなの絶対に楽しいに決まってるよ! わたし、クラスのみんなに聞いてみる! 龍介のクラスと一緒に文化祭をしたらすごく良いものになると思うって!」

「僕も真白さんと同じ意見だよ。龍介の言うスイーツメイド喫茶、本当に実現出来たらきっと楽しい事になるだろうね」


 真白の意気込みに同調するように玲央も頷く。


 以前から思っていた事だ。


 俺がクラスの中心に立ってスイーツ喫茶を進めても、原作での偉業とも言える文化祭の成功を再現する事は難しいのではないか、と。


 あれは主人公だからこそ成し遂げられた奇跡であり、悪役である俺が全力を尽くしたとしても原作のような成功は到底望めない。


 俺達が通う貴桜学園高校の文化祭はレベルが高いのだ。


 生徒達の行事への熱の入れようは半端ではなく、どのクラスも力作揃いのイベントが盛りだくさんで、他校の文化祭と比べてもかなり豪華なのは間違いない。


 その影響もあって他校から文化祭を見に来る人も多く、毎年テレビの取材も来るくらいなのだから、この学校の文化祭のレベルがどれだけ高いのか分かるだろう。


 それが俺の知る『ふせこい』で語られた文化祭の様子。


 前世で働いていた喫茶店のスイーツに自信はあるが、だからと言って文化祭の最優秀賞を狙えるかと問われれば首を横に振らざるをえなかった。


 このままでは原作のような成功は見込めない。そもそも本当に成功するのか、失敗してしまうのではないか。そんな不安さえあった。


 しかし友達との何気ない会話の中で気付く事が出来た。


 悪役という理不尽な運命を、俺は真白と支え合う事で乗り越えてきた。


 二人で手を合わせて運命に抗ったからこそ奇跡とも言える大逆転劇を起こし、ハッピーエンドに繋がっていく道筋へと進む事が出来たのだ。


 この文化祭もそれと同じ事。


 最高のハッピーエンドに向かって、真白と二人なら何処までも一緒に進んでいく事が出来るのだと俺は信じている。


 だからこそスイーツメイド喫茶というアイデアはまさに天啓だった。


「玲央、クラスのみんなに聞いてみよう。グループチャットも使ってみんなからの意見を集めたい」

「分かった。僕の方からクラスのみんなに話を通してみるよ」


「それと真白、一組のみんなから協力してもらえるように説得してくれないか?」

「うん、もちろんだよ! わたし達で一緒に最高に楽しい文化祭を作ろうね!」


 俺の提案に真白は満面の笑顔で頷いてくれる。


 俺達は互いに支え合って、この文化祭で最高のハッピーエンドを掴み取ってみせるのだ。



☆☆☆あとがき☆☆☆


◆読者様へお知らせ◆

皆様のおかげで本作品は第100話にまで来ることが出来ました。これは読者である皆様がフォローや評価、いいねなどで作品を応援してくれたからこそです。もし読者様からの反応がなく作品に人気が出ないままだったら、100話という記念すべきエピソードまで辿り着く事は出来なかったと思います。この作品を様々な形で応援してくださる読者の皆様、本当にありがとうございました。


そして第100話公開記念に合わせ、GA文庫より8月9日に発売予定の書籍版、その帯付きの書影を公開したいと思います。本作品のメインヒロインである真白ちゃんのイラストとともにお楽しみください!


⬇️帯付きの書影は下記の近況ノートにアップしています。

https://kakuyomu.jp/users/sorachiaki/news/16818093081323617875


これからも『ラブコメの悪役に転生した俺は、推しのヒロインと青春を楽しむ』をよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る