第98話、クラスの輪
クラスの注目が集まる中、俺と真白は早速試食会を始めようとしていた。
アルミのトレイに綺麗に並べられているスイーツを真白がクラスのみんなに笑顔で配る。
あくまで試食という事でどれも一口サイズのものしか用意出来ていないが、それでも俺の作ったスイーツの美味しさがクラスのみんなに伝わり始めていた。
「え、待って。何これ、めっちゃ美味しいじゃん!」
「あ、ほんとだ。美味しいね」
「甘さがちょうどいい。くどくないっていうか」
「これ好きかも。私」
俺のスイーツを食べたみんなの反応は上々で、女子からは次々と美味しいという言葉が聞こえてくる。
笑顔でわいわいとスイーツを味わいながら談笑に花を咲かせて、そんな彼女達にタピオカミルクティーを配ってあげると、まるで教室の中が何処かの喫茶店のような空間になっていく。
男子の方はスイーツを配っている真白の姿に釘付けになっていて、スイーツの感想よりもこの空間で誰よりも輝いている美少女の存在に心を掴まれている様子だった。
「えっと……甘夏真白さんですよね? ぼく、前からずっとファンで……」
「ちょっ、抜け駆けすんなって! オレだってずっと真白ちゃんに憧れてたんだぞ!」
「やべえ、大天使ましろんがうちの教室に降臨してる! マジ神ってる!」
「間近で見るとマジ天使だ……おれ、この空間で死ねるわ……」
スイーツを配る真白に向かって男子達が一斉に寄ってたかって話しかけていく。
「わわわ……えっと、その……!」
その熱量に真白は驚いて目をぱちくりとさせていた。
一学期の頃に悪役の不良ギャルから、清楚可憐な美少女ヒロインへと大胆なイメージチェンジを果たした真白。
男子の間で人気は急上昇中であり、誰もがその咲き誇る花のような笑顔に魅了されている。
二学期の今となってはそんな真白こそが学園一の美少女で、一際輝く最強のアイドルだと声を揃えて言うようになっていた。
(普通に振る舞っているだけで真白はこの人気だもんな)
真白の一組は文化祭でメイド喫茶をする予定だ。
世界最強に可愛い真白がメイド服で接客してくれる文化祭、やっぱり俺が想像しているよりも遥かに人気が出るのかもしれない。
今も真白の周りには男子達が寄って集って話しかけている。
あまりの熱量に困ってしまっている真白の元に助け船を出すかのように、姫野が青いツインテールをなびかせながら颯爽と歩いていって、男子達の首根っこを引っ掴んでいった。
「こーら! 真白ちゃんが困ってるじゃない! あんた達、マジでいい加減にしなさいよ!」
「うおっ、姫野さん!?」
「今はスイーツの試食に集中する事! いいわね?」
「は、はい!」
姫野の一言で男子達は大人しくなり、真白はほっと安心したように胸をなで下ろす。
そして真白は姫野にぺこりと頭を下げた。
「姫野さん、ありがとうございます。助かりました」
「気にしないで。こんなに可愛い真白ちゃんを困らせるなんて、あたし許さないんだから」
姫野は真白にぱちりと可愛らしくウインクする。
真白はそんな姫野に笑顔を向けて、姫野もまたそんな真白ににっこりと微笑むのだった。
出会ってまだ日は浅いものの、姫野はすっかり真白の事を気に入ったようだ。
他の男子が真白に詰め寄ろうとする間に割って入り、そして真白が困らないように周りを明るく取り成してくれる。
そんな姫野に助けてもらった真白は嬉しそうに微笑んでいて、俺はそんな二人の姿を見ながら口元を緩ませた。
(やっぱり姫野って良い奴だよな……)
こんな風に困っている人を助けたり、素っ気ないように見えて本当はずっと気にかけていてくれたり、世話焼きな一面を見せる事が原作でも何度もあった。
俺が試食会の主催という立場で忙しくて手が回らない中、真白をフォローしてくれる姫野の存在は本当にありがたい。
一方で玲央の方はというと、不満げにしている布施川頼人を宥めようとしていた。
「頼人。さっき言った通りさ。まずはちゃんと龍介の頑張りを認めてあげるべきじゃないかな?」
「玲央、お前まで何を言って……。もし進藤の言う通りに進めて文化祭が失敗してしまったら……」
「失敗してもいい経験になるはずさ。文化祭において何より大事なのは、僕は結果より過程の方だと思う。誰一人欠ける事なく、みんなで最高の思い出を作るのが文化祭……そうだろ?」
玲央は柔らかい物腰で布施川頼人に優しく語りかける。
そんな玲央の言葉を聞いてもなお、布施川頼人の表情は晴れなかった。
布施川頼人は原作通りに物語が進んでいない事に対して焦っているように見える。
原作では有名な洋菓子店の協力によって俺達の二組は学園で一番の成功を成し遂げたが、洋菓子店の協力がなくなって俺のメニューで文化祭が進行していけば、その先にある展開は原作にはなかった未知のものになるだろう。
布施川頼人はそれを恐れているんだ。
原作において誰も知る事のなかった展開になる事が怖い。
主人公という立場を揺るがすようなイレギュラーが起こってしまうのではないか、と不安に思っている。
そしてそれは俺への不信感にも繋がっていて『悪役の主導する文化祭が本当に成功するのか?』そんな疑念が彼の胸にあるのかもしれない。
確かにその疑念が的外れとは俺にも思えなかった。
原作で俺が見た一年二組の文化祭での大成功。
それは布施川頼人がクラスの中心に立ち、主人公としてみんなを引っ張っていったからこそ成し遂げられたもの。
悪役だった進藤龍介の妨害を乗り越え、布施川頼人が主人公として覚醒し、支えてくれるヒロインと共に為し得た奇跡のようなもの。
しかし新たなイレギュラーによってその展開に大きな変化が訪れようとしている。
主人公ではなく悪役である俺がクラスの中心に立っている現状は本来あり得ない事で、俺達の一年二組は原作というレールを外れて誰も知らない未知の領域へと足を踏み入れようとしている。
つまりこのまま物語が進めば、俺達の文化祭が成功するかどうかもまだ誰にも分からない状況なのだ。
(責任重大だな……本当に)
そう実感するとごくりと喉が鳴る。
俺達が起こしたイレギュラーな展開によって、文化祭が失敗してしまう事だってあり得る。
原作の展開から外れて大成功を収める事が出来るのか、そんな不安が俺の中で大きく渦巻いていた。
けれど――。
「ねえ、龍介! みんなが龍介の作ったワッフル、とっても美味しいって言ってくれてるよ!」
「真白さんの言う通りだね、龍介。君のおかげでみんなは笑顔になってる」
「ええ、大好評で何よりじゃない。進藤、あんたはもっと胸を張りなさい」
「みんな……。ああ、ありがとう」
俺の不安を払拭するように真白が無邪気な笑顔で駆け寄ってくる。
玲央は俺を元気づけるように優しく言葉をかけてくれて、姫野は俺に自信を持つように明るく微笑んでくれた。
原作にはなかった展開への不安。
そして俺の力だけではどうにも出来ないかもしれないという恐怖。
そんな負の感情で押し潰されそうな心を大切な人達が支えてくれる。
だから俺はこの文化祭を絶対に成功させたいと強く願った。
原作とは違う未来が待っているだろうけど、それでもみんなが笑って終われる最高の思い出になるように……。
その強い決意と共に俺は教壇へと戻って口を開いた。
クラスメイトの表情をしっかりと見てから、胸を張ってはっきりとした口調で告げる。
「俺の考えた手作りスイーツの案で行くか、それとも布施川の考えた洋菓子店とのコラボで進めるのか、どちらでやるかはみんなに任せるよ。でも一つだけお願いがあるんだ」
俺の言葉をみんなは静かに聞いてくれている。その事に安堵しながら俺は言葉を続けた。
「どちらの案を選んだとしても、俺はみんなが最高の思い出を作れるように最善を尽くす。だから俺をみんなの輪に混ぜて欲しいんだ。クラスの一員として、そして一人の友達として……俺はみんなと一緒に最高の思い出を作りたい。だから、どうかよろしくお願いします!」
今の俺が出来る精一杯の誠意を言葉にして深々と頭を下げた。
クラスメイト達は一瞬だけしんと静まり返るが、そんな静けさはやがて優しい拍手の音へと変わっていた。
「進藤くん。頭を上げてよ」
「そうだよ! 一緒に最高の思い出作ろう!」
「文化祭、みんなで頑張ろうな!」
「進藤くん、期待してるからね!」
拍手と共にクラスメイト達からそんな声が聞こえてくる。
顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、みんなからの温かい眼差しと優しい笑顔。
こうして試食会は大成功に終わり、今までずっと孤立していた俺の事をみんなは優しく受け入れてくれたのだった。
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