第96話、勇気を出して、前へ
あの温厚で優しい玲央が不機嫌そうに眉をひそめている。その隣で姫野も腰に手を当てて不満そうにしていた。
そんな二人の乱入に教室に集まっていたクラスメイトは驚きを隠せないようだった。
クラスでも仲の良い彼らが対立している事に驚いているのか、それとも玲央と姫野の迫力に押されているのか、その様子を見守るように教室中が静まり返っていた。
「玲央、夏恋……お前達、なんで急に……」
「思う所があったからさ。確かに頼人と花崎さんの出した案は魅力的だ。きっと文化祭でも大成功するに違いないよ。でもそうじゃないだろう、文化祭はみんなで一緒に作っていくものじゃないのかい?」
「それにね、頼人、優奈。あんた達はアンケートの票がバラけたのを見てクラスが団結出来ていない証拠だって言ったわよね。そんなの強引すぎるわ。ただ進藤が用意した候補がどれも魅力的で、みんなの心が揺れ動いていただけ。それを見てクラスが一致団結出来てないって……ちょっと無理があるわよ」
姫野は呆れるようにため息をついていた。その隣で玲央もやれやれと首を横に振る。
二人の反応を見て花崎優奈が唇を強く結んで、布施川頼人は反論しようと前に出た。
「で、でもさ、あれじゃあいくら話し合っても決まらないだろ! それなら誰かが前に立ってみんなを引っ張って、文化祭が成功するように導いていくのが最善だと思うんだ! だから俺は!」
「そうです、木崎くん、夏恋ちゃん! 私達でより良い案を決めて、みんなに納得してもらうのが良いと思ったんです! だからその、えっと……」
「頼人、優奈。それは違うわ」
姫野は花崎優奈の言葉をぴしゃりと否定する。そして大きなため息をひとつ吐いた。
「はっきり言わないと駄目みたいね。頼人、優奈、あんた達の言う『みんな』の中に進藤がいないじゃない。あたし達の文化祭の成功を願って誰よりも頑張ってくれた進藤を除け者にして、何が『より良い案を決めて納得してもらう』よ」
「し、進藤がいたら、また話がこじれるかもしれないじゃないか!」
「そ、そうですよ! クラスのみんなを一致団結させるなら、この方法が……」
姫野は二人の言葉を聞いて「はあ……」と再びため息をつく。
そして今度は玲央が幼い子供に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「だからそれが間違っているんだ。確かに龍介は一学期の途中までは弁解の余地のない不良だった。クラスでもトラブルを起こして、学校にも来なくなって、仲良くする事なんて絶対に無理だと思っていた」
「そ、そうだろ!? それならやっぱり……」
「でも今は違うじゃないか。自分の過去に向き合って、反省して、自分を変えようと頑張って、今だってクラスのみんなからの信頼を取り戻そうと努力している。それなのに……どうしてそれを分かってあげようとしないんだ? いつまで彼をクラスから孤立させたままなんだ?」
玲央は訴えかけるように二人に語りかけた。
一学期を経て、夏休みでも同じ時間を過ごして、クラスの誰よりも俺の事を気にかけてくれたのが玲央だ。
この世界に転生してきて、悪役という運命に立ち向かい続けて、その姿をクラスの誰よりも近くで見てくれていた玲央の言葉だからこそ、俺は泣きたくなるほど嬉しかった。
そして二学期に入って友達になれるきっかけをくれて、文化祭に向けて一緒に頑張ってくれていた姫野。
主人公を支えるメインヒロインの一人である彼女が、今は玲央と同じように二人を説得しようとしている。
幼馴染である布施川頼人に対して覚えた違和感。その正体を確かめる為に、姫野は俺に対して積極的に話しかけてくれるようになっていた。
それは布施川頼人と姫野を仲直りさせたくて、俺が手を伸ばした事で出来た新たな繋がり。
姫野は原作でも正義感が人一倍強く、その揺るがない強い意志で、どんな困難にも立ち向かっていくヒロインだ。
間違っていると思った事には誰であろうと真正面からぶつかって、時に周囲から冷たい視線を浴びる事になったとしても、己の正義を貫き通してきた。
そんな姫野との間に出来た新たな繋がりが今はとても心強く感じる。
それから姫野は玲央の言葉に賛同するように頷きながら口を開いた。
「それに今日みんなに集まってもらったのは、進藤が用意してくれたスイーツの試食会をする為よ。進藤、クラスの為に朝早くから準備してくれてるの。それなのに勝手にその機会をなくすって……あたしには頼人達のやってる事が理解出来ないわ」
「頼人、姫野さんの言う通りだよ。君は龍介の努力を、彼の想いを台無しにしてまで、自分達の考えた案を押し通そうとしている。本当にそれは正しい事なのかい?」
「……っ」
玲央の切実な言葉に布施川頼人と花崎優奈はぐっと押し黙る。
クラスのみんなも二人の力強い言葉に息を呑んでいた。
そして玲央と姫野の言葉を聞いた真白は、澄んだ青い瞳を輝かせて真っ直ぐに俺を見つめていた。
「玲央くんも夏恋さんも龍介の事を応援してくれてる。わたしも……龍介の努力が報われて欲しい。だから、行こう。わたしも一緒にいるから。傍であなたを支えるから」
「真白……ありがとう。ああ、行こう。胸を張って、俺達の想いをぶつけるんだ」
玲央も姫野は俺の為に訴えかけてくれた。
俺の努力が報われる事を願って、勇気を出して前に出てくれた。
そして真白も今、俺の事を想って背中を押してくれている。隣に立って前に進む勇気をくれる。なら俺はそれに応えたい。その想いに報いたい。
原作の運命を覆し、真白と共に歩む幸せな未来を勝ち取る為にも。
強い決意と希望を胸に秘めて、俺は真白と二人で教室という舞台に足を踏み出した。
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