第82話、文化祭に向けて②

 姫野夏恋との話し合いが終わった後、俺は喫茶店を離れて学校へ戻っていた。


 放課後の教室で文化祭の準備をしている真白に会いに行く為だ。


『それじゃあよろしく頼んだわよ、進藤。あとあたしにさん付けとか要らないから。もっとフランクに行きましょ?』


 別れ際に姫野夏恋――姫野は砕けた口調で話して欲しいと告げて、手を振りながら帰っていった。


 原作知識の通じない展開でこの先どうなるのか一切分からないのが不安だが、こうして姫野と仲良くなるきっかけを作れたのは嬉しい事だ。『ふせこい』の原作ファンとしても姫野は嫌いなキャラではなかったし、敵対するはずのヒロインと友人関係になれたのは悪役を脱却する為の良い兆しでもある。


「ただ問題は……布施川頼人の異変か」


 原作とは全く違う様子を見せる主人公、布施川頼人。


 ラブコメの主人公像からかけ離れた振る舞いを続ける理由。


 今までは俺が起こしたイレギュラーな展開が影響していただけだと思ったが、姫野の話を聞く限り別の要因があるのかもしれない。


 姫野が感じている何かの正体を突き止めて、二人が仲直りする手助けをする。その為にまず何をすればいいのか考えつつ一組の教室の扉を開いた。


 艶やかな黒髪が夕暮れで美しく輝いていた。可愛く、華やかで、清楚可憐な美少女――真白の姿が視界に映る。


 机に向かって真剣に作業を続ける真白は、友人の灰村はいむら結衣ゆいと二人で話をしていた。灰色のショートボブに眼鏡がトレードマークの元ギャルな女の子だ。


 結衣と真白は同じクラスで仲が良く、休み時間には二人で一緒にいる事が多い。この光景は見慣れたものだが、今日は少しだけ違った様子を見せている。


「このデザイン、悪くないと思うんだけど……ねえ結衣。どう思う?」

「真白っち、センスいいよねー。絵も上手だし、もしかしてイラストレーターにもなれちゃうかもよー」


 どうやら文化祭で着るメイド服のデザインをノートに描いていて、その相談をしていたようだった。


 話には聞いていたが文化祭で着るメイド服は、何処かで買ったりレンタルしてくるのではなく真白が手作りで用意する。


 真白はとても家庭的な女の子だ。料理に洗濯、裁縫から編み物まで何でもござれな上に手先も器用。きっと素敵なメイド服を仕立てるはずだ。


 仲の良い友達の灰村と楽しげにお喋りをしながら、真剣な眼差しでノートにデザイン案を描き込む真白。文化祭まで時間は十分あるが余裕を持って準備を進めるところが真白らしい。


 シャーペンを口元に当ててうーんと悩み、自分の思い描くメイド服のデザインラフを灰村に見せる。そのラフ案を眺めて灰村は何度も頷いた。


「ねえねえ真白っち。このフリル多めの方、すごく可愛い。ボク、こういうメイド服がいいなー」

「えへへ、可愛いでしょ。お姫様みたいで良いかなーって思って」


「でもこっちのオーソドックスな方も可愛いよね。誰が着ても似合いそうなのもポイント高いし」

「みんなで着るからそういう所も大切だよね。うーん、悩むなあ」


「真白っちはこういうデザインを考える時、何を参考にしてるの? 自分がこういうの着たいとか、こういうメイド喫茶で働きたいーみたいなイメージ?」

「うーんとね。見てくれてる人の反応を想像するっていうか……えと、その人に着ている姿を喜んでもらえたらなって思いながら描いてるかな」


 真白は照れ臭そうに頬を赤く染めて、ノートに描かれたメイド服を指でそっと撫でる。


 喜んでくれている誰かの姿を想像しているのだろうか。真白の頬はふにゃりと柔らかく緩んでいた。


「真白っち、可愛い顔しちゃってさー。誰を考えてるのかなー? やっぱりあの人の事かなー?」

「それはその……もう、結衣ったらからかわないで……」


 頬を赤く染めながら恥ずかしそうにする真白。


 視線を泳がせて狼狽える真白の反応を見て、灰村はくすっと笑みを浮かべていた。


「もう真白っち可愛すぎない? ボクの中の狼が目覚めちゃうぜいー!」

「はわーっ! 急に抱きついてきちゃだめって前も言ったのに――あっ……」


 灰村は楽しそうに真白に抱き着く。


 美少女二人がじゃれ合う光景に尊さを感じていると、偶然にも真白の視線が教室の入口で突っ立っていた俺へと向けられた。


 文化祭の準備を遮るのもどうかと思って良いタイミングを窺っていたのだが、いきなり視線が合ったものだから俺も上手く言葉が出て来ない。


 そういえば前もこうやって真白と灰村が仲良くしている所に遭遇した時があった。


 その時の真白は俺に気付くと飼い主を見つけた犬みたいな反応を見せていたのだが、今の真白もぶんぶんと尻尾を振っているように見える。本当に人懐っこい子だ。


 灰村も俺がいる事に気が付いたようで、ぱっと真白の身体から離れると俺に向かって挨拶してきた。


「やあやあ、龍介くん! 君も文化祭のメイド服デザインに加わる気かな?」

「二人で準備中だったんだな。それならちょっと混じらせてもらってもいいか」

「それはとっても大歓迎ー! 男子からの意見も大募集中だったからさー。さあおいでおいでー!」


 灰村はぐいっと俺の腕を掴んで引っ張り始める。俺はされるがままに真白の隣の席へと誘導された。


 真白は少し慌てた様子で席から立ち上がると、軽く髪を整えて微笑みを向けてくれる。


「龍介、来てくれてありがとう。風邪治ったんだね……良かった」

「ああ、もう大丈夫だよ。昨日も看病してくれたんだよな。本当に助かったよ」

「ううん。龍介、お部屋で寝てたから起こさないようにしようと思って。ごめんね、こっそりお邪魔しちゃった。でも体調が良くなったみたいで安心したよ」


 真白は安堵したようにほっと胸を撫で下ろす。


 この二日間で随分と真白を心配させてしまった。

 真白のおかげで元気になった感謝の気持ちも伝えたいし、二人の文化祭の準備に参加させてもらう事にする。


 俺は隣の机の上に鞄を置いて席へと座り、それから真白のデザインノートに視線を向けた。


 ノートにはメイド服のラフデザイン案がびっしり描かれていて、これまでの真白の頑張りが伝わってくる。


「これ、全部真白が考えたのか?」

「うん。結衣とお喋りしながらいくつかデザイン考えたんだ。今は案を絞ってる感じなの。こっちは正統派なメイド服で、隣のこれはフリル多めでとっても可愛くない?」


 真白がデザインしたメイド服はどれもこれも可愛くて繊細で、それでいて機能性も考えられているようだった。どちらのデザインでも文化祭に来たお客さんに喜んで貰える事だろう。


「真白ってセンスいいよな。服のデザイナーにだってなれそうだ。細かい所まで作り込まれてて凄く可愛いし、どっちも真白に凄く似合うだろうなって思った」

「えへへ。褒めてくれてありがとう。ちなみに龍介はどっちのメイド服が良いと思う? 文化祭の時にどれを作るのか、龍介の意見も参考にしたいなって」


 真白は照れ笑いしながら問いかける。

 俺はノートに視線を落としながら首を捻って考えた。


 正統派なメイド服とフリル多めの可愛いデザイン、どちらにも良さがあるからこそ悩んでしまうものだ。


 いっその事両方良いと答えたいところだが、クラスに割り当てられる予算や文化祭までの時間の問題で二つ同時は出来ないだろう。


 それに集客効果の高いデザインはどちらだとか、売上に貢献出来る方は、コストを抑えられるのは――などなど考えてしまう。


 答えが出ずに悩んでいると、隣にいた灰村がびしっと人差し指を立てながら提案してきた。


「龍介くん、素直にどっちのメイド服を着てる真白っちを見たいかで決めたらいいんじゃないかなー? あんまり難しい事考えなくて大丈夫、本能のままに選ぶべし!」

「俺の好みなあ……」


 改めて真剣に考えてみる。


 正統派のメイド服は長いスカートに清楚な印象があり、純白のシンプルなエプロンも清廉さを引き立てる。本格的なデザインで誰が着ても様になるのだろう。


 フリル多めのデザインの方は胸元に大きなリボンがついていて可愛らしさが引き立っていた。そして膝丈のスカートもふわふわのフリルで包まれていて柔らかなシルエットを作り出す。頭に白いヘッドドレスをつければ可愛さと上品さが合わさり、非の打ち所がない出来栄えとなるはずだ。


 どちらのデザインも甲乙つけがたいが、俺の好みで言えば真白の可愛らしさが引き立つフリル多めのデザインに軍配が上がる。


 最強の美少女である真白のふわふわなメイド服姿はまさしく無敵だろうし、それを見てみたいと思うのは男子として当然の欲求ではないだろうか。


「じゃあこっちのフリルの方かな……? 真白にもよく似合いそうだし」

「だよねえ。ボクもふわふわフリル姿の真白っちはとっても可愛いと思うし」


 灰村と二人で何度も頷く。

 やはり男子でも女子でも考える事は同じなようで、あまり話した事のない灰村とも意見が一致していた。


 俺と灰村の言葉に真白も安心したように微笑んでいる。


「良かったあ。そう言ってもらえて。実はこっちのフリル多めの方がわたしもお気に入りだったんだ」

「じゃあここにいる三人全員、意見が一致したわけだな」

「うんうんー。真白っち、この案で明日みんなに話してみよー!」


 放課後に残って話し合いをした結果、無事に文化祭で着るメイド服の案が絞られる。俺は途中参加で大した事はしていないが、少しでも真白の力になれたなら何よりだ。


 真白のいる一組は文化祭に向けて気合が入っている。


 俺達二組も見習わなきゃなと思いながら、三人で下校する準備を始めたのだった。

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