第23話、喫茶店

 駅の近くをぶらりとうろついて良さげな喫茶店を見つける。


 お洒落な外装に、窓から見える店内には女性客が多い。スマホで店名を調べると評判も上々で、何より口コミに寄せられた料理の写真がどれも美味しそうに見えた。


 前世で喫茶店のバイトをしていた事もあって、こういう店の当たり外れはよく分かる。その経験から言ってもまず間違いないだろう。


「真白、昼はこの店でいいか?」

「うんっ。わたしは龍介が良いって言うならどこでもおっけーだよ」

「よし、じゃあ入るぞ」


 真白を連れて店内へと入る。ふわりと漂う香ばしいコーヒーの匂い、洒落たジャズの音色、清潔感溢れる店員、そして客層を見れば一目瞭然。やっぱりこの店は当たりだ。


 女性に合わせた空調に、程よい暗さと落ち着いた内装、木の温もりが感じられるテーブルに柔らかそうなソファ。


 その店内の様子を眺めながら真白は青い瞳を星のように煌めかせていた。


「わあ……すっごく素敵だね。なんか大人っぽい雰囲気で落ち着く感じがするっ」

「そうだな。それにこの辺りだと料理も美味しくて評判も良いらしい」


「龍介、こんなお店知ってたんだ。さすがっ!」

「知ってたっていうか、まあこの手の情報はネットで調べたらすぐ出てくるからな。ぱっと見でも良い感じがしたし」


「龍介ってば頼りになるなあ。いつもはファミレスとかラーメンとか、そういうのばっかりなのにねっ」

「ま、たまにはな」


 俺がぶっきらぼうに答えると真白はからかうように無邪気に笑った。


 それから真白と一緒に案内された席に向かう。木の温もりを感じさせるテーブルと柔らかそうなソファのセット。そこに向かい合って腰掛けた。


 真白は嬉しげにメニュー表を開くと、そこからあれこれと悩んでいるようだった。


「真白、とりあえず冷たいカフェオレが飲みたいって言ってなかったか?」

「そう思ってたんだけど、ドリンクのメニュー見たらどれも美味しそうで……」


「なるほどな。確かに種類もたくさんあるし、これは目移りするのも仕方ないな」

「龍介は何が飲みたいの? 参考に教えて?」


「うーん、俺は普通にコーヒーでいいかな。さっき店に入った直後にコーヒー豆の良い香りがしたろ? それで飲みたくなってさ」

「アイス? ホット?」


「ホットかな。寒いわけじゃないけど、せっかくだし温かいやつが飲んでみたい」

「分かった! じゃあわたしも同じのにするっ!」


「良いのか? 冷たいのが飲みたいんだろ?」

「外にいた時は暑いから、お店に着いたら冷たいのが飲みたいなーって思ってたんだけど、ここって涼しいし。だから温かいのでも良いかなって」


「温かいので良いならおすすめがあるぞ。さっきスマホで調べた時に良いのを見つけてさ」

「うん? どんなの?」


「ラテアートだよ。ほら真白が見てるメニューの次のページ、写真が載ってるだろ?」

「わっ。ほんとだ、めっちゃ可愛い、やばっ!」


 真白の目が輝いた。


 彼女の視線を釘付けにしているのは、カフェラテとコーヒーカップに乗っかるミルクで出来た可愛い猫。真っ白なフォームミルクがふっくらと膨らんで猫の形を作り上げ、その上にはコーヒーで猫の顔が描いてある。


「写真だけでこんなに喜ぶなんてさ。実物見たらどうなるんだ?」

「わ、分かんない。でもきっと凄いんだろうなあ……あっ、ねえ龍介。もしかしてこのカフェラテを頼めばわたし達も同じのをもらえるの?」


「ああ。メニューの一つだからな。猫だけじゃなく他に犬とか色々やってくれるみたいだけど、真白はどんなのが良い?」

「わたしは写真にも載ってるこの猫ちゃんがいいかなっ。わたし猫めっちゃ好きだから!」


「そういえば、真白の猫好きは筋金入りだもんな」

「うんっ。わたしのアパートにたまに遊びに来る白猫、龍介も知ってるでしょ? 白猫のシロべえって言ってさ。もうすっごく可愛くて毛並みとか綺麗で賢いのっ。あーシロべえの話してたら会いたくなってきたなあ……」


「あー、なんか思い出してきた。よその家の飼い猫だよな、真っ白でもふもふの」

「そそっ。近所の田端さん家のにゃんこだよっ。シロべえって頭良いから、鍵かけ忘れてると窓からお外に出て散歩しちゃうんだって」


「それだと毎日は会えないわけだな、シロべえとは。なら今度猫カフェでも行くか? あそこならモフり放題だぞ」

「ほんとっ!? 行く、絶対行く!! 約束ね!」


 猫カフェという言葉を聞いて真白が身を乗り出して興奮する。青い瞳をきらきらと輝かせて、猫に囲まれる幸せな光景を想像しているようだ。


 最強の美少女である真白が可愛い猫達に囲まれる光景……か。何それ、楽園過ぎない? 想像したら俺までわくわくしてくるんですけど。


 しかし、悪役の俺と猫カフェはあまりに相性が悪い気がするので(多分猫から威嚇されてそれどころではない)、実現するのはもう少し先になりそうだ。


 そんな他愛もない話をした後、店員を呼んだ俺達は早速注文をする。


 真白はさっき話をしていた猫のラテアートを、俺は普通にホットコーヒーを頼んだ。


 俺の頼んだコーヒーが運ばれてきたそのしばらく後、ラテアートを崩さないよう丁寧な足取りでやってきた店員。


 店員がゆっくりとテーブルの上に置いたコーヒーカップには、フォームミルクで作られた可愛らしい白猫が乗っている。そして猫の周りを囲むように描かれているのは湯気の立つコーヒーの絵でこれがまた細かい。


 写真を見ただけでも瞳を輝かせていた真白だが、実物を見た彼女の反応は大興奮と言えるものだった。口元に手を当てながら驚きと感動が入り混じった声を上げる。


「わあ……すごいっ」

「写真で見るより可愛いって凄いな」

「う、うんっ。ちょっと本気で感動しちゃった。あっ、イソスタに写真あげとこっ!」


 真白はスマホを取り出すと、ラテアートを色んな角度から撮ってすぐさまSNSに投稿し始める。


 満面の笑みを浮かべながら文字を打ち込む真白。そんな彼女の姿にほっこりしながら俺はコーヒーを味わいつつ一息つく。


 やはり美味しい。苦味と酸味のバランスが良くてとても飲みやすい。豆が良いんだろうな。前世で働いていた喫茶店もなかなか良い豆を使ってコーヒーを提供してたけど、あの店に負けず劣らずという感じがする。


 そんな風に舌鼓を打っていると、SNSに写真を投稿し終えた真白がスマホから顔を上げた。それからにひひ、と俺にいつもの無邪気な笑顔を見せる。


「ありがとねっ、龍介! こんなに楽しいの久しぶりかも!」

「そいつは良かった。でも今日はまだまだこんなんじゃ終わんないからな。覚悟しとけよ?」

「もちろん! いっぱい遊ぼうねっ!」

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