第18話、保健室
真白を保健室に連れて行った後、俺は養護教諭に事情を説明する。
やはり真白はさっき転んだ時に軽く足を挫いていたようで、湿布とテーピングで処置してもらう事になった。
恐らくだが……もしあの時、俺が動かないままだったら、彼女を保健室に連れて行く役割は主人公である布施川頼人が担っていた事だろう。そこから新たなヒロインとの関係が始まって二人の恋の物語に発展していく。
俺はそれを阻止出来た。けれどその代償は大きい。主人公に対して悪役としての役割を行使した結果、俺の存在は『ふせこい』の物語を進める上で完全な悪役として認識されただろう。
だがそれも今はまだ始まりの段階に過ぎない。ここからいくつかのイベントを経由して、それからようやく俺を断罪するイベントへと発展するはずだ。
そしてその展開が来るのは原作通りなら一年生の三学期となる。
今はまだ一学期だ。つまりまだ時間はある、その間に何とかして破滅を回避するように立ち回る。それが今の俺に残された唯一の選択肢だ。
その方法を思案しながら、俺は応急処置が終わってベッドに腰掛ける真白に話し掛けた。
「次の授業、体育だったんだな。無理はしないで保健室で休んでろよ」
「うん。次の授業まで保健室でゆっくりしてる」
「俺はそろそろ教室に戻る。遅刻はまだセーフだが欠席はちょっとマズいからな」
「龍介、出席日数ギリギリだもんね。でも、あの、行っちゃう前に一つだけ言わせて」
「どうした?」
俺を呼び止めた真白の頬はほんのり赤く染まっていて、視線はどこか落ち着きなく泳いでいる。
そんな彼女は勇気を振り絞るように口を開く。上擦った声で、俺に向けてこう言った。
「わたしを助けてくれた龍介、すごく、すっごくかっこよかった。ありがとう、龍介」
真白は花のような笑みを浮かべると、恥ずかしがって白い毛布に顔を隠した。
真白の照れて赤くなった顔を見た瞬間、俺の胸がドキリと高鳴る。思わず背中を向けてしまう程に俺の顔も赤くなっている気がした。
顔を真っ赤にして俯く俺と真白。
甘酸っぱくてくすぐったい空気が俺達の間に流れている。
あまりのむず痒さにどうしていいか分からなくなった俺は教室へと戻る事にした。
「ほ、放課後また足の様子を見に来るからな。帰らないで教室で待ってろよ」
「うん、待ってる。また放課後にね、龍介」
俺は真白に手を振って保健室を後にする。
この世界から主人公の敵とはっきり認識されたが、それが些細な事だと思えるくらいに俺は真白の言葉に心を揺さぶられていた。
真白を主人公から守る事が出来た。その事実が俺の心に温かな感情を与えてくれる。
この気持ちが何なのか、俺にも分からない。だけど今はただ、真白が無事で良かったという想いだけが心の中に溢れていた。
だがこれからも布施川頼人による真白への接触は続くはず。油断は出来ない、彼女を奴から守り続けなければならない。
そして俺自身もこのままで終わるつもりはないのだ。
俺は自分の考えをまとめながら既に授業が始まっている教室へと急いだ。
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