第15話、唯一の

 俺は昨日の事を思い出していた。


 学校からの帰り道、真白は一緒に帰ろうと言って俺の隣を歩いていた。しかし悪役を脱却し破滅を回避したい俺は、同じ悪役である彼女に向けて『お前が苦手だ』と厳しく突き放したのだ。


 それは未来に待ち構えている破滅的な結末から真白を守る為でもあり、俺は罪悪感を覚えながら彼女に告げた。


 俺はギャルが苦手で実は清楚系の女の子が好きだと、真白はそれとは真逆のギャルだから苦手なのだと確かにそう言った。


 俺の言葉を聞いた真白の表情はみるみると曇っていって、そんな彼女を見ていると罪悪感に苛まれて仕方がなかったのだが、それでも破滅の未来を回避する為には必要な事だと自分に言い聞かせた。


 しかし真白はその後、悪戯っぽく笑ってこう言うのだ。


『待っててよね、龍介の苦手を克服してくるからさっ』


 その言葉の真意が分からなかった俺は首を傾げるしかなかったが、真白はそのまま別れを告げて去っていく。


 それが昨日の出来事だ。


 そして今――真白は、昨日俺が言っていた清楚系の女の子を体現するかのように、美しい黒髪を真っ直ぐに伸ばして、制服をきっちり着こなして、ナチュラルメイクで、昨日までのギャルっぽさなど一切感じさせない姿となっている。


 その結果、彼女は物語の主人公である布施川頼人が引き連れるヒロイン達を遥かに凌駕する程の、完璧で最強な圧倒的美少女に生まれ変わっていた。


 そんな真白を前にして俺は思わず立ち上がる。


 視線を奪われる他なかった。間近で見る彼女のあまりの美しさに息を飲んだ。


 本当に同じ人間なのか、そう思えてしまう程の完成された美しさを持った少女がそこにいた。


 彼女の圧倒的なまでの美貌を前にして固まっていると、まるで鈴のように澄んでいて、それでいてどこか温かくて心地良さすら感じる声が聞こえてくる。


「りゅ、龍介……っ? そ、そんなじっと見られると……わたしも恥ずかしいっていうか、照れちゃうんだけど……っ」


 顔を真っ赤にしてもじもじと指を絡ませ恥じらう仕草を見せた真白の可愛さに、俺は更に言葉を失ってしまう。それから彼女は両手を胸元でぎゅっと握りしめながら、上目遣いで俺の事を見つめてきた。何だよその仕草、反則だろ……。


「ど、どうかな? 龍介がこっちの方が好きって言ってたから……美容院で髪を染め直してもらって、朝から準備してきたんだけど……」


 吸い込まれそうな青い瞳が不安げに揺れていて、思わず抱き締めたくなってしまう程に可愛くて、俺は慌てて目を逸らす。


 俺がギャルは苦手だと言ったから、真白は俺の為に自分を変える努力をしてくれたのだ。


 俺が喜ぶように、俺に好かれるように、俺の理想の女の子になろうと必死になってくれた。


 女の子にとって今までの自分の好きを全て投げ売って、たった一人の男の為に変わるなんて並大抵の覚悟じゃ出来ないはずだ。


 だけど彼女はなったのだ。

 俺への想いを努力に変えて、ヒロイン達すらも凌駕する最強の美少女へと生まれ変わったのだ。


「……っ、あ」


 真白を前にして声が出てこない。月並みに褒める事すら出来なかった。


 嬉しすぎたのだ、ここまで俺の事を想ってくれる人がこの世界に居た事が。


 前世にはいなかった。俺の為にここまでやってくれる人は、あの世界には一人だって存在しなかった。


 そんな相手に向けて何と言ったら良いのか分からない。何とかこの気持ちを言葉にしようと必死になるが、俺は馬鹿みたいに立ち尽くす事しか出来なかった。


 すると真白は頬を赤くしたまま俺に向けて背伸びをする。


 そうして彼女は俺の頬に手を添えて、にひひと無邪気な笑顔を浮かべた。


「それ、龍介が本気で喜んでる時の顔だ。言わなくても分かってるよ、わたしと龍介は小学生の頃からの付き合いなんだからっ」


 そんな風に言われて俺の心臓は爆発するんじゃないかと思うくらいに激しく高鳴った。彼女はずっと知っていたのだ。俺の喜び方を、俺がどうしたら嬉しいかも全部理解してくれていたんだ。


 ――やっぱりそうなんだな。

 真白はどれだけ俺が突き放そうとしても、傍にいてくれようとする。


 俺は彼女の幸せを願って、未来に待ち構えている破滅から救う為だと言い聞かせて、真白を突き放す決意をした。


 だけどそれは間違いだった。


 真白は何があっても俺の事を諦めない。何があっても俺と一緒にいたいと思ってくれている。そんな健気な少女の真っ直ぐな想いを無視するなんて……それこそ悪役のやる事じゃないか。


 真白が俺を諦めないなら、俺だって真白を諦めない。破滅を回避して幸せになる為に一人じゃなく二人で足掻くんだ。


 悪役だって青春したい。


 俺がそう願ったように、真白だって青春したいんだ。だったらもう遠慮する必要なんてどこにもない。俺は真白と一緒に笑って青春を謳歌してみせる。


 そこまで考えて、それに気付いて、俺はようやく言葉を口にする事ができた。


「に、似合ってる。凄く、可愛い」


 たどたどしく紡がれた俺の言葉を聞いて、真白は満面の笑みを浮かべた。


 その笑顔はまるで天使のようで、この世界に来て初めて幸せを感じた瞬間だった。


 こうして甘夏真白は、誰よりも優しくて可愛くて最高な――俺の世界を彩る唯一の存在になってくれたのだ。

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