第50話 美味しいかもしれない話

「その様子からするに…んぐ…何か、知ってる…ん…ぽいな。これ美味っ」

「龍人、食べるのか喋るのかどっちかにしなさい。それはさておき、その様子を見るにこれが何なのかはご存じと言った所かしら」


 焼き鳥にがっつく龍人を佐那は咎め、レイの出方を窺った。どこまで言っていいものなのかを考えていた様だが、やがて自分なりに整理が付いたのか、レイは軽く頷いて佐那の方を見返す。


「まあ、具体的な事は知らんけど。暗逢者作り放題なヤバいブツって話だけは、めっちゃ有名やし。でもそれ以外は何も知らんで」

「俺もさっき電話で知ったけど、そのブツがウチの葦が丘地区で出回り出して、おまけにそこで好き放題してる風巡組とかいう馬鹿の集まりが、この辺りの連中と取引して手に入れてる可能性があるんだ。そう考えたら、こっちの地区にだって責任あるだろ。責任取って協力してくれよ」

「いややー。その風巡組とか言うヤツらに頼んで、黒幕と直接会って言えばええやん。もうやめえやって」

「それは…その…」


 佐那は黙って見ていたが、龍人の舌戦の弱さは想定以上である。いかに主張が嘘だらけのデタラメであろうが、言葉の背景に根拠が無かろうが、大声で騒ぎ、怒鳴り捲し立てれば口論はどうとでもなる。だが、それには中途半端な良心を捨て去らなければならない。口喧嘩が上手い者というのは、大体がクズか、クズのふりを出来る者達なのである。どうやら龍人は違った様だ。一応コツは教えた筈なのだが。


「渓村さん、確かに一見すれば関係ないものかもしれないわね」


 グラスに入ったビールを一滴残らず一気に呷り、テーブルへ強めに置いてから佐那がたまらず口を挟んだ。


「何が言いたいんや」

「いえ、大したことではない。だけどあなたの御実家と話をした時、少し怪しいと思ったの。渓殲同盟本部は関係ないけど、身内の中に馬鹿な考えを起こす者がいるかもしれない…それもあなたと同じ渓村の姓を持っている次期跡目候補が。何だかまるで、トカゲのしっぽ切りみたいね。都合の悪い存在を叩き潰すための口実」

「籠樹が嫌われとんのは事実やけど、まさか自分達が汚い真似してるのを隠すために、あのババアが家族生贄にするつもりって、そう言いたいんか ?」

「殺し屋はルール無用でしょ ? あの胡散臭い女の言葉なんか、最初から信用するつもりも無かった。だから言ってやった。万が一渓殲同盟が関わっていると分かれば、相応の手段を取らせてもらうって」

「何や脅しのつもりかい ? あ ?」

「…私が暴力をチラつかせるときって言うのはね。脅しではなく予告なの」


 レイと佐那の口論がヒートアップしていく。互いの語気が強まり、口数としゃべくる速さも増していく。血を見るまであと一息といった所であった。これ以上はマズい。


「な、なあ ! ちょっと趣旨変わって来てるから一回落ち着こうぜ !」


 たまらず乗り出すようにして龍人ガ話に割って入る。レイがこちらを睨んだ。


「何が落ち着こうや。喧嘩売るような真似しといて今更日和るんかい」

「違うって ! 確かにウチのばあさんの喧嘩っ早さは謝るけどさ。この問題は単に葦が丘地区だけの話じゃなくなってくるかもしれないんだ。 考えて見ろよ。そんなヤバいブツ平気で出回らせる連中が、ウチの地区だけで終わると思うか ? 儲かるって分かったら、見境なくなるんだぜ。後先考えられる程頭良くないからな、この手のクズは」


 自分の経験則から導き出した今後起こり得る危険性を龍人が指摘すると、一理あると見たのかレイは黙る。口出しする事すら出来なくなっていた美穂音と綾三は、事の顛末を見守るしかなかった。


「初めて戦った時言ってたよな。迷惑かけてるガキをみすみす見逃すのは嫌だって。縄張り意識とか、仲間意識とか強いタイプだろ ? なら、俺達がこうして教えた事をチャンスと見るべきなんじゃねえのか ? 迷惑かけるどころじゃない事しようとしてる奴らを、事前に調べて備える事が出来るんだ。俺だって縄張りっつーか、皆の居場所を守りたいんだ。なら、猶更協力し合わなきゃダメだろ」

「…せやな」

「老師もそうだけど、俺も嵐鳳財閥とはそれなりにコネがある。報酬代わりと言っては何だけど、もし手を貸してくれるんならこっちも相応の礼はするさ。幸い、今なら黒幕に辿り着くための手掛かりだってある。人様の住処ぶっ壊そうとしてる奴らを、こっちが先手を打ってぶっ潰してやるんだよ。どうだ…話に乗るか ?」


 龍人の話をひとしきり聞いていたレイは椅子に軽くもたれ、少し上の方を見ながら何か考えている様だった。やがて美穂音と綾三の方へ目をやった上で、再び龍人の顔を見る。


「信用できんな。嵐鳳財閥とコネがあるって、今この場で証明できるん ?」


 だが、龍人はその言葉を待っていたかのようにニヤリと笑う。やがて携帯電話を取り出してから、何やら小声で話してた。


「よっ、すぐに来てくれ。ついでにちょっとビビらせろ…オッケーじゃあそれで」


 嫌な予感のする言葉が聞こえた。それからすぐに電話を切り、龍人はまだ酒の入っている瓶を手に取って美穂音の頭の上に乗せる。


「おいおいおい何やねんお前⁉」

「あー動くな動くな。倒れるから。後、目を閉じとけ。危ない」


 龍人の動きと彼が行おうとしている下準備らしき行動から、不思議とレイはロビンフッドを連想した。不審に思って辺りの建物の上部を見回すが、それらしき影も気配もない。まさかとは思った次の瞬間、暗い夜空から空気を裂くような音が聞こえた。音に反応した頃には、飛来した弾丸によって美穂音の頭上に置かれてた酒瓶が貫かれ、砕かれ、中の酒がぶちまけられる。


「だーっ ! 何やねんこれ⁉」

「ウワハハハハハ!!すっげえ ! マジで当てやがったアイツ !」


 びしょ濡れで戸惑う美穂音を見ながら龍人は手を叩いて笑い、佐那は動じることなく二杯目のビールに手を伸ばしていた。そして半分ほど軽く飲み終わった時、空からゴーグルを付けた状態の颯真が現れる。


「お見事。新記録かしら ?」


 野次馬によるどよめきとパニックが起こる中、グラスを軽く掲げながら佐那が話しかける。


「全然、三キロぐらいかな。こんなの余裕だよ。育ちが違う育ちが」


 颯真は中々に得意げな様子であった。

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