第37話 多勢に無勢

 殺しにかかって来る綾三達とは対照的に、龍人は叫ぶ事もなく動いていく。少年漫画ならば叫ぶか大声で気合を入れてから立ち向かう所だが、そんな事は到底できない。余裕がないと言えば噓になる。一対一ならまだしも、集団を相手に狭い空間で戦う以上、余計な言動で意識をおざなりにしたくないのだ。子供の喧嘩とはワケが違う。


 正面から向かっていく龍人だが、瞬時に考えるのはどう仕掛けるかであった。向こうの出方を窺うべきだろうか。その場合どうなる ? 真正面にいる綾三が斬りかかって来るか ? それとも両隣と後ろにいる部下達が何かをしてくるか ? このまま突っ込むだけ突っ込んだとしても、一気に相手取るのは難しい。だが全員でまとまって掛かって来るには廊下は手狭だろう。こちらにしてみても、長い得物を振り回せるような場ではない。


「それなら…」


 龍人は走りながら印を幾つか結ぶ。そして、すぐ目の前にまで到達し環首刀を叩きつけてきた綾三に対し、両腕を構えて刀を受け止めた。腕ごときでどうにかなるわけが無いだろうに。そう考えていた綾三だが、環首刀に伝わる感触が明らかに硬い。見れば、彼の腕には霊糸による武装錬成で創り出したトンファーがあった。


「旋棍って呼ぶんだっけ?これ」


 受け止めたトンファーと環首刀が火花を散らせる中で龍人が言った。正直完全に扱いきれる自信は無い。だが動ける空間が限られるのなら、下手に長い得物より使いやすいだろう。そのまま力任せに刀を弾き、握り部分へ握力を込めたままトンファーの先端を彼女の腹に叩き込む。少し後ろへ飛ばされたものの、綾三はすぐに体勢を整える。驚いていた。


 その間に部下達がナイフや刀を持って襲い掛かり出すが、龍人はトンファーでそれを捌き、体術を混ぜながら応戦をする。右手側から刀を持った部下がそれを振り下ろしてきたが、すぐに受け止めてトンファーで突きを打ち込む。みぞおちに入った際にありがちな、柔らかい感触が武器越しでも龍人の手に伝わって来た。


 左手側からもナイフを持った部下が仕掛けて来る。みぞおちに叩き込んだ左腕のトンファーの握り部分を龍人は回転させ、腕を守っていた棒を棍棒のように振ってナイフを弾く。そして怯んだ隙に飛び蹴りを入れた。みぞおちに打撃を食らって悶えている一匹と、飛び蹴りを食らって床に頭を打ち付けた一匹、すぐに起き上がって来るだろうが逃走までの時間は稼げる。


 だが綾三が邪魔であった。再びこちらへ斬りかかってきたため、慌ててトンファーで腕を守りながら彼女の環首刀による攻撃を凌ぎ続ける。さらに後方で待機していた部下も刀を持って出しゃばってきたため、防ぐので精一杯だった。どうにか二人を受け止めて鍔迫り合いの状態に持ち込むが、すぐに別の異変を龍人は察知した。背後が静かすぎる。聞こえる音と言えば、一つ下の階に向けて移動し始めたエレベーターの駆動音のみであった。


「綾三ぃ、手こずりすぎとちゃうか ?」

「そんな言わんで、はよ手伝ってやミホねえ


 目の前にいる綾三と背後の声が会話をした時、何が起きたのかすぐに分かった。刺客達が全滅したのだ。自分如きに出し抜かれかけている時点で分かってはいたが、やはり使えない連中である。ミホ姉とされる化け猫とその部下達は、休憩がてらに遠目でへらへらと見物しており、血濡れの床となった足元には四肢や首が転がっている。


「なあ、一回落ち着いて話しないか ? 俺こんなに恨まれるような事した ?」


 綾三に対し、龍人は交渉に打って出た。背後に敵がいる上にいつ襲い掛かって来るか分からない。おまけに先程打ちのめした化け猫達も、恨めしそうな顔と共に起き上がってきている。今の状態では全ての相手を凌ぎ切る事など到底できない。


「ウチらの縄張りで騒ぎ起こしといてそんなん筋通らんやろ」


 背後からミホ姉が凄む。


「別に騒ぎたかったわけじゃないんだって。頼むから信じてくれない ?」

「ごめんけど、無理やな」

「あ、そう。聞いた俺がバカだった」


 綾三の回答も期待外れの物であり、龍人は気が緩んだように溜息をついた。と、そういう風にわざと見せかけた。左手のトンファーで刀を受け止められていた化け猫は、どうやら隙があると判断したらしい。すぐに鍔迫り合いから離れて別の方向から攻撃しようと動き出したのだ。龍人は、それを待っていた。


 左手のトンファーのみ武装錬成を解除し、霊糸の状態に戻してからすぐさま刀を持っている化け猫の方へ放つ。操られた霊糸たちは刀へ巻き付き、龍人はそれを力づくで引っ張った。どうにか抵抗しようとはしていたが、刀ごと綾三の部下はよろけてしまい、うっかり間合いに入ってきたタイミングで龍人は彼の喉仏を左手の指で突く。むせるように咳き込み、跪いた頃合いでミホ姉、そして残りの部下達も一斉に動いた。


 多勢に無勢といった勢いで自分を鎮圧するつもりか。龍人はそれを分かっていたのか、すぐさま綾三を潰しに掛かる。トンファー相手に環首刀で鍔迫り合いをしている彼女は、こちらの左手ががら空きになっている事に気付いていた。そこで、防ぐ物が何もない左半身側から斬りかかるために、鍔迫り合いを自らやめてしまう。


 その瞬間に龍人が取った行動、それはタックルであった。開醒によって下半身の脚力を強化した状態で、彼女が刀を振り始めるわずかな隙を狙ったものである。自分に環首刀が当たる直前で綾三にぶつかり、ふわりと彼女の体が浮く。


「え」


 その衝撃で武器が上手く振れずに速度を殺されてしまったため、彼女の腕を抑えるのも容易い。龍人は環首刀を持っている腕もついでに抑えたまま、タックルの勢いを利用して彼女を押し倒した。そこから呆気にとられる時間さえも与えず、マズルの先端にある綾三の鼻を全力で殴った。


「ぎゃっ」


 余裕を感じられない汚い悲鳴が上がるが、龍人は後悔も見せないまま立ち上がって一気に走る。部下達が襲い掛かって来るが、スライディングして躱すとすぐに立ち上がってエレベーターへ向かった。肉体を強化している今なら、力づくで開ける事に時間は取られまい。エレベーターのドアをすぐに開ける。そして武装錬成でナイフを作って、エレベーターを吊るしているワイヤーを切る。幸い、エレベーターは一つ下の階で止まったままである。つまり今ならワイヤーを切ってしまえば、一直線に地上へ落下して敵との距離を稼げる筈なのだ。


 自分は苦羅雲と話をしに来たのであって、戦い自体を望んでいるわけでは無い。それをしっかり説明するためにも態勢を整え直さなければならないのだ。敵が迫る中、すぐさまエレベーターをこじ開けようとした龍人だが、自分の本能が少しだけ耳元で囁いた気がしたのだ。やめた方がいい、と。


 このホテルで使われているエレベーターは、二つのドアが入口の中央に合わせて閉まっている。だが、その中央の隙間から鉄の爪が飛び出てきたのだ。こじ開けるために体と頭部を近づけていた龍人は、間一髪で後ろに下がったお陰で躱す事に成功する。


 爪はすぐに引っ込んだが、やがてギギギと音を立てながら、先程よりも多くの数の爪がドアの隙間に入り込んできた。何者かが無理やりこじ開けている様である。一つ下の階にエレベーターを止めた後、中へ入ってからエレベーターの天井を開けて昇ってきたのだ。そしてエレベーターを足場にしてドアの後ろで待ち構え、不意打ちのタイミングを窺っていたのかもしれない。


「ダメやったか。勘ええな、兄ちゃん」


 エレベーターをこじ開けて現れたのは、ウェーブのかかった紫色の髪を持つ化け猫…渓村レイであった。

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