第14話 S
「おらぁ ! 何してくれてんだてめぇ !」
「ぶち殺されてえのかクソ人間 !」
口々に罵声が飛んできた。兼智はと言うと棒を眉間にぶつけられたのが酷く堪えたのか顔を抑えて項垂れている。龍人は霊糸で床に転がっていた棒を回収し、手元へ引き寄せる。そして肩に担いでから辺りを窺った。周りの視線がこちらへ向いている以上、逃げるのは得策ではないだろう。一人ならまだしも怪我人がいる。無事で済む確率は低い。
刹那、くぐもった爆発音がした。僅かに建物が揺れる。音の下方角は外…向かいの倉庫だった。向かいの倉庫では銀翼の鴉天狗が神通力を使い、龍人が拷問の最中に乱入した事を感じ取ってから行動に移り出していたのだ。
「ほーら出てこい。食事の時間だ」
彼が手を叩いた瞬間に蛍火達が檻に張られた札に張り付く。そして羽の上で燃え盛っている火が札に移った直後、爆発を起こして檻の入り口を破壊した。不細工で歪んだ面をした泥人形の様な木っ端の暗逢者たちが呻きながら檻から出て来る。それだけではない。奥の方にいた大型の暗逢者まで目を覚まし、格子を破壊しながら雄叫びを上げだした。
「やべ、退散退散」
銀翼の鴉天狗は焦ったのかそう呟き、こっそりと裏口から出て行く。暗逢者達は倉庫の正面に備えられた入口用のシャッターを引っ掻き続けるが、暴れ出した大型の暗逢者の突進で簡単に破壊されるや否や、そこからわらわらと外へ出た後に明かりがついている向かいの廃倉庫へとつたない足取りで駆け出した。
「な…何だ今の⁉」
「あの人間が何かしやがったのか⁉」
「待て…この呻き声、まさか――」
鴉天狗たちが異変に気付き、やがてその正体に勘づいた時だった。廃倉庫のシャッターが破壊され、大型の暗逢者が姿を現す。光る眼、外れてるのではないかと見間違えてしまう程に大きく開かれた口、象の様な固い皮膚と不自然にあちこちが隆起した歪な筋肉。そして六メートルはあろうかという体躯。
「”だらご”の群れに…”おおだらご”まで… !」
佐那との座学においてある程度暗逢者に対する知識を身に着けていたのか、龍人は彼らの名前を呟いた。周りを歩く人型はだらご、そして大型の暗逢者の名はおおだらご。古文書にはそう書かれていた。だがまたとない好機だった。だらご達はパニックになっている鴉天狗たちを襲っており、まだこちらに気付いていない。
「おい !」
頭上から声がした。上を向くと銀翼の鴉天狗が翼をはためかせて滞空し、こちらに手を振っている。
「逃げるんだろ ? 霊糸を俺の足に巻きつけろ」
銀翼の鴉天狗はこちらへ呼びかける。なぜ霊糸を知っているのか疑問だったがそんな事は後で聞けばいい。龍人は怪しみながらも手から霊糸を放って、彼の脚に巻き付けた。
「オッケー。振り落とされんなよ !」
龍人が霊糸を使用したまま夏奈を抱きしめたのを確認する。そこから彼らを引っ張り上げ、宙づりにしたまま銀翼の鴉天狗は飛び去った。二人分の体重を支えなければならないせいで速度は落ちるが、騒乱から逃れるには十分な速度だった。
「な…夏奈 ! 待って !」
ボロボロの状態ではあるが、翔希もその後を追いかける。暫くしてから他の鴉天狗たちも倉庫から逃げ出し離散していった。暗逢者達をそのままにしてである。
――――倉庫から逃れた後、銀翼の鴉天狗は葦が丘地区の飲食街へとやってくる。そのまま居酒屋が立ち並ぶ通りの路地裏へと龍人たちを降ろした。着地をした龍人は夏奈を近くのビールケースに腰を下ろさせる。銀翼の鴉天狗の方は近くにあった塀の上で膝を組んで座っていた。近くにいて分かったのだが、彼の翼は金属製故に煌めいており、動かす度にロボットが駆動するかのような小さな音を立てていた。
「夏奈ちゃん、少し見せて…これ折れてるな。開放性じゃないだけマシか」
垂れさがり、内出血を起こした夏奈の腕を見て龍人は苦しげに言った。だがそんな彼を銀翼の鴉天狗は少し嬉しそうに見つめている。期待通りといった様子だった。
「想像以上の度胸と人の善さがあるな。老師様の教育の賜物ってやつか ? それとも元からお人好し…なわけねえか。アンタ前科者だしな。それも常習犯」
あらかたお見通しといった所らしく、鴉天狗は龍人を揶揄ってくる。龍人は夏奈を安心させるために肩を少し擦ってから彼の方へ近づいた。
「助けてくれてありがとうって言いたいのは山々だけど何かムカつくな。さっき電話寄越したのもお前だろ ?」
「ご名答…本名は言わないが
「こっちの事は何でも知ってる癖に自分は隠れるのか。なにもんだよアンタ ?」
「言ったろ、行動次第だって。今は君のファンであり…味方だ。まさか本当に飛び込んでいくとは思わなかった。お陰でこっちもやりやすかったよ」
Sを名乗る鴉天狗に対して探りを入れようとする龍人だが簡単にあしらわれてしまう。そんな折に翔希も空から現れた。
「夏奈… ! 良かった無事で…」
「え、あ、うん…」
安堵している彼とは対照的に夏奈の反応は恐ろしく冷ややかだった。当然の帰結である。自分の不手際で巻き込んでおきながら都合の良い時だけ心優しい聖人を演じる者に、温かいまなざしを送ってやれるようなお人好しは存在しない。
「ひとまず集団で固まってると目立つな。一回散らばろう。何かあった時はまた連絡する。龍人…だっけ ? そこの二人はお前が勝手に匿ってくれ。俺関係ないし」
塀の上で器用に立ち上がったSは夏奈たちを指さした。
「は ? いやちょっと待て…行きやがったあの野郎」
返事を聞かないまま飛び立ったSを睨みつけながら龍人は見送り、ため息交じりに夏奈たちを見る。匿えと言われても応急処置も済んでいない怪我人と貧弱そうな鴉天狗を引き連れてどうしろというのか。
「…ここからだと、近いよな」
だが少しして預かってくれそうな場所がある事を思い出し、二人に声をかけて歩き出す。飲食街…幸いにも”ストランド”の最寄であった。
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