Track.14 井之上鳩彦
「確かに、私は
体にフィットした、襟付きのオックスフォードシャツを着こなす男性。
色はサックスブルー。定番であるが、井之上先生の体格の良さもあって、かなり魅力的に見える。
「大観鋼始郎です!」
ここは素直に名乗る。
俺の知っている井之上先生は、小学校教諭。もしかしたら、環奈か源登の担任かもしれない。
大観家の双子から先生のこと聞きました、で、誤魔化せる可能性に賭けるしかない。
「君が……大観鋼始郎君ですか……」
なんで、俺のこと知っているの、先生。
マジで、環奈か源登から俺のこと教えられたの?
双子視点、昨日あいさつしたばかりだと思ったのだけど、田舎だから情報伝達が早いの?
くろのみ町はともかく、混音市はそんなに田舎じゃないはずだけど。
双子がおしゃべりなの?
「あたしは大観照乃。こちらの子は草商一」
「はじめまして」
混乱する俺とは裏腹に、ばぁちゃんと商一も自己紹介をしだす。
「さて。井之上さん、あんたこそ、どうしてここに。環奈がさらわれたと、先ほど電話で史健から聞いたんだけど……」
今度は祖母の方が警戒しだした。
人が寄り付かない場所に一人で来たのは怪しいよな。
商一の様子から集会所に環奈、女子児童はいないようだけど、これから連れてこられる可能性もあるか。
でも、俺としては先生が犯人な気はしないな。
いろいろと面倒だったり、気に喰わないところもあったり、卒業式の練習を一か月もさせられたりしたけど、悪者ではなかった。
もちろん、俺ことトパーズ世界の先生の話ではあるけど、このペリドット世界でも性根は変わらない気がする。
「十数年前に、くろのみ町で女子小学生が行方不明になり、この近辺で遺体となって発見されたという話がありましてね。私はその事件にならってここに来ました」
模範的な回答だな。
怪しいところは見られないから、このままはぐらかせて、退散するのが自然な流れかと思った。
「……と、言うのが表向きの理由ですね」
先生はおもむろにシャツの袖をまくる。
夏なのに長そでなのは、少し気にはなっていた。
だが、そんなの、ここのやぶ蚊まみれの原っぱの虫対策としか考えつかない。
商一の用意してくれた腕カバーがあって本当によかったと思っているからな。
だから、先生の腕に縄のような痣があるとは、予想がつかなかった。
「君たちが言った聖痕とは、このようなものじゃありませんか」
直感で写真で見た舞生と同じものだとわかった。
「なんで、先生にもそんなものが……!」
違いと言えば、舞生は昏睡状態なのに、先生は動けているところか。
その差は大きいが、なぜなのか。
先生はその答えを知っているのか。
聞きたいことは出来たが、先生が思わず答えてくれるような、上手い文章を頭が作ってくれなかった。
「……ボクからも先生、でいいですか」
商一は集会所から持ってきたであろう、見たこともない古ぼけたバインダーを見せる。
「このバインダーには、くろのみ町で行われていたと思われる、生贄の儀式、いえ、おまじないについて書かれています」
商一が儀式をおまじないと言い換えたのか、この時、なぜなのかわからなかった。
「おまじないの内容は、ボクのリュックの中にある、色とりどりおまじない大全にもあります」
まじ全には、生贄の儀式についても書いてあったの!
あ、でも……本の中の魔力を補充する方法として、寿命を削るとか、物騒なこと言っていたな。
俺たちが使った【カゴの魔除け】も、効果を持続させるには塩が必要だし。
代償が必要なおまじないが載っているなら、生贄の儀式もあってもおかしくはない気がしてきた。
「やはり、君たちが持っているのですか。私の持つ【決定版 色とりどり 呪い 大全】の対となる、アーティファクトを」
先生は自分が持っているショルダーバックから一冊の本を出す。
その本は、まじ全と同じ大きさで、同じようにところどころ題名が薄れた……禍々しさを感じるものだった。
呪いという部分は伊達ではなさそうだ。
「この本は、君たちのおまじない大全が使用されれば使用された分、魔力が高まります。おまじないの本が完全に白くなれば、此方の呪いの本が完全な形になるという訳です。もちろん、逆もしかりです」
そういうシステムだったの!
対の意味も分かったけど。
「ただし、この呪いの本を所持するには、ある条件が必要です。それについては、そのバインダーの中の資料に書かれてあるでしょうが、時間がおしいので説明させていただきます」
先生はまくった袖を元に戻し、ボタンを留める。
見た目はあまり良くないからな。人の目に余り晒したくないのだろう。
「まず、私は今から数十年前の人間、慰霊碑に刻まれた集団服毒自殺者、実際はおまじないの代償でした」
「生贄だったと……」
「鋼始郎君気持ちはわかりますが、私が話しきるまで、質問はしないでください」
いちいち話が止まったら、テンポが悪くなるってことですね、わかりました、先生。
俺はお口チャックした。
「私にかけられた、おまじないは時間跳躍系の【テンテン交換】。術者を過去、未来に飛ばす代わりに、代償がその年月分未来や過去に飛びます」
術者が過去に飛んで何をしてきたのかわからないが、先生が未来にタイムスリップしてきたのだけはわかった。
「未来に飛ばされた私ですが……後々復讐などくろのみ町にとって面倒なことを起こさないように、あらかじめ致死相当の毒物を飲ませていました。が、運よく私は生き残ることが出来ました」
飛ばされた先が、すぐ手当てができる環境だったのだろうか。
俺たちの頭を悩ます怪異とは関係なさそうなので、スルーするべきだろうな。先生も運よくで片付ける気だし。
先生が説明し出したのは、俺たちもまた怪異について調べていた、怪異を信じている者だからだろう。
俺自身のこともあるが、舞生や慰霊碑、そして集会所を調査していなかったら、先生の言ったことが理解出来なかっただろう。
「この痣は、おまじないの代償になった者の魂に刻まれています」
奏鳴さんの生まれ変わりと思われる舞生にあるのは、魂が同じだからか。
輪廻転生はまだ半信半疑だったけど、確定したな。
「ただし、肉体に浮き上がるとなると、くろのみ町全体に施されている、最後のおまじないが発動している時です」
最後のおまじない。
これを潰せば、俺たちに降りかかっている怪異も解決するのか?
「くろのみ町の有力者がもっとも恐れている事態、自分たちが絶滅した時に発動する、そこから一発逆転のためのおまじない【運命テンカン】。このおまじないは過去の出来事を書き換える効果を持ち、代償には、私たち、一度代償となった者の命が必要です」
とんでもないものだった。
「もちろん、普通に考えれば、無理やり生贄やら代償にされた私たちが、くろのみ町のために来世まで犠牲にする気はありませんよ。【運命テンカン】も発動後一週間もすれば、儀式失敗で消滅します」
そもそも生まれ変わっている可能性も低いか。
「ただ【運命テンカン】中は、死んだ人間がゾンビになって、代償を捜しているそうです」
「なんで、それで環奈がさらわれたんだ……あ、すみません、先生」
「いえ、そろそろ質問を受け付けるつもりでしたから、いいですよ、鋼始郎君。お答えします」
あまりの事態に思わず、口のチェックが開いてしまったが、今度は咎めることなく、先生は話を合わせる。
「環奈さんをさらったのは、おそらく環奈さんを使って、私たちの時のように命の入れ替えを行なおうとしているのでしょうね」
これはまた不穏な話だ。
「運命を交換する【ロウソク交換】というおまじないです。私たちの時は、くろのみ町で徴兵され、戦死した人間たちが生き返らせるために、生きている私たちを生贄にするモノでした」
身代わりにしたというのか。
いや、身代わりではないな。すでに死んでいるのだから。
命を交換したというのが、正解に近いのかもしれない。
「ただ、死んだものばかりではなく、中には知らない海外でまだ引き上げられていない人もいたので、その場合は、おまじないを変えました。【ドウドウ交換】で、異国で生きている人の代わりに、飛ばされた仲間もいました。もちろん毒を飲まされから、です」
万が一にも生き残って復讐に来られると困ると、致死量の毒を飲ませたのだろう。
そして、町にあった毒が大量になくなるのはあまりにも不自然なので、代償にした戦争孤児は全員服毒自殺をしたことにして誤魔化したわけか。
どこまでも、腐っていた。
「現在ゾンビになっている奴が、その【ロウソク交換】で、生き返るために環奈を犠牲にしようとしているのか」
「そうです。【ロウソク交換】で有力者は生き返っては、自殺して【運命テンカン】の儀式が成功するまで繰り返すことになるかもしれません」
「なにその負の堂々巡り」
「私は当初タイムアップ狙いだったので。まさかこんな事態を引き起こすことになるとは思いませんでした」
時間いっぱいまで慌てふためく、ゾンビたちをあざ笑いたかったのだろうか。
気持ちが痛いほどわかるけど。
周りの人間まで飛び火する可能性を考えられないぐらい、目がくもっていても、復讐ならよくある話と思ってしまう。
「やはり、復讐は悲劇しか生まれないという訳か」
「まだ、悲劇になってないから! あと、意味が違う気がするよ、商一!」
長引かせるのは得策ではなかったのは、思うけど。
「でも、先生のせいじゃないじゃん。すべて、くろのみ町のアイツラのせいじゃん。速攻で儀式会場に飛び込んで、叩き潰せばいい話だよ!」
そうだ。
こんな大事なことを隠し立てていた先生には思う所はあるけど、こんな非科学的な、荒唐無稽な話を信じろというほうが無理だ。
先生が下手な正義感をかざして【運命テンカン】で活動中のゾンビと対峙していても、先生が負けて生贄にでもされていたら、それこそゲームオーバーだ。
先生の立場で考えたら、隠れてやり過ごすほうが、勝率が高い気がする。
「そうだね。先生が話してくれたのも、あたしたちが【決定版 色とりどり おまじない 大全】を持っていることと、聖痕について調べていたからこそだろうよ」
「ええ。君たちが私の敵ではないと確信しましたから」
先生はまるで、俺たちの心を読んでいるのではないのかというぐらい、意味深な目で微笑む。
もしかしたら、読んでいるのかもしれない。
だって、先生は【決定版 色とりどり 呪い 大全】を所持しているからな。
どんな呪いが書かれているか、見当がつかないが、俺たちへの疑いが晴れるようなら、多少奇妙でもどうでもいい。
先生の信頼と協力が得られるなら、安い代償だ。
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