Track.12 永業舞生と矢風奏鳴
墓場の近くで経営しているからか、墓の掃除セットを持っていても、白い目で見られず、むしろ、そういう荷物を置く場所まで提供してくれる、喫茶店がある。
喫茶トワイライト。
全体的に夕暮れを思い起こすような落ち着いた雰囲気で、透明感のあるガラス製の小物たちによって、店内は華やかに、鮮やかに、彩る。
その中には、ガラス容器の中に植物を入れて栽培する、テラリウムという小物雑貨もあり、植物とガラスが上手く調和された、マイナスイオンが飛び交う、爽やかおしゃれ空間だ。
季節限定のパフェやあんみつなどもあって、甘味好きな婦女子には人気の喫茶店。
甘味男子の商一も気に入ったようで、この夏限定の抹茶レモンあんみつに夢中だ。
確かに、このあんみつ、あん特有の甘味がありつつも、全体的にさっぱりとした味わいで、時々舌に甘酸っぱさとほろ苦さが乗っかてくるのが面白美味しい。
「はぁ、生き返る」
夏特有の容赦ない日差しと熱さによって、思った以上に体力が消耗していたようだ。
甘い優しさが身に染みる。
「そうだねぇ。休憩は大事だねぇ」
祖母もまったりとした表情でリラックスしているようだ。
次の探索のためにも、今は気力と体力を回復させることに集中したい。
長丁場になるのは覚悟していたからこその、精神であった。
「それにしても、こんな美味しいものが食べられる喫茶店があるとは」
商一は墓参り後に寄ったから、この華やかさに臆しているのかな。
俺たちのルートから考えると場違いだと思ってしまうかもな。
「喫茶トワイライトは、黄魁橋から黄魁神社への道のりの間に位置しているから、参拝帰りに寄る人もいる」
「なるほどね」
参拝ルートの人の方が割合多い気がするが、この透明感あふれる光を見ると、なんとなく慰められている気がする。
無性に落ち込んでいるとき、この喫茶店に入っては、気持ちを和らげたものだ。
「俺としては、商一が幸せいっぱいであんみつを頬張っていたのが意外かな。あんこ、あまり好きじゃないだろ」
てっきり、パフェの方を頼むと思ったよ。
「そうだけどさぁ、色合い的にあんみつのほうが好みだったから。あと、このあんみつで、ボクはあんこの良さを知った。これからは食わず嫌いせずに挑戦していきたいね」
「そうか」
商一の心の琴線にどう触れたのかわからないけど、本人が楽しいそうなら何よりである。
「そうなるなら、誘ってみるかな……」
俺は自分の世界の商一のことを思う。
まだ喫茶トワイライトに行っていなかったら、行っていたとしても、抹茶レモンあんみつを食べていなかったら、一緒に食べよう、と。
別世界の商一と言えども、こんなに絶賛しているのだ。自分の世界の商一も食べたらこうなる可能性が高い。
「そうだね。それがいいよ、鋼始郎」
商一は俺の表情を見て、察したようだ。
「ボクも、舞生はもちろん、鋼始郎も誘うよ。美味しいもの、みんなで食べるともっと美味しくなるからな」
泣きそうな顔だったけど、その目には決意がこもっていた。
今にも責任感で押しつぶされそうな商一だが、焦ってはいけないと本能的にわかっている。
ヒートしそうな心を、頭で抑えつけクールに保つ。
そんな商一の数少ない年相応の強がりが露わになる。
「その通りだよ、商ちゃん……もちろん、鋼ちゃんもね」
祖母の応援する声が、心にしみる。
欲しい時に、欲しい言葉を言ってもらえるから、頑張れる気になれる。
商一もまだ泣きそうな顔のままだけど、口元がモゴモゴと動くぐらい照れている。
「さて、体もいい感じに休まったことだし、次の場所に行こうかね」
ここで祖母が集会所と言わないところは、止められる可能性を考えているのだろう。
私有地への無断侵入。
普通に考えれば、やってはいけないことだ。だが、俺たちは、俺たちの日常を蝕む怪異を退散させなければならないのだ。
その方法を探るには、多少手荒くなければならない。
俺たちは人の目を出来るだけ避けながら、自然に、何も知らない旅行者に見えるように振る舞いながらも、集会所へと足を運んだ。
くろのみ集会所。
空き地の中にポツンとあるバラック小屋……にしか見えなかった。
「ふぅ。近くに立ち入り禁止のポスターや立て看板、周辺が縄などで囲われていなくて、助かった」
私有地と知らずに入ってしまった、という言い訳の信ぴょう性がアップした。
「田舎特有のガバガバセキュリティーシステムのおかげだな」
失礼だよ、商一。
まったくその通りだけどね!
「あんたたち、口を動かす暇があったら、手を動かしな」
祖母の言う通りである。
「マスクを持ってきて正解だったな。埃がひどい……」
商一は用意周到だったよ。
「青年団が解散してしまってから、誰も使っていなかったようだね」
「そう言えば、青年団が解散したってどうしてなのか、ばぁちゃん知っているか?」
入団する年代の若者が町からいなくなった。
過疎化が進む市町村ではよくある話であるが、祖母の様子だと少し違う気がする。
「あ~。不起訴にはなったけど、当時、悪いウワサが広がってね。沈静化させるため、橋上町内会は、青年団を解散させるしかなくなったのさ」
思った以上に深刻な理由だった。
「それって、このスクラップノートに載っている、小学生低学年の少女が暴行死した事件のことか、照乃ばぁちゃん」
商一はジャストタイミングで、棚から一冊のあらゆる雑誌と新聞を切り抜いてまとめたであろうノートを取り出す。
「そうそう。鋼ちゃんが生まれてまもない頃だったかね。夏休みを利用して、黄魁神社にお参りに来た親子が、ちょっと目を離した隙に、少女がいなくなった事件だよ」
よりによって、神社で誘拐事件が発生したのかよ。世も末だな。
「行方不明になって一週間後、少女は変わり果てた姿でこの集会所付近で見つかってね。当時のテレビや新聞を賑わせたものだよ」
しかも、暴行死。
「賑わったわりには、犯人はわからないままでね。本当に可哀そうな事件だったよ」
未解決事件……これは、悪いウワサが広まっても、致し方ない。
「そういう事件があった場所だから、鋼ちゃんと一緒にくろのみ町に住むのは諦めたわけさ」
「まぁ、こんな事件があったらな……」
トパーズでは聞いたことない事件だな。
物心がついていない時期の事件だから覚えているわけがないが、仮にあったら、うちの祖母も俺を連れて行かなかっただろう。
さすがに殺人事件が起きた上に未解決のまましゃ、同じ年ごろの子供と一緒に住む気になれないな。
「鋼ちゃんをくろのみ町に連れて来たのも、昨年の夏が初めてだったよ」
「あ、そうなんだ」
中学生になってからなのは、小学生を連れて行くのは不安だったからか。
男子とはいえ、心情的に、小学生を暴行死させた変態殺人鬼がまだいるかもしれない地域は避けたい。
「それまではあたしだけが定期的にくろのみ町の家に帰っては、軽く家の中を整理したり、じぃさんの墓にお参りに行ったり、史健と畑の作物について話し合ったりしたものだよ」
祖母は、俺の世界ではくろのみ町に住んでいた時と、ほどんど変わらない暮らしをしていたようだ。
違うのは、生活サイクルの中に、くろのみ公民館で同世代の友だちとおしゃべりをする、がないぐらいだよ。
ペリドット世界にはくろのみ公民館自体がないから、そもそも無理だったかもしれないけど。
「……」
商一は黙ってスクラップノートを読んでいた。
何ページが読むと、眼を閉じ、天を仰ぐ。
「鋼始郎……これ、ショックを受けるだろうけど、知らないといけないやつだ。あと、舞生の誕生日は、八月十日だ。それも頭に入れて、読んでほしい」
「あ、うん」
何でいきなり舞生の誕生日の話をしているのか。
八月十日って、今日は八月八日だから、あと二日で誕生日か。なら、速く怪異から解放させてあげたくなるな。
商一が心なしか焦っている理由がわかった。
そして、俺がショックを受けると、あらかじめ注意した理由も……。
「亡くなった少女の名前は……矢風奏鳴……」
同姓同名だと初めは思った。
だが、顔写真の少女には泣きぼくろがある。
しかも、奏鳴さんと舞生と同じく、左目尻の斜め下にある。
「なぁ、鋼始郎。生まれ変わりって、信じられるか?」
矢風奏鳴は、司法解剖の結果、八月九日未明に死亡した、と……今、目にしたばかりの新聞の記事に書かれていた。
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