融雪

うさみゆづる

たまらなく

 私の中にはいつまでも、どれだけ時間が経とうとも、悲しみがみっともなく横たわって幅を利かせている。布団の中で、毛布にくるまって世界に怯えている時間がもったいなく、また、そんな時間は私にはないのだからと、無理やり前を向かせて、歩いてゆこうと思うと、たちまち、私の中で横たわっていた悲しみがこの時だけは立ち上がり、まるで母親を引き止める子供のように、足にまとわりついて、行かないでと、その身を振り乱しながら泣き喚いているのだ。そうして私はいつもそれを振り払うことができずにいるのだ。この悲しみは、私が産んだ、いわば我が子のようなもので、あちらも私を母親と思い込んでいるのだ。しかし、時が経てば経つほど育つ我が子をいつまでも背負って歩けるはずもない。私の背からはすでに哀しみの足がはみ出して、今にも地面につきそうなほど大きくなっている。だから、今のうちにそれを放り出して、ここから走り出して、どうにか、悲しみを振り払わなければならないのに、出来ない。

 正論や綺麗事に救われなかった時、共に肩を震わせて涙に溺れながら眠ったのはこの悲しみだったのだ。夜明けに怯えながら、共に陽の光を浴びたのはこの悲しみだったのだ。それが、どうして、捨てられようか。

 しかし、このままではいけない。

 いつかこの悲しみに飲み込まれて、私自身が悲しみになる前に、私は我が子から逃げなければならない。どれだけ泣き喚こうとも、足に纏わりついたそれを引き摺ろうとも、必ず、振り払わなければならない。歩き出さなければならない。眩しい方へ、顔を上げなければならない。

 なにも悲しみを無かったことにしようとは、露ほども、雀の涙ほども思っていない。私はきっと歩き出した後も、悲しみをふと思い出しては、今はどこで何をしているのだろうと、物思いに耽ることだろう。だからそんな時は、せめて、あの我が子のような悲しみが、せめて、布団の中で、毛布の中で、静かに寝息を立てながら、幸せな夢を見ていますようにと、祈る。

 あなたのために、今、祈っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る