第19話 サン。真実を見つけて
「クラウ! 全部終わった。どう? スアロの調子は?」
「だめ、血が、血が止まらないの。針は抜けたんだけど、随分深いところまで刺さっていたみたい。ねぇ、サンどうしよ。スアロ、助かるのかな?」
不安そうな目で見つめるクラウ。
たしかにヤマアラシの針には釣り針のような返しがついているが、それは矢の矢尻のように大きなものではないため抜くことは可能だ。しかし、その代わり彼らの針はとても鋭く、ゴム靴程度など簡単に貫通する威力を持っている。まして矢と同様のスピードで飛ばされた針だ。知識のあるサンにも、針が彼の体のどこまで深く刺さったのか、正直想像もつかない。
「とりあえず、医者だ! 早く連れて行こう! 俺たちにはそれしか残されてない」
「でも今から宿場町まで歩かなきゃならないわけでしょ? スアロ、その間に死んじゃわないかな。私たち間に合うのかな」
「そんな、でも、だったらどうすれば」
その時、スアロの瞳が僅かに開いた。彼は震える唇で二人の名を呼ぶ。
「……サン……クラウ、終わったの……か?」
「ああ! ああ、スアロ! 全部終わった! 俺が勝ったんだ! だから帰ろう! みんなでフォレスに帰ろう!」
「……は、は。すげえな……。俺なんて……歯が立たなかったのに、……いつの間にか先を越されたなぁ」
「何言ってんだよ! いつまでも俺の目標はお前なんだ! 超えてなんかいないよ! だからさ、絶対に勝ち逃げなんてするな! スアロ!」
「……おい、……お前こそ、……何言ってんだよ。ずっとさ……俺はお前を目標にしてたんだぞ。………高い志を持ったお前に………努力をやめないお前に……ずっと憧れてた。……なあサン。……これからもずっと……そんなお前でいてくれよ」
「何言ってんだよ。やめろよ、そんなこと言うの……。なあ……やめてくれよ!」
スアロはサンの言葉を受け流し、クラウに向かって言葉を伝える。
「……それからクラウ。……クラウもすごいよなぁ。女子なのに……どんどん強くなってさ。……俺、追いつかれないように必死だったよ。……あ、それと、クラウ。……ちゃんと自分の気持ちは伝えろよ。……人生ってどうなるかわかんないから」
「何それ……。全部わかってたの? そんなに心配してくれてたんなら……、最後まで見届けてよ……」
スアロはまたほのかに笑みを浮かべる。そして彼は、最後の力を振り絞って、言葉を残す。
「……サン、クラウ。俺は……二人に会えて幸せだったよ。ケイさんとファル先生にも……そう伝えてくれ。……俺は、……俺はさ、……ああ、くそ……ダメだ……ああ……もう……死にたくないなぁ……」
彼の目から、ゆっくりと涙が伝った。そして彼は、ゆっくりと瞳を閉じていく。
「スアロ! スアロ! スアロ!!」
サンは仕切りにそう叫んだ。しかし、彼からの返事はない。
――いやだ! いやだ! 死なせたくない! 死なせやしない!
サンの脳内でスアロとの記憶が駆け巡る。喧嘩もした、仲直りもした、一緒に旅行もした、食べ物を分け合った、練習もした、試合もした、そして、いつでも、毎日、一緒に、笑い合った。
――なんか、ないのかよ? なにか。あるはずだろ? こんなとこで俺の親友が死んでいいはずないんだよ!!
『助かるよ』
その時、幻聴か何か、声のようなものが聞こえた。サンは、思わずあたりを見回す。クラウは、そんな彼を不審に思い、彼に尋ねる。
「どうしたの? サン。急に」
「いや、クラウは聞こえないのか? この声」
「声? 何も聞こえないけど」
『サンにしか、聞こえないよ』
また声がした。サンは二言目にしてようやくその声がどこから聞こえているのか気づいた。今自分が握っている刀だ。多分この刀から自分の脳内へ言葉が伝えられている。だが母の声かと思ってもそうではない。これは間違えなく、子供の声だ。
「誰なんだ? いやそれよりも、スアロは助かるのか?」
クラウのことなど気にととめず、サンは、刀に言葉をぶつける。
『助かるよ。サン。君の炎をさ。スアロに当てるんだ』
「そんなことしたらスアロが燃えていくじゃないか」
『大丈夫、信じて。助けたい。そう願って手に炎を灯すんだ。今の君の炎全部使えばスアロは助けられる。さあ、急いで、早くしないと間に合わなくなる』
「わかった」
迷っている暇などなかった。サンは刀を持たない方の手に炎を灯し、スアロに当てた。
「ちょっとサン! 何してるの!?」
「ごめん、クラウ。説明できない。でも今は、信じて」
そして、サンは力を込めて炎の出力を上げた。すると、自分の中の力が吸われていく感覚を覚えた。まるで、自分の生命力を、他者へ分け与えていくような感覚。油断すると気を失ってしまいそうで、サンは、必死でなんとか自らの意識を保つ。
「すごい、どんどん回復してる」
クラウの呟きの通り、サンにもどんどん、スアロの傷が回復している様子がみえた。顔色もたしかに正常に戻っている。サンは、スアロの体が完治したことを確認すると、手を外した。
クラウは、その様子に驚きながらも、スアロの脈に手を当てる。
「……すごい、脈が戻ってる。……助かったの? え? 本当に?」
スアロの回復に驚きを隠せないクラウ。サンは、彼女の言葉を聞き、どっとその場で座り込む。道場のどんな練習でも感じたことのない疲労を、今サンは体で感じていた。すっかり血色が良い顔で眠っているスアロ。サンは、そんな彼を見ながら、刀に向かって、呟く。
「ありがとう、助かったよ。ところで何者なんだよ。お前」
『僕? 僕は何者でもないよ。今はまだ、何者でもない。ねえ、サン。真実を見つけて。君が全てを知ったとき、僕は初めて君に名前を言えるから』
すると、刀が帯びていた熱がすーっと冷め、サンが何も命じずとも、彼のペンダントに姿を戻したのだった。
――なんだったんだ? 今の?
サンは、呆然と自らのペンダントを眺める。真実を見つけて、一体それはどういう意味なのだろうか。自分にとって今の声の主は、どう言う存在なのだろうか。
しかし、それらのことは、今考えてもどうしようもないことであった。サンは、未だ戸惑っているクラウの方を向く。
「とりあえず、スアロを運ぼう。クラウ。ここに寝かせておいてもしょうがない」
「あ……うん。そうだよね。こんなとこに寝かせてたら風邪ひいちゃう。でも、サン。説明してよね。炎のこと、ペンダントのこと、そして、急に目覚めたその力のこと」
「あ、うん。そうだな、フォレスに帰ったら、全部話すよ」
言われてみれば確かに随分不思議なことが今日だけでも起きたものだ。ペンダントの変化。自らの覚醒。そして、傷を癒す炎。そのどれをとっても今までの自分の生活には起こりようもない現象だった。
帰ったら、しっかりクラウに起きたことを話そう。そして、多分、自分はたくさんのことを聞かなければ筈だ。かつて母と旅をしていた獣人、ファル先生に。
「よし、じゃあ運ぼう。俺がおぶってくからさ。ちょっとクラウ背負わせるの手伝って」
「うん、わかった。いくよ。――え? ちょっと待って……」
するとクラウは、スアロを運ぼうとする手を止めた。そして、サンの向こう側を見て、何かに怯えるような表情を見せた。
――なんだ? まさか、いやでも、そんな筈ないだろ!
サンの頭に一つの予感が浮かんだ。そして、その憶測を確かめるのは、振り向くだけで十分だった。そして彼のそれは的中したのだ。
そこには、ボロボロになっても、大剣をきつく握りしめた、フォンが立っていた。
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