第16話 俺は! あんたを、倒す!!
「スアロ!!!」
全く同時のタイミングで声を上げるサンとクラウ。二人の前には、ヤマアラシの針が深々と刺さったスアロが、ゆっくりと倒れる。
腹部から徐々に広がる赤い液体が痛々しい。仰向けに倒れ、空を向くスアロに二人が駆け寄る。
「スアロ! ねえ、スアロ! しっかりして!!」
「嫌だ! ダメだよ! スアロ! 何で、何で俺なんか庇った!!」
悲鳴のような声を上げ、スアロを囲むクラウとサン。スアロは、痛みに堪えながら、こんな二人を視界に収め、心配をかけまいとほんの少しの笑みを浮かべる。
「――おいおい。何でお前らが、そんな、辛そうな顔してんだ……。うたれたのは、俺なのに……」
「もう、喋らない方がいいよ、スアロ! 傷が広がっちゃう」
「ああ、そうかもな……。ごめんな、サン……。お前を、独りで戦わせて。あとは、頼んだぞ、俺の……、親友」
そして、ゆっくりとスアロは、目を閉じていった。
「スアロ!!」
また二人同時に叫に声を上げるサンとクラウ。しかし、スアロにはその声に答える元気はもうないようだった。
――甘かったんだ。
サンは、心の中でそう呟いたんだ。
――できれば戦いたくないなんて、俺が甘かった。
彼は親友の前で強く強く拳を握る。
――向こうはこっちを殺すつもりで来てるんだ。それなのに俺は、相手と戦う覚悟さえ、いまだにできていなかった。守る覚悟ができてなかった。
――しっかりしろよ! お前が守るんだろ、目に映る全てを!!
フォンは、針に倒れたスアロをそして、それに駆け寄る二人を冷たい眼差しで見つめていた。本来なら今は格好の攻撃のチャンスだった。しかし、今、彼には、標的を捉えるよりも遥かに大切なものがあった。それは美学だ。
「おい!! アラシ!!!」
フォンは、力強い叫び声を上げる。その声に反応し、アラシとピグルが物陰から姿を現す。
「どういうつもりだ!? 俺たちの狩りの掟の中に、標的との戦闘中に、他者が決して横槍を入れてはならないっていうのがあったはずだろ!? だから俺は、お前とツバメの勝負も決着がついてから手を下したんだ!!」
大きな体から放たれる凄まじい怒声。しかし、アラシはそれには決して怯む事なく、フォンに対して言葉を述べる。
「でも、ボス! 俺は嫌だ! もうボスが傷つくのを見たくない!! 何でそんな掟守る必要があるんだよ!? だってイエナも生きてるかわからないのに、これ以上仲間が減るかもしれないんだ!! 大切な人に死んでほしくないって思うことの、何がおかしいんだよ!!」
「バカヤロウ!!!」
だが、そんなアラシの気勢を遥かに上回る熱量で、フォンは彼に言葉を被せる。そして、その勢いのまま彼は続ける。
「俺たちはハンターだ! どんなにやってることがゴミだろうとハンターなんだ! 相手の命をかけた抵抗を正々堂々受け止めなきゃならない! 自分たちも狩られる覚悟を持たなきゃいけない! そうじゃないと、俺たちがやってる事は、ただの虐殺になるんだぞ!?」
『虐殺』そのワードをフォンに使われたことにより、アラシは黙った。虐殺、何の意味も持たない殺戮。それは、アラシたちにとっては一番行ってはならないものだった。なぜなら、それは自分たちの親を奪った行為と同じだから。
何も言葉を返すことができず、ただただ沈黙を続けるアラシ。そんなアラシをじっと見据えて、フォンは強く言葉を放つ。
「二度とするな! こんな行為、二度とだ!! 分かったら、もうこの森からでていけ!!」
コクリと静かにうなづくアラシ。フォンは、そんな彼を見てため息をつき、サンとクラウの方へ向き直る。
「すまなかったな。俺の部下が失礼な真似をした」
といってもその言葉はサンとクラウには聞こえてない様子だった。クラウはスアロの様子にただただ戸惑い、サンは、スアロを見つめてただただ固まっていた。フォンは、太陽の方を向く。もう30分もすれば飛行船の始発の便が出る。その前に、彼らはスカイルを出ていなければならない。なぜなら、もうすぐファルが帰ってくる予定だったからだ。
「本当にこんな形で決着がついて残念だ。サン。だが、あいにく俺らにも時間がないんだ」
本音を言えば、もっとサンと戦いたかったが仕方ない。フォンは、やりようのない怒りを押し殺し、サンを気絶させるダメージを与えるため、大剣の腹をサンへ振り下ろした。
――ガァァァァン!
その時再び、武器と武器の衝突音が鳴り響く。
サンが自らの刀で受け止めたのだ。彼は、刀で受けたままゆっくりと立ち上がり、それを、跳ね飛ばした。
「まだ間に合うよ」
そう言葉を発し、サンはクラウに向かって言葉を続ける。
「クラウ、サンの止血を頼む。大丈夫。すぐに医者に見せれば絶対間に合う。それとそこのヤマアラシ」
静かに、サンは、この森から出ようとしているヤマアラシを呼び止める。アラシは、先ほどのことを反省しているのか、気力のない目で、サンを見つめる。
「ハイエナは生きてるよ。殺してなんかない。……でも、もし、スアロがお前の針で死んでみろ!? 俺は、必ずお前を殺すからな!!」
力強く、覇気のある声に、気圧されるヤマアラシ。彼は、何も声を発することなく、ブタの獣人を連れて森を出て行った。
「なぁ、フォン」
そして、サンは真っ直ぐにフォンを見据える。
「聞いてたよな? フォン。俺はさ、すぐにでもスアロを医者に診せなきゃいけないんだ。だからさ、誰も死なせないために、そして、全てを守るために――」
彼は刀を持ち上げ、剣先をフォンに向ける。
「俺は! あんたを、倒す!!」
その時、サンの身に不思議な現象が起こった。彼の身を真っ赤な炎が覆い、それは、徐々に背中で形をなしていく。そして、緩やかな弧を描いていく火は、勢いを増し、大きな炎の翼へと変貌を遂げた。
「――きれい」
小さくそう言葉を発したのはクラウだ。もちろん彼女とて、この場でそんな言葉を発するべきではないのは分かっていた。
しかし、大きく真っ赤に煌めくサンの大きな翼には、そのような感想を抱かざるを得なかった。光を帯びて輝く彼の翼は、正に太陽そのものだったのだ。
「やっぱり、お前はアサヒの息子だよ。懐かしいなぁ、その炎の翼」
フォンは、少しの笑みを浮かべ、自らも大剣を構える。
「来いよ! フェニックス! 最後の戦いを始めるぞ!」
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