第4話 目の前の全部を守れるくらい強くなりたい

 ファルに慰められた後、午後の練習は通常通りに剣術を学び、サンたちはフォレスへ帰る準備をする。


 そんな3人に対して、ファルは声をかけた。


「あ、あと、前から言っていたと思うが、俺は今から少し遠出してくるからな。スアロ、サン。うちのことは、任せたぞ。お前らが頼りだからな」

「おうよ! 任せとけ!」

「うん、わかったよ」


威勢よく返事をするスアロ。そして、不安げに言葉に応じるサン。


 そんな二人の違いにファルはほんの少しだけ目を細める。


「いい返事だ。じゃあ行ってくるからな」


 そして、ファルを見送り、サン、スアロ、クラウの3人は帰途についた。


 太陽が沈み、周りがオレンジ色に染まる中、スアロが夕日を見ながら元気よく言葉を放つ。


「いやあ、でも楽しかったなぁ、今日の試合。どうだよ? サン。日輪。結構綺麗に決まったろ?」

「上手かったよ。あとさ、一応、俺木洩れ日繰り出したけど、あれはわざと隙作ってたの?」

「ああ、そうだな。なんか、そうした方がいい気がした」

「あ、あとさ、今日随分と連撃多かったのはさ。もしかして、二刀流の戦術も視野に入れてた?」

「うん。ファル先生がさ、一刀の型全部覚えたら、次二刀の型教えてくれるって言ってたから、そのつもりで連撃中心の組み立てしてみた」

「はあ、ずいぶんと才気あふれることで」


 自分の才能のなさに辟易するサン。そんな彼を見て、クラウが必死で言葉を探しサンに向かって伝える。


「でも、上手だったよ。サンの一照型。目で追えなかったもの」

「かわされてる時点でダメなんだって」


サンはため息をつきながら、クラウの言葉に、ファルに対して言ったことと同じ内容の発言を繰り返す。


 そんなサンに対し次に言葉をかけたのは、スアロだった。


「いやでも、マジで速かったぞ! ほら」


急にスアロが、自分の着ている服を託し上げ、脇腹を見せる。試合の時、サンの突きが掠めたところだ。よく見ると、確かに、赤く皮膚が擦れ火傷のようになっていた。


「本当はしっかりかわすつもりだったんだけどな。思ったより速くて当たっちまった。今でも結構痛いんだぜ」

「うわ、そうだったのか。ごめん」

「謝らせたいわけじゃねえよ。そんだけすごかったってこと。だって先生との打ち合いでは確か一回も成功させてなかっただろ? それを試合で急に形にできたのは才能だって!」

「そうか、ありがと。でもできればファル先生にかすらせるくらいにはなりたいな」


 きっとお世辞のつもりはないんだろう。サンはそう感じた。きっとスアロはスアロなりに自分を認めてくれていて、それをしっかり言葉にしてくれる。彼は自分をライバルとして認めてくれているのだ。でもそれを真っ直ぐに受け取るための自分に対する自信が、サンにはなかった。


「ねえ、サンがさ、剣術を続ける理由ってなんだったっけ?」


 唐突にクラウがそう尋ねてくる。


「なんだよ急に、昔言ったことあるだろ」

「お願い、聞かせて欲しいの。まあ、立志表明だと思って」


 少しだけ首を傾げながら、クラウは手を合わせてじっとサンのことを見る。


 相変わらずきれいな顔だな。そんな仕草と表情で迫られたら断われる男はいないだろうに。


 サンはそんな彼女から顔を逸らし、夕日を見つめながら、呟くように言う。


「誰も失いたくないんだよ。目の前の全部をさ、守れるくらい強くなりたい」


 それは、夢で何度も母を失っているサンの、心からの言葉だった。


一度行ったことをわざわざもう一度口にすることによって、サンは顔が燃えるように熱くなる。彼の頬は紅く染まっているが、きっとそれは夕日のせいではないだろう。


 しかし、こんな歯の浮くような台詞を浮かべても、クラウとスアロは決して笑うことはない。夕日の方を向くサンに、スアロののんびりとした声が響く。


「本当すごいよなあ、サンは。俺は、色々な技覚えられて嬉しいぐらいにしか思ってねぇよ!」


 そして、美しく透き通るような声、これはクラウだ。


「きっとさ、サンは大丈夫だよ。そんなに優しいサンならさ、きっと誰よりも強くなれる。なんだか、私、そんな気がするんだ」

「まあ、俺はサンには負ける気はないけどな。クラウはお前ばっかり贔屓するけど」

「違うよ、そんなんじゃないって! スアロも一番強くなれるよ!」

「おいなんだそれ? 一番の意味知ってるか?」


 サンの背中で軽口を叩き合う、幼馴染たち。サンは、そんな彼らの会話に思わず、笑顔を作りながら、彼らに言った。


「ははは。ありがとな。元気出たよ」


それはよかったと、笑顔を返すスアロとクラウ。サンはそのままかけがえのない幼馴染たちと一緒に、夕焼けの道を歩く。


 自分は恵まれているな、サンは思わず心の中でそう呟いた。確かにサンには両親はいない。けれども彼には、どこか暖かさを覚える料理の上手いおばさんと、目つきは悪いが世話焼きな先生。そして、最高のライバルと美人で心から優しいと思える幼馴染がいた。


 きっと自分には当たり前の存在がいなくとも、周りの人が喉から手が出るほど欲しがるような、そんな存在に自分は囲まれている。


 ――本当に誰も失いたくないな。


 だからこそ、サンがそれを強く願うのは、至極当然のことだった。



 帰り道も半分が過ぎ、3人が商店街に差し掛かる。ちょうどそんな時、サンが声を漏らした。


「あ、そうだった!」

「何? どうしたの? サン」


 クラウが、不思議そうにサンに目を向ける。


「いやちょっとだけ用事を思い出してさ、二人とも先行ってくれない? 1時間くらいで戻るから」

「また? 最近、時々この時間にいなくなるよね」


 すると、クラウの言葉を受けて、スアロは軽い冗談を口走る。


「あ、確かにそうじゃん。なんだよ、誰に会いに行くんだよ? 彼女か? まあ、個人のプライベートには口を出さないけどな」

「――え? サン。彼女できたの?」


 一瞬、クラウから殺気のようなものが放たれ、サンの背筋に悪寒が走る。


 時折こう言う話題になると、クラウはファル並みの剣気を、周りに走らせることがある。スアロはなぜかそれをあおるような真似をするのだが。


「いやいや、違うよ! 本当にちょっとした用事があるだけ。変なことはないって」

「――ほんとに? ちゃんと彼女ができたら教えてね。そのために私は陽天流を学んでるんだから……」

「おう! わかった! 暗くなりすぎる前に帰ってこいよ!」

「うん、ありがと。いってくる」


 クラウの殺気から逃れるように、サンは二人に手を振り、目的地に向かった。


 場所は、近所にあるもうすっかり使われていない空き家。


 もちろん、用事というのは、彼女に会うというようなそんな晴れやかなものではない。ただ、人に会うという点においては、あながち、間違いというわけではなかった。


 空き家の中からガサゴソと音がし、暗闇から獣人の影が見える。サンは、それに気付き、その影に声をかける。


「フォン! こんばんは。今日もきたよ」


 すると影は、どんどん近づいていき、柔らかな笑顔を浮かび上がらせて、サンに言葉を返す。


「おお、サン! また来たのか。夜も遅くなるからあまり通ってくんなって言ってるのによ」

「だってフォンの話聞きたいんだ。今日も色々と昔の話聞かせてよ」


 彼はフォン。立髪こそないが、本人曰くライオンの獣人らしい。一応、彼には、手足に鳥人にはない立派な爪があり、足の裏にも肉球のようなものがあったので、サンも特にそれを疑ってはいない。


 また、どうしてライオンの彼がここスカイルにいるかというと、グランディア地方から逃げてきたようである。どうやら、普通に生活している時に内戦に巻き込まれてしまったらしく、命からがら2ヶ月ほど前に、このスカイルへ逃亡してきたそうだ。


 今はここで身を隠して、グランディアの治安が回復するのを待っていると言う。


「全くしょうがないやつだなぁ、今日はなんの話が聞きたい?」

「そうだなぁ・・・・・・」


 一応サンも知らない人について行くと碌なことにならないという教育は受けてきている。また、彼には、鼻のあたりに大きな傷があり、そこらの一般獣人とは比較にならないほど顔が怖い。だからこそ、本来ならこんな素性のしれない獣人のもとを何度も通ったりはしない。


 しかし、フォンのところには、サンは、最低でも週に一回は通うようにしている。それはなぜかと言うと――。


「えっと、やっぱり母さんの話を聞きたいな」

「またアサヒの話か。まあ、あいつの息子なんだし仕方ないよな」


 フォンが、サンの知らない母の話をしてくれるからだ。


 彼曰く、サンの母であるアサヒは、かつて国中を旅していたらしい。そして、フォンはそのアサヒが旅をしている時に出会ったことがあるそうだ。


フォンと初めて会った時のことを、サンは今でもしっかりと覚えている。夜のランニングでこの辺りを通りかかった時、急に彼が『お前?! どうしてそのペンダントを?』と尋ねてきたのだ。


不審者に急に声をかけられ、逃げようとしたサンだったが、フォンが『自分はそのペンダントをしていた、君とよく似た女性に世話になったんだ。よければ話がしたい』と言われ、そこからサンの母親と思われる『アサヒ』という女性の話を聞くようになった。


「アサヒはな、本当にすごい女性だったんだよ。苦しんでいる人は絶対に見捨てず、間違っていることは絶対に許さない。そんな真っ直ぐなヤツだった」


 フォンは、天井を見上げながら、どこか嬉しそうにそう語った。きっと、フォンにとってアサヒという女性は、本当に尊敬に値する獣人なのだろう。自分の母親らしき存在が、誰かにそれほど慕われているというのは、サンにとって、何故だかとてもくすぐったいことだった。


「それは前にも聞いたよ。それで母さんは、なんで旅に出てたんだっけ?」

「それこそ、前にも言ったろ。アサヒはな、昔いた神って存在と戦いに行ったんだよ。俺たち獣人は神に差別されていたから、その関係を改善するためにな。そういった意味でもアサヒは俺ら獣人にとって太陽みたいな存在だった」

「そう、そこが嘘っぽいんだよなぁ。なんなんだよ神って。そんなの、俺は他の大人たちにも聞いたことないのに」

「まあ、お前らの世代はそうなんだろうな」


 フォンは、心の中から何かを吐き出すように、ため息混じりにそう語った。


 『神』。時折フォンとの会話にはそんな言葉が登場する。正直その存在をサンは聞いたことはないし、大人たちにもそんな話を聞かされたことはない。


 とはいえ、フォンが嘘を言っているとも思えないので、当時権力のあった獣人たちに『神』という呼称が付いていたのかもと思い、とりあえずサンはその話に納得している。


「でもさ、当時母さんと一緒に旅するメンバーにはファル先生もいたらしいし、しかも母さんは昔ファル先生より強かったんだろ? そんな獣人たちが苦戦するほど、その神っていうのは強かったの?」


 ちなみに、サンには、フォンの話を聞いて母のことと同じくらい驚いたことが一つある。それは今言った通り、ファル先生もまた、サンの母親と一緒に旅をしていたことだ。


 フォレスには一つだけ絶対に破ってはいけない規則がある。それは、フォレスに預けられる前の話はしないこと。なぜなら他の預けられた子どもが、昔の両親のことや暗い記憶を思い出してしまうからだ。


 だからきっとファルはこのことサンに話さなかったのだろうし、サンもまた、フォンと出会ったことファルに話していない。


 しかし、まさかそのファルよりも当時の自分の母親の方が強かったという話は、フォンから聞いて腰を抜かしそうになった。


 ファル先生は、サンの知る限り、このスカイル一番の最強の剣士だ。そんな彼より高い実力を持っていたなんて、一体自分の母親はどれほど才気に満ちた人だったのだろう。 


「まあ、確かに奴らは強かったな。でもな、サン。ファルだって、別に、昔からめちゃくちゃ強かったわけじゃないんだぜ。そしてそれは、お前の母親にしたってそうだ。あいつらはみんなさ、成し遂げたい思いや守りたいものがあって、それのために努力したから誰にも負けない強さを手に入れたんだよ」


フォンは、豪快な笑顔を見せて、諭すようにそうサンに語った。もし自分に叔父という存在がいるのだとしたら、こんな感じなのだろう。


「そっか・・・・・・」


 サンは、彼の言葉を聞いて、それを噛み締めるように言葉をこぼした。そして顔を上げ、フォンに真剣な眼差しを向ける。


「ねぇ、フォン。俺もなれるかな。母さんやファル先生みたいに、強い獣人に」


すると、フォンは、サンに対して、晴れやかな笑顔を向けた。


「馬鹿だなぁ。なれるに決まってるだろ。お前はみんなを守るために強くなりたいんだろ? その覚悟を持ったお前が強くならないわけがないさ。そして、なによりもお前はさ。あのアサヒの息子だ。だから、なれるよ。絶対」


 力強い言葉だった。心の底からサンが強くなることを疑っていない、そんな言葉だった。


「ありがと、俺、強くなるよ。母さんを越えられるくらい」

「お、デカくでたな。頑張れよ。応援してる


 きっと強くなろう。サンは強く決意した。ファル先生に、クラウに、スアロに、そして、いつかグランディアに帰るかもしれないフォンに、必ず強くなった自分の姿を見せよう。そう、彼はここに確かに決意したのだ。


 しかし、サンはまだ知らなかった。いつかではなくまさに今日のうちに、彼の強さが必要な瞬間が訪れるということを。

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