24 ギチギチアイドル衣装
タクシーはマンションに辿り着いた。
疲れてグッタリしてるリノちゃんをおんぶし、部屋まで運ぶ。
その彼女の弱りようと来たら。
僕におんぶをされるがままで、僕にセクハラも出来ない弱りよう。
ガチャ
「はい、リノちゃんの部屋に到着ー。ベッドでねんねちまちょーねー」
「やーだー、このままおんぶー」
「幼児退行してる……疲れで脳になんらかの影響が……これは重症だ」
「ばぶー」
「シノさん、彼女におっぱいを」
「早くその子をベッドに放り捨てて下さい」
「おにーちゃんのおっぱいがいー」
「ごめんよ、まだ出ないんだ」
「今後も出ないでしょう」
しがみつくリノちゃんを引き剥がし、ベッドに寝かせる。
抵抗するほどの力も無く、彼女は「うー」と文句を垂れながらベッドに寝転んだ。
「制服にシワがつくよー。お兄ちゃん着替えさせてー」
「後で私が着替えさせますので今は休んでなさい。これから消化に良い物を作りますので、食べた後は身体を拭いて歯磨き。そういう流れで行きます」
「堅苦しいなー。てかお風呂は入りたーい」
「ダメです。兎に角、そのまま目を閉じてるだけでも良いので休んでなさい。スマホをいじるのも禁止、没収します。貴方も、行きますよ」
「えー。せめてお兄ちゃんは置いてけよー」
「彼は最もこの場に居てはならぬ人物です」
「だ、そうなんで僕も行くぜ。じゃーなっ」
「お兄ちゃあーん」
ガチャ
リノちゃんの部屋を出る僕達。
「……すいません」
「なにが?」
「貴方はなにも悪くないのに、原因のような言い方を……」
「してたっけ? 別に気にしてないよ。さっ、お粥でも作ろうぜお粥っ」
「……作り方を教えて下さい」
なんて健気なんだろうね、このお姉ちゃんは。
その後、僕らはキッチンに立ち、夕食作りを始める。
リノちゃんには栄養と消化を考慮し野菜や魚を入れた五目中華粥と手作りフルーツゼリー(朝に作った)を……僕らが食べる分は、その五目粥にプラスして麻婆豆腐だ。
指示をすれば、シノさんはテキパキ動いてくれる。
ここ数日で、随分慣れたものだ。
流石、理解出来るものは覚えるのも早いね。
もう独り立ち出来るよ。
「……あの子は、元々、身体の強い子では無くって」
調理に関する会話をしていた僕達だったが、ふと、作業の手が空いたタイミングで、唐突に、シノさんはそんな話を始める。
「まぁ、病弱設定は解釈一致かな」
「成長していくにつれ、だいぶ改善していったのですがね。かと言って、思い切りスポーツが出来るほどの体力があるという事も無くって」
「ああ、だからアイドル時代、ダンス踊ってなかったのね」
「いえ、それはただのサボりです。ライブ中のギターやピアノの演奏だって、体力を使うでしょう?」
「それはそう」
僕はポケットからスマホを取り出し、動画サイトを開き、シノリノのライブ映像を再生。
歌って踊るシノさんの後ろで、ヘビメタバンドのようにノリノリでギターを弾くリノちゃん。
ヘドバンするたびに汗が飛んでるから、やはり重労働なのだろう。
「み、見ないで下さい……」
「ふふ、懐かしい。久し振りに、君のアイドル衣装を間近で見たいなぁ」
「そこまで昔の話でも……そも、貴方の前で着た事などないでしょう。ライブに来た事もありませんよね?」
「んー? そうそう。お母さんはな、昔アイドルだったんだ」
「誰と会話してるんですか……お、お母さんって……」
「実際、部屋に残ってたりするの? アイドル衣装」
「……まぁ、数着は。もうサイズは(短期間で身体が女性らしく成長したので)合わないでしょうが」
「『それ』がいいんだろう?」
「私にサイズ違いの衣装を着せて何をしたいんですか……」
ギチギチと衣装が悲鳴上げてる様とその時の恥じらう顔が良いんじゃないか。
「で……リノちゃんが倒れた理由は、やはり無理をしたから、って事?」
「急に話を戻して…………ええ、恐らくは。『貴方が来て』ここ数日は、特に。普段動かない子が、常に全力疾走していたようなものです」
「そりゃあ大変だ。気が緩んだ瞬間、一気に疲労が襲ったんだろう。僕のマッサージが気持ち良すぎたから……!」
「何をしてたんですか……」
しかし、これは真剣に考えねばならぬ問題だ。
「つまり、やはり原因は僕という事じゃないか。僕が側にいるだけで、彼女のその身はゴリゴリと削れていくんだ」
「……それは、否定しません。あの子自身の『心』に、『身体』がついていけてないとも言えます」
頷くシノさん。
「ですが……あの子は、その身よりも、貴方と共に居る事を選ぶでしょう。なので、気にしないで下さい」
「とても姉のセリフとは思えないね。普通は『妹に近付くな』と釘を刺さない?」
「未だ我々を普通の姉妹と思っているんですか」
シノさんはコンロの火を止め、麻婆豆腐の入ったフライパンに胡麻油をひと回しし、
「例え引き剥がそうと、あの子は引き下がりません。例え寿命の半分が削れようと、あの子は躊躇しません」
例え……
「倒れたのが私の方だったとしても、あの子は私の気持ちを、同じように代弁するでしょう」
「強情だねぇ」
それ以外見えていない。
それ以外見る気がない。
まるで盲目だ。
「まぁ、実際の所、これは大した問題でも無いでしょう。深刻に考える話でもありません。共同生活を始めたばかりの今だけの問題です。貴方との生活に慣れれば、あの子の身も順応します」
「だと良いけどねぇ……っと。そうこうしてる間に、ご飯、出来たね」
「持って行きましょう」
トレーに五目粥とゼリーをのせ、リノちゃんの部屋の前に。
「寝てたらどうする?」
「起きた時に連絡するよう、スマホとメモを枕元に置いておきましょう。(トントン)……リノ、入りますよ」
ガチャ
「…………んぁ?」
仰向けにベッドに寝ていたリノちゃんが、ワンテンポ遅れて、こちらを見る。
「リノちゃん、寝てたー?」
「んー……半々ー」
「二度寝出来そう? 食欲ないならご飯は後でもいいよ」
「んー……お兄ちゃんが『あーん』してくれるんなら食えるー」
「相変わらずな妹ですね。まぁ、今だけ我儘を許しましょう」
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