Truth Voice

U朔

亀裂とその価値

「ワンツー、ワンツースリーハイ」

指揮者の声に合わせ、僕たちは歌を歌う。声の出なくなるその時まで。この有限の声を、少しでも多くの人に届けるために。


 午後五時。僕は、指揮者でもある社長に呼び出されていた。呼び出されるのはいつぶりだろうか。期待と緊張を胸に、社長室のドアをノックする。

「失礼します、高坂優音です」

「入れ」

淡白な返事が返ってくると、社長室の中へ入っていった。


「君は、今日を以てこの合唱団から抜けてもらう。今日中に荷物をまとめて、出て行ってくれ。分かったな?」

社長は冷たい声で言った。

「いや・・・でも、まだ声も出ます。それに明日のコンサート、僕がパートリーダーなのに・・。十年も前から必死に頑張って、ようやく手にした初めてのパートリーダーなのに・・・」

涙を堪えるのが、精一杯だった。

「この団に、ソプラノ以外の音は不要なんだ。分かったら出て行ってくれ。俺は忙しいからな」

どうして、どうして、この声のせいで僕は・・・。


 家に帰るのは正月以来十一ヶ月ぶりだ。合唱団では、夜遅くまで練習するため、団員の入寮が義務づけられていた。そのため、家に帰れるのは正月の三日間だけだ。

「ただいま・・・」

玄関を開けると、母さんが立っていた。

「お帰り、それとお疲れ様。優音」


自分の部屋に入ると、机の上に一通の手紙が置かれていた。

〈高坂優音様

  十年間という長く貴重な時間を、私に預けていただきありがとうございます。急な事の運びとなってしまい、大変申し訳なく思っています。ですが、優音はもう十五歳。すぐに声変わりが始まることでしょう。変声期に無理をすると、今後に悪影響を与えてしまうであろうと考え、退団していただくという決断をいたしました。もし、これからも歌を続けていくのであれば、裏面に載っている高校に行ってみてください。私の教え子たちが、教員をしている学校です。良い相談相手になることでしょう。最後に、あなたは私の教え子の中で、一番綺麗な歌声の持ち主でしたよ。

                                社長〉

手紙の裏を見ると、高校名とURLが一つずつ載っていた。そこは、音楽科のない普通の男子校で偏差値もそこそこ。正直、社長がどうしてこの学校をオススメしてきたのか、よく分からない。次に、URLを調べてみる。どうやら、合唱部の動画らしい。特に期待もせずに、その動画を見る。今まで僕がやってきたソプラノ合唱とは真逆の、低い声での合唱。一瞬で落ち込んでいた気持ちが、ワクワクに変わった。そして、未完成の声で歌い始めた。動画で歌っていた曲。それは、明日僕が歌うはずの曲だった。

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