霧の樹海
王都から馬車に乗って移動する。
目的地は霧の樹海。
馬車の中でイオナがこんなことを言ってくる。
「王都に来たときもそうだけど、わざわざ馬車で移動するのね。あたしがみんなを乗せて飛んでもいいけど?」
「それだと竜が街の近くに来ていると思われて、下手をしたら騎士団や冒険者から攻撃されるかもしれない」
「あ、そういうことね」
緊急の場合はともかく、極力誤解を招くような行動は避けたいところだ。
イオナほど強力な召喚獣と契約している<召喚士>は他にいないはずなので、なにも知らない人間からすればイオナは野生の魔物に見えてしまうはずだ。
「イオナの気持ちは嬉しいが、イオナに無駄に怪我なんてさせたくないからな」
「……そ、そう。ふーん。そういうことね」
「あ、イオナ嬉しそう!」
「ふふ、そうですね。とても幸せそうです」
「そこの二人、余計なこと言ってると馬車から落とすわよ」
シルとセフィラの言葉にイオナは低い声で唸るが、顔が赤いので迫力はほとんどない。むしろ微笑ましいくらいだ。
そんな会話をしながら馬車で移動すること数日、霧の樹海最寄りの村である『ライモル村』に到着した。
ここで宿を取り、準備を整えてから霧の樹海に向かうのだ。
「まずは冒険者ギルドに向かいますか?」
「そうだな。情報が欲しいし」
セフィラとそんなやり取りを交えつつ、この村にもある冒険者ギルドの支部を目指す。
霧の樹海に出現する魔物や地形の情報などを確認するためだ。初めての場所に行くときは、こういった情報収集が重要になる。
ふむ、魔物は植物系や獣系が多いのか。
地形は……かなり広いな。
冒険者ギルドの資料によれば、霧の森は外周部と中心部という二層構造になっている。外周部の魔物は弱いが中心部に行くほど魔物の強さは上がっていく。
これは中心部には魔物の好む魔力の濃い空気が充満しているためで、生存競争に負けた種族から外部に流れた結果のようだ。
また中心部のもう一つの特徴として、常に濃い霧がかかっているそうだ。
昼でも視界が晴れないせいで、迷ったまま戻らなくなる冒険者が後を絶たないとかか。
まあ、この点はうちにはシルがいるから問題ないな。
道に迷うという事態がそもそも有り得ない。
「ロイ、これ見て」
イオナがソルフ草の情報が載る資料を見つけてきた。
「『ソルフ草は中心部にしか生えない』か」
「中心部ってことは、霧の中に突っ込まなきゃいけないってことだよね? 面白そう!」
「遊びじゃないからな」
目を輝かせるシルには釘を刺しておく。危険地帯でまで好奇心を爆発させてると危ないことになるぞ。
そんな感じで情報収集をしていると、ギルド職員が話しかけてきた。
「皆さんは霧の樹海に行くのですか?」
「そのつもりです」
「では、気を付けてください」
気を付ける? 一体なににだろう?
「今、あの森では新種の魔物が現れるようになっています。すでに冒険者が何人も犠牲になっているようでして……」
新種の魔物ということは、資料に載っていない魔物ということだろうか?
「どんな魔物か詳しく教えてもらえますか」
俺はギルド職員からその新種の魔物とやらの話をさらに聞き、その会話が終わったところで冒険者ギルドを後にした。
霧のかかった森に、新種の魔物。
今回の探索も一筋縄じゃいかなさそうだな。
準備を整えて霧の樹海へと向かう。
『ギシャアアアアアア!』
「いきなりか……」
入った途端に魔物に襲撃された。
『エッジウィーザル』。
虎ほどの大きさがあるイタチの魔物だ。すばしっこく、腕には刃のような尖ったトゲがいくつも生えている。
「はやーい!」
「こんなスピードで動き回られたら捕まえられないわよ……」
シルとイオナが口々に言う。
「ロイ様、ここは私にお任せを」
「いけるのか、セフィラ?」
「はい。森の中での戦いなら望むところです。【プラントバインド】」
『ギィッ!?』
セフィラが唱えた魔術により、周囲に生えていた木々から伸びる蔓が蛇のように動いてエッジウィーザルを捕まえた。
「【ライトニング】!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアア!』
動きを止めたエッジウィーザルを雷撃であっさり始末するセフィラ。
「セフィラつよーい!」
「なによ、やるじゃない!」
「植物を扱う魔術は、エルフのお家芸のようなものですから」
シルとイオナの喝采を受けて、セフィラは控えめに微笑んだ。
「本当にすごいな。俺が手を出す暇もなかった」
「あ、ありがとうございます。……それで、その」
「どうした?」
セフィラが言葉を探すように視線をさまよわせている。それから遠慮がちに俺を見上げてきた。
「し、シル様やイオナ様のように、私も頭を撫でていただけませんか……?」
うぐ、と俺の喉から変な音が鳴る。
「……あ、ああ、もちろん」
「本当ですか? 嬉しいです!」
美しい顔立ちを心からの笑みで彩りながら、セフィラがいそいそと俺の手の届くところまで近づいてくる。
俺はどきどきする心臓をおさえながらセフィラの髪を撫でる。
つやつやの髪はまるで絹糸のように撫で心地がいい。
……やっぱりセフィラに触れるのは緊張する。
なぜだ。別にセフィラの頭を撫でるのは初めてじゃないはずなのに。
「……ふふ」
「な、なんで笑うんだ」
「幸せだと思っただけです。私、ロイ様に触れられていると心が温かくなります」
そう言って心地よさそうに目を細めるセフィラ。その気になれば俺が抱きしめられるような距離なのに、まったく警戒していないように体の力を抜いている。
それが俺に対する信頼の大きさを表しているようで、むずがゆい気持ちになる。
いや、理由はわかる。
エルフの里で迫害されていたセフィラにとって、俺たちは新たにできた家族のようなものだ。愛情を注がれなかったセフィラが触れ合いを求めるのも理解できる。
うん、そういうことだ。
だからいい加減に鎮まれ俺の心臓。
「も、もういいだろ。いつまでもじっとしていると危ないしな」
撫でるのを中断してセフィラの頭から手を離す。
「そうですね。ありがとうございます、ワガママを聞いていただいて」
「別にワガママってほどじゃないだろ」
「……では、またお願いしてもいいですか?」
「たまにならな」
しょっちゅうセフィラに触れていたら俺の方がきつい。色々と。
「セフィラいいな~~~~私もロイに撫でられたい!」
「次の魔物はあたしが倒すわ。シル、サーチ急ぎなさい!」
「別に俺たち魔物を倒しに来てるわけじゃないからな?」
目的を見失いつつある二人にそう言いつつ、俺たちは再び霧の樹海を移動するのだった。
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