セフィラの過去

 支部長とのいざこざがあったあと、シルとイオナを回収して宿に向かう。


 借りたのは二部屋だ。その都合上、誰か俺と同じ部屋になる。シルかイオナが希望してくれるので、いつもはそうしているんだが……この日は、セフィラが手を挙げた。


「今日は私がロイ様と同じ部屋に。どうしても、ロイ様にお話したいことがあるんです」

「シルたちが一緒じゃ駄目なのか?」

「駄目ということはありませんが……先に、ロイ様に聞いていただきたいです」


 セフィラが自己主張するのは珍しい。


「んー……ロイと一緒の部屋じゃないのは残念だけど、仕方ないね」

「あ、明日は代わりなさいよ!」


 シルとイオナは納得してくれた。

 というわけで今日の部屋割りは俺とセフィラ、シルとイオナという分け方になった。

 ……いや、何もしなければ問題ない。自然体でいこう。


 夕食後、部屋に戻ってお互いのベッドに腰かける。


「……それでセフィラ、話って?」

「私のことです。黙っているのは、ロイ様に対して失礼な気がして」


 セフィラは前髪を上げ、普段隠している目を見せてくる。


 青の瞳と、緑の瞳。どちらも宝石のように綺麗だ。


「私はエルフの里で、十年以上軟禁されていました」

「軟禁?」


 ずいぶん物騒な単語が出て聞たな。


「座敷牢に閉じ込められ、粗末な食事を与えられ、拷問まがいのことも毎日のようにされました。それはすべて、私が色違いの目を持つ忌み子だったからです」


 セフィラは過去のことを話した。


 エルフの里の中には共通認識がある。


 それは『左右色違いの目を持つ者は災いをもたらす』ということだ。


 なぜそんな常識があるのかはわからない。

 しかし、エルフたちはその伝承を頑なに信じている。


「私は族長の娘として生まれましたが、それもよくありませんでした。私を次期族長とするため、里のエルフたちは私を『治療』しようとしました」

「治療って、目の色を変えるってことか?」

「そうです。具体的には――短剣で目を潰され、魔術で治されました」

「……は? な、何だよそれ」


 どうしてそんなことが治療になるのかわからない。


「エルフの里では、色違いの目には罪があり、それをえぐり取ることで罪を洗い流すことができるとされていたんです」


 何度やっても目の色は変わりませんでしたが、とセフィラは無感情に言う。


「私はやがて汚い存在として、両親によって人間の奴隷商人に売られました。里に置いておきたくなかったんでしょう。色違いの目を持つ娘なんて、風聞が悪くなりますから」


 両親に売られた? そんな理由で?


「――ふざけてる」


 俺は思わずつぶやいた。


 セフィラは何も悪いことをしていない。なのにどうしてそこまでひどいことができるんだ。

 腹が熱くなるほどの怒りを覚える。


「……ありがとうございます、ロイ様」

「何がだよ」

「私なんかのために怒ってくださって、とても嬉しいです。それに今は、もうそんなことはどうでもよくなってしまいました」


 セフィラは笑っていた。

 こんな境遇を語ったあとなのに。


「私は奴隷になり、色々なことがどうでもよくなっていました。そんな中、ロイ様に救われました」


 足を治してくれた。

 美味しいものを食べさせてくれた。

 自分を庇ってくれた。


 そんなふうにされたことはなかったと、セフィラは告げる。


「一番嬉しかったのは、ロイ様が『目の色が違うなんて大したことじゃない』と言ってくださったことです。私はずっと、誰かにそう言って欲しかったんです」


 そういえば支部長に対してそう言ったとき、セフィラは驚いたように固まっていた。

 あれはそういう理由だったのか。


 俺からすれば当然の理屈でも、セフィラにとってはそうじゃなかったんだろう。


「なので、私はロイ様にお礼がしたいと考えています」


 お礼?


 セフィラはベッドから立ち上がり、服の裾に手をかける。そしてごく自然な仕草でそれを脱いでしまった。


 ふるん、とセフィラの大きく形のいい胸が揺れた。


 左右に揺れる二つの柔らかそうなかたまりに、俺は視線を吸い寄せられる。

 さらにセフィラは自らの下衣にも手をかける。


「ちょっ、待て待て待て待て!」


 俺は混乱して叫んだ。セフィラは一体なぜ服を脱いでるんだ!?


「ロイ様に、お礼がしたいんです」


 セフィラはもう一度言った。

 お礼。さすがにその意味はわかる。


 まさか俺と相部屋になったのはこのためか!?


 服を脱いだセフィラは俺のもとまでやってきて、ぎしり、と俺の足の横に膝を立てる。

 セフィラの表情には赤みが差していて、セフィラのほうも羞恥心を感じていることがわかる。


 それでも止まらずセフィラは俺の胸元を指でなぞった。


「……ッ」


 セフィラの呼吸が聞こえるほど近くなった距離に、心臓が痛いくらい跳ねた。


「わ、私は経験はありませんが、手ほどきは受けています。ロイ様には、私で気持ちよくなってほしいです」

「き、気持ちよくって……」

「私はロイ様のものです。だから、好きにしてくださっていいんです」


 耳元でささやかれる。

 頭がくらくらする。


「俺は、気まぐれで助けただけだ」

「それでもいいんです。私はロイ様のことが大好きになりました。私は今、自分の意志でこうしています」


 セフィラは不安そうに瞳を揺らし、こうつぶやいた。


「それとも……私は、ロイ様にとって魅力がありませんか?」

「そんなわけないだろ!」


 だったらこんなに苦しい思いをしてない!

 俺が言うと、セフィラはぱあっと表情を明るくした。


「嬉しいです」


 そう言ってセフィラは体を寄せてくる。滑らかな肌と柔らかく弾力のある胸が押し付けられ、俺の胸板と触れ合う。


「――、」


 ここで俺の理性が飛んだ。

 これで耐えられるやつはもう男じゃない。


 と。


「……ん?」

「「あ」」


 なんか扉の向こうの誰かと視線が合った。


 扉がゆっくり開いて覗きをしていた相手の姿が現れる。


 シルとイオナだった。

 どうやら鍵を閉め忘れ、そしてセフィラの「話」が気になったシルたちは聞き耳を立てていたらしい。


「わ、私たちのことは気にしなくていいよ?」

「するに決まってるだろうが!」


 俺はシルにそう突っ込み、セフィラとの妙な空気は消滅するのだった。

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