奴隷商人イルブス

「ジュード……! あの役立たず! 何をどうしたら<召喚士>ごときに元Aランク冒険者が負けるというのですか!」


 冒険者ギルド・アルムの街支部の一室で支部長ネイルは怒り狂っていた。


 グレフの村でジュードがロイに敗れたことはすでに知っている。グレフ村からやってきた冒険者が、ギルドでそう言いふらしていたからだ。


 半死半生のロイをいたぶるつもりが台無しだ。


 しかも今回はそれだけで済まない。


「あの馬鹿め、せっかく競り落とした奴隷の引換券までロイに奪われるとは……! あんな素晴らしい商品、もう二度と出ないかもしれないというのに……ッッ!」


 ネイルがジュードに依頼し、闇市で手に入れさせた奴隷。

 それは世にも珍しいものなのだ。


 それを愛でる瞬間を夢見ていたというのに、そっちまでご破算になった。

 最悪だ。


「すべてロイ、貴様のせいだ! 絶対に許さん! 次にこの街に来た時が最後だと思いなさい! うきィいいいいいいいいいいいいいいッ!」


 あまりの悔しさに奇声を上げながらネイルは吠えるのだった。





 イルブスの連れてきた奴隷は、村の外の馬車に閉じ込めてあるらしい。


 違法奴隷を運んでいるのがバレたらイルブスは即お縄だし、妥当だろう。


 その馬車に案内される途中、俺は尋ねた。


「この国で奴隷って違法なのに売っていいのか?」

「違法でも需要があれば商売は成り立つのですよ。というか法を作っている側の貴族の方々にこそ需要がありましてねえ。毎度闇市は大盛況ですよ」


 公然の秘密、というやつだ。

 まあ、貴族が奴隷を買っているというのは俺も噂で聞いていたし、別に驚かない。


「なんで俺の居場所がわかった?」

「引換券には特殊なインクが使われています。引き渡しのためにわかりにくい場所を指定されても安心でございます」

「奴隷を買ったのは俺じゃないぞ」

「闇市ではもともと顔を隠して売り買いが基本。引き取り人の顔なんて、どうでもいいことです」


 どうやら金と商品が最終的に交換できていれば良し、という考え方らしい。


「……お前、人さらいとかしてないだろうな?」

「ご安心ください。うちは家族に売られた者、自ら身売りした者のみを扱うクリーンな奴隷商でございます」


 奴隷商にクリーンも何もないだろう。


 奴隷は違法とはなっているが、実際貧しい人にとっては最後の希望という面もある。

 いい主人のもとに行けば給金をもらえたり、それによって自分を買って解放することもできる。


 仕入れ方に問題がないなら、俺がどうこう言うべきじゃないか。


「到着でございます」


 イルブスの馬車までやってきた。


「普通の馬車だね」

「そうね。どんな悪趣味なものかと思ってたら」


 シルとイオナが口々にそんなことを言う。


 目の前にあるのは一見ごく普通の馬車だ。

 しかしよく見ると荷台を隠す外皮は風を受けても微動だにしない。

 中が見えないよう、よっぽど強く固定されているようだ。


「それではお見せしましょう! これがわたくしども自慢の商品です!」


 イルブスがそう言い荷台の外皮を外す。


 荷台は厳重な鉄の檻に改造されており、中には一人の女性がいた。


 その人物を見て、俺は目を奪われた。


(……自慢の商品、か。なるほど)


 檻の中にいたのは凄まじいほどの美人だった。


 白磁の肌は陶器のように滑らかで、体つきは芸術品と見まごうほど完璧かつ女性的に整っている。サラサラの長い髪は美しい金髪の下には、左右色違いの瞳が覗いている。


 しかし何より特徴的なのは、長くとがった形状の耳だ。


「……もしかしてエルフか?」

「その通りでございます」


 エルフは美しく、魔術に秀でる人種だが、他の民族に排他的であり滅多に隠れ里から出てこない。

 当然俺も生まれて初めて見た。


「ではさっそく取引といきましょう。引換券と代金をお渡しください」

「あ、すまない。俺はこの引換券の本来の持ち主じゃないんだ」

「はい?」

「これは黒鉄のジュード、って冒険者の落とし物だ。だから、俺は奴隷の取引はしない」


 流れでここまで来てしまったが、別に俺は違法奴隷の所有者になりたいわけではない。


 そう言うと、イルブスはスッと目を細めた。


「……困りますねえ、そういうのは。うちも遊びじゃないんですよ。いいからさっさと料金を出してください」

「しつこいな。人違いだって言ってるだろ」

「そんなもの我々の知ったことではありません。払うつもりがないなら、強制的に取り立てるしかないですね。――おい、出てこい!」


 イルブスが指を鳴らすと、馬車の周囲の木陰から続々と屈強な男たちが出てくる。

 どうやら手下を周囲の森に潜ませていたらしい。


 イルブスはニタニタと笑いながら言う。


「後ろの女性二人、素晴らしい上玉ですよ! その二人とうちの商品、交換といきましょう。嫌だというなら、力づくになりますが?」


 金を払え、嫌ならシルとイオナを引き渡せ、か。


 応じるわけがないだろう。どんな思考回路をしているのか理解に苦しむ。


「シル、イオナ、やるぞ!」

「うん!」

「あたしを商品にしようっての? いい度胸してるじゃない」


 そしてシルを構えた俺、イオナは屈強な男たちと戦い――



「「「すいませんっしたぁああああああ!」」」



 十秒で決着がついた。

 全身ボロボロになった男たちとイルブスは俺たちに向かって平伏している。


 ……まあ、ジュードみたいな化け物ならともかく、今更こんなごろつき程度じゃなあ。


「私たちの勝ちだね!」

「当然の結果ね」


 シルとイオナが勝ち誇った声を上げている。

 それで、ここからどうするかな。

 俺はエルフの女性を見た。


「……」


 見た目は俺と同い年くらいだろうか。

 左右色違いの瞳は、俺の視線に気付いて目を合わせてくる。


 瞳に浮かぶ表情は、まったくの無。


 まるで世界のすべてがどうでもいいというような目だった。

 そしてそれに俺は既視感があった。


(……昔の俺を見てるみたいだ)


 十年近く前、親と故郷をなくし、スラムで暮らしていた頃の俺と。


 そう思うと、なんだか急に放っておけない気分になってきた。


 まだ平伏しているイルブスに尋ねる。


「このエルフ、俺が買わなかったらどうなるんだ?」

「そうですね、エルフを欲しがる貴族は多いですから……闇市でぎりぎり競り落とせなかった方あたりにお売りすることになるかと」

「その貴族は奴隷を大切にするタイプか?」

「性欲のはけ口にして、壊れたら捨てるタイプでございます。発狂するまでもって三か月といったところでしょう」

「……!」


 びくり、とエルフの方が震えた。さすがに恐怖を感じたらしい。


 さすがにそれを聞いて放置するのは寝覚めが悪い。

 俺は決めた。


「わかった。この奴隷は俺が買う」


 まあ、買うといってもすぐに解放するつもりだが。

 イルブスが愕然と目を見開いた。


「では、一体なぜわたくしどもはボコボコにされたのでしょう……!?」


 それはお前らがシルとイオナに手を出そうとしたのが悪い。


「それでいくらだ?」

「いえ、まあ、いいんですがね。ええ。値段は三億ユールでごさいます」

「三億!?」


 なんだそのバカみたいな額は!


「ロイ、それってどのくらいの値段なの?」

「人生八回くらい遊んで暮らせるレベルだ」

「とんでもないわね……」


 シルの質問に答えると、イオナがもはや呆れたような顔になっていた。


「この美しさに加え、エルフですよ? 当然です。ぼったくりなど誓ってしておりません」


 イルブスの表情は嘘を吐いてるようには見えない。

 仕方ないか……


「わかった。それじゃ、イルブス」

「はい」

「金額をまけるか、もう一度俺たちと戦うか選んでくれ」


 仕方ない。ここは物理攻撃もありの交渉で何とかしよう。


 イルブスは気丈にも笑みを浮かべた。


「はっ、そんな脅しに屈するとでも? 裏社会の人間を舐めないでくださいね!」

「イオナ、上に向かってブレスだ」

「仕方ないわね(キュボッ――ゴオオオオオオオオオッッ)」

「「「!?!?!?」」」


 イルブスとその部下たちが驚愕のあまり絶句した。

 さて、それじゃあもう一度だ。


「それでイルブス。本気の俺たちともう一度戦うか、金額をまけるか選んでくれ」

「このイルブス、全力で値引きさせていただきますうううううううう!」


 話のわかる奴隷商人で何よりだ。




 最終的にあの金髪エルフ奴隷の値段は二億ユールになった。


 それ以上の値引きは不可能です、とイルブスが泣きながら首を横に振った額からさらに二千万引かせたので、多分本当にこれが限界なんだろう。


 代わりに半月の猶予期間をもぎとった。

 俺たちはあの奴隷を買うために、半月で二億ユール稼がなくてはならない。


「悪かったな、勝手に決めて」


 イルブスたちと別れて宿に戻ってから、俺はシルとイオナに謝った。


「なんで? ロイは私たちのご主人様なんだから、勝手に決めていいんだよ!」

「そういうこと。どんな道だって、喜んでついていくわ」


 二人の返事からは絶大な信頼を感じる。

 そんなふうに言ってもらえることはとても嬉しい。


「でも、すごい額を稼がなきゃいけないんでしょ? どうするの?」

「やるだけやってみる。そのために、シル、今回はお前にかなり頑張ってもらわなくちゃならない」

「私?」

「とりあえず、冒険者ギルドに行こう」


 俺は二人にそう提案するのだった。

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