第57話 修練①

 学園の森 最奥


「ここは…」

 アーシェたちは冥王に森の奥まで連れられて来た。ここで何をするのか、生徒たちは不思議に思う。


「この木に用があるんですよねえ。」


「でっかい木…」

 サラが木を見上げながらつぶやく。木漏れ日が降り注ぎ、神聖ささえ感じる。冥王がこんなところに自分たちを連れて来ることを意外に思ったのは、サラだけではない。

 そして、サラは冥王の傍に侍るガイコツに視線が向く。


 --アンデッドは浄化されるんじゃね?


 しかし、ガイコツは平然としている。太陽の下でも特に問題なく過ごしているので、まさかとは思ったが…


「ボソッ…まさかとは思うけど、『属性無効』なんて持ってないよね?」

 サラは隣のシンに尋ねる。


「持っているかも…一昨日『魔王であっても倒すことはできない』というのが本当なら、あり得るよ…」


『属性無効』とは、地水火風雷光闇の属性魔法、属性攻撃を無効にするスキルで、『妖精王ニヴィアン』が有しているとされるスキルだ。


「ボソッ…ヒョヒョヒョ…それについては、貴様たちのレベルでは『属性無効』と変わらない、とだけ言っておこうか。

 では、冥王様のお言葉を傾聴するがいい!」


 ガイコツに言われたサラとシンは慌てて冥王の方を見る。




「ホホホ。ヘクトール開校から数多の生徒たちを見守り続けた木…。とてもいい木ですねえ。アナタ達を歓迎していますよ。

 ここなら、ワタシがやろうとしている修練も良い効果が得られるでしょうねえ。」

 冥王は機嫌よく話す。


 --まさか…修練に託けて《かこつけて》この木を破壊?まさかね…


 イリスはそんなことを思ってしまったが、冥王の表情からは邪悪な企みをしているようには見えない。


--こんなところで…何を?


「ホホホ。それでは皆さん、この木の周りに立って下さい。間隔は均等になるように…」

 冥王はジェイドの質問に答える代わりに指示を出す。


 ジェイドたちは、言われた通りに木の周りに円形になるように立つ。


「次に、両足を肩幅より広めに開き、少し腰を落とします。それから、両腕で胸の高さで円を作って下さい。両腕で柱を抱えているイメージをするといいですねえ。」



「では、目を閉じて体に流れる血が循環していることに意識を巡らせてください。

 そうしていると、血とともに何か他のものが流れていることが分かるはずです。

 それが魔力として変換される前の『マナ』と呼ばれる根源的な力です。

 呼吸にも意識を向け…呼吸がおへその下…『丹田』に届くようにするのと同時に、血の流れ、『マナ』の流れが『丹田』に集まるようにイメージしてください…」


「血と『マナ』の流れを丹田に集めること…呼吸を丹田に届かせること…これが魔法と武技の基礎となり、アナタ方の力を底上げするのです…」


 --マナの流れ…意識したことなかった…おへその下が暖かくなってる…


 --腐腐腐。マナなんていくらでも湧いてくるから気にしてなかったけど…悪くないわ〜腐腐っ


 アーシェもローズも魔法を習う際にこのようなことをしたことはなかった。

 魔法を使って消耗させ、休息を取って回復の繰り返しでマナや魔力が増えていくと教えられてきた。

 このような方法があることに二人は少し嬉しくなった。


 --マナ?そんなこと言われてもな〜


 サラは難しいことをあまり考えたくない。そういうことはシンの担当だと思っている。


「ホホホ。まずは呼吸を意識的にすることですねえ。それと、返事は不要です。集中が乱れますからねえ。」


 --すーはー、すーはー…。心臓から血が流れて…血の流れと…これじゃね?うん、なんか分かってきたような。


 感覚で理解したサラはマナの高まりを感じる。この修練に楽しさを感じ始めている。


 --徹底した基礎…基礎すぎて誰もしないレベル…

 でも、わざわざこんなところでやるのは…学園長の目から逃れるため?

 それは違う…冥王はそんなことを気にするタイプじゃない…

 この木が私たちを見守っているのは本当のように思える…

 その木を中心に円陣を組んでいる状態…多分そこに意味がある…?


「ホホホ。イリスさん、アナタは少し考えすぎる傾向にあるようですねえ。

 良いことでもあるのですが、考えすぎる結果、見落としが発生する場合もあるのですよ。

 たまには頭を空っぽにする時間も必要ですねえ。頭を休めることによって、思考はより鋭利になるのですよ。」


 --見抜かれた?流石は冥王といったところね…。牽制かしら?でも、冥王が私にそんなことをする理由はない…

 ダメね。考えすぎだわ。言われた通りに頭を空っぽにしましょう。


 --呼吸に意識を…分かんないです〜。


 カレンは冥王の言う通りにしようとするが、上手くいかない。アーシェもローズもサラもイリスも上手くできているのを感じる。自分は…と考えてしまう。


「ホホホ。分からなくてもやってみることです。速く歩む者、ゆっくり歩む者がいます。歩みが遅いことが悪いわけではなく、歩みが速いことがいいとも限らないのです。

 聖魔の星々の宿命を負った英雄たちでさえ、歩みが速かった者ばかりではないのですからねえ。」


 --デューハー、デューハー…何か、苦しいデュフ。


「アナタはなかなか興味深い状態にあるようですねえ。血の流れ、マナの流れを支える基礎部分が一般的な人間より一段階ほど低水準です。」

 ベルの傍に来た冥王はベルの状態について話す。



 --そ、そんな!∑(゚Д゚)


「ホホホ。心配なさらずとも大丈夫ですよ。欠けているなら補い、秀でているなら、伸ばすのが学校というものなんですねよえ。

 評価・競争という側面が目立つからか、見落とされがちなんですがねえ。」


 --デュフ…


 ベルはアーシェの方に意識を向ける。大きな気配を感じる。自分よりも大きなマナ。こんな自分がアーシェの傍にいてもいいのかと思ってしまう。


「今は、呼吸を深くして、丹田に届かせることを意識してくださいねえ。」


 --悩んでいるようですねえ。悩みながらも修練を積み重ね、答えを出して欲しいですねえ。彼女が負うことになる宿命を知ってなお、共にいることを選んで欲しいものですが…


 アーシェは『盟約の子』としていかなる宿命を負うことになるか、運命の女神にさえ分からないかも知れない。

 『--』と同等の存在など、この世界には存在しないのだから。

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