第53話 一触即発

「理恵さん、ちょっといいですか」


 昼休みの休憩室で、レオは中村三郎の娘、理恵に話し掛けた。


「なんですか、レオさん」


「いきなりですけど、今日仕事が終わった後、飲みに行きませんか?」


「えっ! ホント、いきなりですね。だって私たち、今までほとんど話したことないのに」


「今までは、お父さんの三郎さんに遠慮して声を掛けられませんでしたけど、もうそんなことを気にするのはばかばかしいと思ってやめたんです」


「そうなんですか。でも、もしこのことがお父さんにバレたら、きっとタダでは済みませんよ」


「確かに、若い頃の三郎さんは短気でよくケンカをしてたみたいですが、今は年齢を重ねてかなり丸くなっていますし、たとえケンカになったとしても、私も腕力には自信があるので、簡単には負けないと思います」


「なるほど。つまりレオさんは、お父さんにケンカで勝つ自信があるから、私を誘ってるんですね?」


「まあ、そういうことです。で、今夜どうしますか?」


「もちろん、お断りします。レオさんの悪い噂はよく聞いてるので」


「悪い噂?」


「はい。いろんな女性を飲みに誘っては、その度に口説いているという噂です」


「はははっ! その噂は半分は当たっていますが、半分はデタラメです。確かに私は、これまでいろんな女性を飲みに誘ってきましたが、そこで口説いたことなど一度もありません」


 自信満々に言うレオに、理恵は「本当ですか?」と疑惑の目を向けた。


「嘘だと思うのなら、今夜飲みに行きましょうよ。そうすると、私が今言ったことが事実だと証明されますから」


「レオさん、そんなことで、私が誘いに乗るとでも思ってるんですか? 悪いけど、私はそんな簡単な女ではないですよ」


「ほう。さすが三郎さんの娘だけあって、理恵さんは根性が据わってますね。じゃあ、今度は少し違った角度から攻めてみることにします」


「違った角度?」


「はい。唐突ですが、理恵さんはフランクフルトは好きですか?」


「はあ? そんなこと訊いてどうするんですか?」


「いいから、答えてください。それによって、理恵さんの深層心理が分かるので」


「なるほど、心理テストってわけですね。そういうことなら答えますけど、私はフランクフルトは大好きです」


「固いのと柔らかいのとでは、どちらが好みですか?」


「そうですね。どちらかというと、固いほうが好きですね」


「長さはどのくらいがいいですか?」


「長さは、ちょうど指を広げたくらいのものがいいですね」 


「なるほど。では、角度は?」


「角度?」


「はい。O度から45度までの中で、どのくらいが一番好みですか?」


 ニヤニヤしながら訊ねるレオに、理恵は何か感づいたような表情で「このエロ外人!」と強烈な捨て台詞を吐きながら、足早に去っていった。





 翌朝、前日のやりとりを理恵から聞いた三郎が、作業室に入るなりレオに詰め寄った。 


「お前、昨日娘にセクハラまがいの発言をしたそうだな」


「えっ! 私はそんなことしてませんよ」


「とぼけるな! 俺は昨日、娘から聞いたんだ。お前が、アソコをフランクフルトに例えたセクハラ発言したことをな」


「アソコって何ですか?」


「お前、まだとぼける気か? そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞ」


「考えとは何ですか?」


「お前を完膚なきまで叩きつぶす」


「ほう。確かに、若い頃の三郎さんなら、それも可能だったかもしれませんが、現在の三郎さんが、重量級の私にそんなことができるとは思えませんけどね」


「じゃあ、できるかどうか試してみるか? 言っておくが、俺は昔ボクシングで世界ランカーにまでなった男だぞ」


「そんなことを言えば、私がビビるとでも思ったんですか? それくらいでいちいちビクついてるようでは、女なんて口説けませんよ。はははっ!」


 レオは豪快に笑い飛ばしたが、内心は思い切りビビッていた。


「なんだと? お前を殴り飛ばしても刑務所に逆戻りするだけだから、素直に謝れば今回は許してやってもいいと思ってたが、どうやらまったくその気はないようだな」


「なんで私が謝らないといけないんですか? というか、娘のことで父親がいちいち出しゃばらないでくださいよ」


「娘が傷ついてるのを、見過ごせるわけないだろ。いいから、早く謝れ」


「嫌だと言ったら?」


「無論、お前は病院送りだ」


「ほう。自信満々なのはいいですが、それが口だけではないことを証明してくださいよ」


 レオは笑みさえ浮かべてそう言ったが、内心は震えあがるほどビビッていた。


「お前、何がなんでも謝らない気か? もし、引っ込みがつかなくなってるのなら、素直にそう言えよ」


「そんなこと言って、本当は三郎さんの方がそうなってるんじゃないんですか?」


「なんだと?」


 ただならぬ二人の雰囲気に、近くにいた坂川がたまらず声を掛けた。


「二人とも、もうそのくらいでやめた方がいいですよ。それ以上やると、本当に引っ込みがつかなくなりますから」


 真っ当なことを言った坂川だったが、そのことが逆に二人に火を点けた。


「「ストーカーは引っ込んでろ!!」」


 二人の言葉は思いがけず重なり、そのことで彼等の中に妙な連帯感が生まれた。


「やはり、お前もそう思っていたのか」


「はい。あいつは、絵に描いたようなストーカーですからね」


「はははっ! 確かに、お前の言う通りだ。あいつに比べたら、まだお前の方が数段マシだな」


「でしょ? あいつに比べたら、私の女好きなんて、全然かわいいもんですよ。はははっ!」


 ばっちり意見の合った二人に、さっきまでの刺々しい雰囲気はまったく見られなかった。




 


 


 




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