第41話 逃した魚は大きい?

──さてと、どうやって木本君に告白しようかな。


 問題人物の長崎智子は、木本に告白する機会を虎視眈々と狙っていた。


──今服さんも彼のこと狙ってるみたいだけど、あんなガキじゃ、木本君も物足りないに決まってるわ。やはりここは大人の魅力で迫るべきね。


 勝手にそう結論付けた智子は、仕事が終わった後、早速木本に「ねえ、木本君。今度二人きりでバーで飲もうよ」と誘った。


「なんで俺が長崎さんと飲みに行かないといけないんですか?」


「そんなに構えないで、もっと気楽にいこうよ」


「構えるなと言う方が無理がありますよ。だって俺たち、今までまともに話したことないじゃないですか」


「木本君って奥手そうだから、今まで話し掛けなかっただけで、実は前から興味を持ってたのよ」


「そうだったんですか。でも、いずれにせよ、俺は長崎さんと飲みに行くことはできません」


「なんで?」


「他に好きな人がいるからです」


「もしかして、それは今服さん?」


「違います」


「じゃあ、誰なの?」


「長崎さんに言う必要はないと思いますが」


「あるわよ。デートを断られて傷ついてるんだから、私に知る権利はあると思うな」


 木本はしばらく考えた後、『ふう』と大きく息をしながら、「長谷川さんです」と答えた。


「えっ! 私が言うのもなんだけど、長谷川さんと木本君とでは、年齢的にバランスが取れないんじゃない?」


「この前、岡さんにも同じようなこと言われました。確かに傍から見ればそうかもしれませんが、俺的には何の問題もないです」


「木本君になくても、向こうはどうか分からないじゃない。で、もう告白はしたの?」


「いえ、まだです」


「じゃあ、早くした方がいいよ。もしダメだった場合は、私にもまだチャンスがあるってことだよね?」


 喜多代同様、智子もポジティブシンキングの持ち主だった。


「たとえ長谷川さんにフラれたとしても、それですぐに他の女性に切り替えられるほど、俺は器用じゃありませんよ」


「そういう一本気な性格も、なんかそそられるわ。じゃあ、もし長谷川さんにフラれたら私が慰めてあげるから、すぐに教えてね」


 そう言うと、智子は木本にウインクしながら、その場を離れていった。





 数日後の昼休み、木本は勇気を振り絞って、長谷川裕子を人気のない場所へ呼び出した。


「木本君、用ってなに?」


「俺、不器用なので、回りくどいことはやめて単刀直入に言います。俺、実はずっと前から、長谷川さんのことが気になってました。もし良かったら、俺と付き合ってくれませんか?」


「えっ! 木本君って、今いくつだっけ?」


「26歳です」


「じゃあ、私より17歳も年下なんだね。木本君の気持ちは嬉しいけど、私、年下には興味がないのよ」


「……そうですか。なんとなく、そんな気はしてましたけど、実際に断られると、やっぱりショックですね」


「ごめんね。昔、一度だけ年下と付き合ったことがあるんだけど、その時の相手が最悪で、それ以来もう年下とは付き合わないって、自分の中で誓ったんだ」


「そうだったんですか。ちなみに、その相手はどんな人だったんですか?」


「堪え性がない奴で、どんな仕事も長続きしなかったの。で、仕事を辞めるたびに、私にお金をせびってきて、ほんと最低な男だったのよ」


「俺は今は派遣社員に甘んじてるけど、ここの期間が満了したら、すぐに正社員として働けるところを探すつもりです。なので、もう一度よく考えてくれませんか?」


 なおも食い下がる木本に、裕子は「17歳も年下のあなたを、とてもじゃないけど彼氏としては見れないわ」と、突き放すように言った。


「それは、俺が子供過ぎるということですか? 俺は年齢の割には声が低いし、顔も結構老けてるから、長谷川さんと付き合っても、あまり違和感はないと思うんですけど」


「木本君がそう思ってても、私はそう簡単に割り切れないのよ。もし付き合ったとして、この先結婚ってことになったら、どうするの? 木本君のご両親は反対するに決まってるでしょ?」


「もし反対したら、俺は親と縁を切ります。それなら、問題ないでしょ?」


「あるわよ。じゃあ、子供はどうするの? 私の年齢だと、子供を産むのはかなりの危険を伴うのよ」


「俺は子供なんていりません。長谷川さんが側にいてくれれば、それでいいです」


「あなた、どさくさに紛れて、プロポーズみたいなセリフ言わないでよ」


「バレました? このまま勢いで押し切ろうと思ってたんですけど、やはり通じなかったみたいですね」


「あははっ! 木本君て、意外とチャーミングなところもあるのね。そういう部分をこれから出していけば、私なんかよりもっと素敵な人が現れるわよ。実際、この工場にも何人かいるじゃない」


「それは、たとえば長崎さんとかですか?」


「えっ! ……あの人はあまりお勧めできないけど、今服さんとか岡さんなら、木本君と合うと思うわ」


「そうですか。長谷川さんがそう言うのなら、俺は今服さんと付き合うことにします。聞くところによると、彼女は俺のことが好きみたいなので」


「そうなの? じゃあ、そうした方がいいよ。彼女も喜ぶと思うし」


 口ではそう言いながらも、あっさりと心変わりした木本を、少し不満に感じる裕子だった。 

 




 


 

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