第34話 ヘタな小細工をして気を引こうとするレオ

 先週派遣社員として入社してきた森安奈は、その美貌と賢さから、たちまち男性社員の注目の的となった。


「森さんて、ほんと綺麗ですよね。もしかしたら、藤原さん以上かも」


 興奮気味に話すレオに、協田は「確かにな。しかも彼女、あの有名な○○女子大を卒業してるんだろ? 『天は二物を与えず』って言うけど、彼女にはそれがまったく当てはまらないよな」と、レオに輪をかけて安奈を褒めたたえた。


「彼女まだ独身みたいだし、こうなったら藤原さんから乗り換えるのもいいかもしれませんね」


「おい、おい。彼女は独身でも、お前はれっきとした妻子持ちだろ。というか、いくら藤原さんに絶交宣言されたからといって、それじゃ節操無さすぎだろ」


はなから、私に節操なんてありませんよ。ということで、仕事が終わったら、早速彼女を飲みに誘おうと思います」


「そうか。じゃあ、今日からお前は俺のライバルになるわけだな」


「どういう事ですか?」


「俺も彼女を狙ってるって事さ」


「マジですかっ! 協田さんが恋敵になって、私に勝ち目なんてあるわけないじゃないですか!」


「いや、そうとは限らないぞ。もしかしたら、彼女がとんでもなく外人好きな可能性だってあるしな」


「確かに、その可能性も無くはないですが、確率的には極めて低いですよね」


「まあ、そういう事だ。分かったら、彼女のことはあきらめるんだな」


「仕方ないですね。じゃあ、森さんのことはあきらめて、再び藤原さんに狙いを定めようと思います」


「お前も懲りない奴だな。もう藤原さんのことはあきらめて、口の堅いセフレでも探せよ」


「そんなの、簡単に見つかりませんよ。というわけで、後でまた藤原さんに声を掛けてみます」






 やがて仕事が終わると、レオは久美ではなく安奈に声を掛けた。


「森さん、良かったら今度、私と二人で飲みに行きませんか?」


 安奈が無類の外人好きという一縷の望みにかけたレオだったが……。




「レオさんて、たしか結婚されてるんですよね? 申し訳ありませんが、妻帯者の方と二人きりで飲みに行くことはできません」


「どうしてですか?」


「奥さんに変な勘繰りをされたくないからです」


「それなら大丈夫ですよ。私とワイフの仲はすっかり冷え切っているので、そんなことはまったくありませんから。はははっ!」


 平然と嘘を言ってのけるレオに、安奈は「たとえそうでも、私は飲みに行く気はまったくありませんから」と、真っ向からノーを突きつけた。


「二人きりなのを警戒してるのなら、もう少し人を増やしましょうか?」


 なおも食い下がるレオに、安奈は「協田さんが来るのなら、行ってもいいですよ」と、やや態度を緩和させた。


「えっ! ひょっとして、森さんも協田さんのことが好きなんですか?」


「まだ好きというわけではありません。ただ興味があるので、一度話してみたいと思ってたんです」


──おい、おい。協田さんて、どこまでモテるんだよ。こうなったらもう、嘘をつくしかないな。


「協田さんはトラブルを避けるために、この職場の女性とはもう飲みに行かないそうです。なので、他の人を連れて行ってもいいですか?」


「いえ。私は協田さんにしか興味が無いので、彼が来ないのなら私は行きません」


「分かりました。では、私が説得して協田さんを連れて来ます。それでいいですか?」


「はい」





 後日、居酒屋の前で待っていた安奈に、レオは「協田さんは急用で遅れるみたいなので、二人で先に入りましょう」と声を掛けた。


「そうですか。そういうことなら仕方ないですね」


 店に入ると、二人はビールとつまみを適当に頼んだ。


「で、協田さんはどのくらい遅れるんですか?」


「三十分くらいって、さっき連絡がありました。なので、その間お互いの身の上話でもしませんか?」


「まだ、まともに話したことも無いのに、そんな話はできません。でも、レオさんが話したいのなら、聞いてもいいですよ」


「分かりました。前も言いましたが、私とワイフの仲はすっかり冷え切っていて、もはや修復するのは不可能な状態なんです。このままだと、離婚は避けられないでしょうね」


「それは残念ですね。ところで、そうなった一番の原因はなんですか?」


「一番と限定するのは難しいですね。いろんなことが積み重なって、このような現状になったわけなので」


「なるほど。で、レオさんとしては、このまま離婚してもいいと思ってるんですか?」 


「ええ。子供は可哀想だと思いますが、仮面夫婦を続けるのはもう疲れました。あっ、ちょっと待ってください。協田さんから着信がありました」


 そう言うと、レオは席を立って店外に出た。


 一分ほど経って戻ってきたレオは、「残念ですが、協田さんは来れなくなりました」と、安奈に告げた。


「どうしてですか?」


「用が思いのほか長引いて、まだ時間が掛かるみたいなんです」


「そうですか。では、このままここにいても仕方ないですね」


 そう言って席を立とうとした安奈の手を掴みながら、レオは「せっかくここまで来たんだから、もう少し話をしましょうよ」と、やや強引に席に着かせた。

 すると……






「レオさん、そんな下手な芝居までして私を口説きたいんですか? そもそも、奥さんと離婚間近と言ってたのも、全部嘘なんでしょ?」 


 レオの小細工は、頭の良い安奈にはまったく通用しなかった。


「協田さんが今日ここに来るって言ってたのも、私に来させるための嘘だったんでしょ? 自分の欲望のために手段を選ばないあなたを、私は心から軽蔑します」


 痛烈な捨て台詞を吐きながら立ち去る安奈を、レオはただ茫然と見送ることしかできなかった。 


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