第31話 問題人物の言うことを真に受けるレオ
「ねえ、長崎さん。木本さんのことが好きって本当なんですか?」
作業中に他の派遣社員たちが話しているのを偶然耳にした今服喜多代は居ても立っても居られず、昼休みになると早速本人に確かめた。
「本当よ」
なんの
「色々あるんだけど、一番は声かな。あの低音ボイスで話してるのを聞いてると、ゾクゾクするんだよね」
「そうなんですか。でも長崎さんて、たしか34歳でしたよね? 26歳の木本さんとは、結構年が離れてると思うんですけど」
「そうかな? 8歳差のカップルなんて、ザラにいると思うけど。というか、そんなのあなたには関係ないでしょ?」
「いえ、関係あります」
「なぜ?」
「私も木本さんのことが好きだからです」
智子に負けじと、喜多代もはっきりと言い切った。
「ふーん。で、あなたは彼のどんなところが好きなの?」
「私はずばり体です。水泳で鍛えたあの筋肉質な体を見てるだけで、もう興奮しちゃって」
「へえー。ということは、あなた彼の体だけが目的なのね」
「それ、どういう意味ですか?」
「文字通りの意味よ。要するにあなたは、筋肉質な男なら誰でもいいってことよ」
「そんなことありませんよ! 体以外の顔とか性格も重要だし、そういうのを全部ひっくるめたうえで、私は木本さんのことが好きになったんです」
「どうだか。それより、もう彼にはその気持ちを伝えたの?」
「まだですけど」
「いつ伝えようと思ってるの?」
「まだ木本さんのことをよく知らないので、もう少し話をしてからにしようと思ってます」
「そうなんだ。じゃあ、その前に私が告白しちゃうけど、いいよね?」
「えっ! ど、どんな風に告白しようと思ってるんですか?」
「私はまわりくどいことは嫌いだから、正面から思い切りぶつかるつもりよ」
「そうですか。でも、こう言ってはなんですけど、長崎さんて基本変わってるじゃないですか? そんな人から告白されても、木本さんは困るんじゃないですかね」
「ふふ。あなた、それで牽制してるつもり? 悪いけど、そんなので告白をやめるほど、私はヤワな女じゃないのよ」
「なるほど。さすが三人しかフォロワーがいないにもかかわらず、ネットに投稿し続けてるだけあって、神経が図太いですね」
「なっ、なんであなたがそれを知ってるのよ!」
「レオから聞いたんです。彼、そのことを笑いながらみんなに言いふらしてましたよ」
「なんですって! あいつ、余計なことして! 後でギタギタにしてやるから!」
「返り討ちにされるのは目に見えてるので、やめといた方がいいんじゃないですか?」
「正面から襲い掛かるほど、私もバカじゃないわ。その代わり、精神的にもう二度と立ち直れないようにしてやるから」
そう言うと、智子はその場を立ち去り、レオのもとへ駆け出した。
「ねえ、レオ。あんた、たしか藤原さんのことが好きだったよね?」
「そうですけど、それがどうかしましたか?」
「私この前、彼女と話す機会があったんだけど、その時にレオのこと話してたわよ」
「えっ! 藤原さんは、何て言ってたんですか?」
「もしレオと結婚できるのなら、今の旦那と別れてもいいって」
「えっ! もしそれが事実なら、私はすぐにでもワイフと別れます!」
「もしじゃなくて本当なのよ。彼女あまのじゃくなところがあるから、すぐには認めないかもしれないけど、じっくり攻めればそのうち白状すると思うわ」
「分かりました。じゃあ早速明日にでも、藤原さんに訊いてみます」
翌朝、レオは作業室に入るなり、久美のもとへ駆け出した。
「おはようございます。藤原さん、いきなりですけど、私と結婚してください」
「えっ! レオ、朝っぱらから何言ってるの?」
「藤原さんが私と結婚したがってることを、昨日ある人から聞きました。なので、早速プロポーズしたんですけど」
「ちょっと待ってよ! なんで私とレオが結婚しないといけないのよ! というか、ある人って誰?」
「長崎さんです」
「あんた、あんな人の言うことを真に受けたの? あんな問題人物で有名な人が、まともなこと言うわけないじゃない」
「藤原さん、恥ずかしいのは分かるんですけど、そろそろ自分の気持ちに正直になった方がいいんじゃないですか?」
「どういう意味?」
「本当は藤原さんも私と結婚したいんでしょ? お互いパートナーがいるので、今すぐにとはいきませんが、できるだけ早く結婚式を挙げましょう」
「なんでそうなるのよ! 私はレオのこと好きじゃないって、もう何回も言ってるよね? なんでそれが分からないの?」
「それは照れ隠しなんでしょ? 長崎さんに打ち明けた藤原さんの本当の気持ちを、私にも聞かせてください」
「私は長崎さんと話したことなんて一度もないわよ! レオ! もうあんたとは絶交よ! 二度と私に話し掛けないで!」
そう言うと、久美は逃げるようにその場を離れていった。
その姿を目で追いながら呆然と立ち尽くすレオを、智子は遠くで嘲笑っていた。
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