第18話 協田の過去(前編)
「協田さん、今はどんな物語を書いてるんですか?」
居酒屋のテーブル席で、大重聡子は目を輝かせながら訊いた。
「今は映画とドラマの公募用の作品を書いてる。ちなみに、映画はコメディでドラマは恋愛ものなんだ」
「へえー。どんな内容か、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「そうしたいのは山々だけど、ネタバレになるから教えることはできないんだ」
「そこをなんとか!」
手を合わせてお願いする聡子に、「ダメよ、そんな無理言っちゃ」と、藤原久美はすぐさま
「そんなに
「わかったわ。楽しみは後にとっておいた方がいいしね」
「期待してもらってるところ悪いけど、そう簡単に賞をとれるほど、この世界は甘くないんだよ」
「これは、あくまでも私の勘ですけど、協田さんの作品が賞をとる気がしてならないんですよね」
「私は脚本の世界がどんなものかわからないけど、協田さんならいつの日か必ず日の目を見ることができますよ」
相変わらずの協田のモテモテぶりに業を煮やしたレオは、「そういえば、協田さんって、ここに来る前はどんな仕事をしてたんですか?」と、半ば強引に話題を変えた。
「俺は大学を卒業してすぐに建設会社に就職したんだけど、上司と合わなくて一年も持たずに辞めたんだ。それからすぐに化粧品のセールスに転職したんだけど、売り上げが良過ぎて同僚から反感を買っちゃってさ。それで居心地が悪くなって、結局そこもすぐに辞めてしまったんだ」
「売り上げが良過ぎて反感買うなんて、男の世界でも嫉妬はあるんですね。でも、私も協田さんが勧める化粧品なら是非使ってみたいです」
「私もです。協田さんから買えば、今より二割増しで綺麗になりそうだし」
「はははっ! 化粧品なんて、正直どこで買っても大差ないよ」
「協田さんの言う通りですよ。それより、その後の経歴を聞かせてください」
そう言って話を促すレオに、協田は「二回とも会社の人間関係が原因で辞めたから、次は一人でもできる仕事をしようと思って、タクシー運転手になったんだ」と、意外な言葉を放った。
「えっ! 協田さんがタクシー運転手って、なんかイメージと違いますね」
「そうね。タクシー運転手って、圧倒的に年配の人が多いもんね」
「確かにその通りだよ。俺、二十五歳の時にタクシー会社に入ったんだけど、当時二十代はおろか三十代の人もまったくいなかったからな」
「ということは、協田さん以外は皆四十代以上だったんですよね? そんな所に居て、肩身の狭い思いはしなかったんですか?」
「レオは知らないかもしれないけど、日本のタクシー運転手って基本的に一人でなんでもやるんだよ。だから、そんな状況でも、まったく苦にならなかったんだ」
「でも、タクシーって酔っ払いとかも乗ってくるから、大変だったんじゃないですか?」
「まあな。確かに酔っ払いにも苦労したけど、俺は普通のOLとかの方が嫌だったな」
「どうしてですか?」
「中には連絡先をしつこく訊いてくる者もいてさ。相手は一応客だから、無下にはできないだろ? どうやって断ればいいか、いつも頭を悩ませてたんだよな」
遠い目をしながら語る協田に、久美は「さすが協田さん! 当時からモテモテだったんですね」と、賛辞の言葉を贈った。
「そうでもないよ。俺のピークは高校時代で、バレンタインデーの時に軽く百個を超えるチョコをもらったんだ」
「百個ですか! モテてるとは思ってたけど、まさかそんなにもらってるとは思いませんでした」
「私もです。ちなみに、その中の誰かと付き合ったんですか?」
「いや。もしそんなことすれば、たちまちその子が他の子の標的にされちゃうだろ? だから、高校時代は誰とも付き合わなかったんだ」
「そんな理由で誰とも付き合わなかったなんて、カッコ良過ぎです!」
「やっぱりイケメンの人って、心も綺麗なんですね!」
「そうですかね? 私だったら、その中の何人かと付き合いますけどね。だって、もったいないじゃないですか」
空気を読まないレオの言葉に、当然ながら二人は憤慨した。
「もったいないって、どういう意味よ! というか、あんたは関係無いんだから、話に入ってこないでよ!」
「そうよ! あんたは、ただ黙って聞いてればいいのよ!」
「それはちょっとひどくないですか? それじゃ、私がここにいる意味がないじゃないですか」
「あんたは自分の話だけして、後は聞き役に回ってればいいのよ!」
「そうよ! 今度余計な口出ししたら許さないからね!」
「二人とも、そんなに興奮するなよ。レオはただ正直な感想を言っただけなんだからさ」
二人に責め立てられるレオを見かねた協田がフォローにはいった。
そしたら……
「こんなレオを庇うなんて、やはり協田さんは人間ができてますね!」
「今の言葉を聞いて、私益々協田さんのファンになりました!」
目をキラキラ輝かせながら、協田に羨望の眼差しを向ける二人に、レオはそれ以上何も言うことはできなかった。
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