第16話 日本の文化を学ぶレオ

「また、あなたなの! ほんと、いい加減にしてよね!」


 作業室に響き渡る井上の怒号。

 その矛先は、問題人物として有名な派遣社員の長崎智子に向けられていた。


「この前もちゃんと説明したよね? なんでそれができないの?」


「説明を受けた記憶がまるでないんですが」


「はあ? 何言ってるの? あなた、私の話を聞いてなかったの?」


「聞いてないもなにも、そのような記憶がないのだから、仕方ないじゃないですか」


「なに開き直ってんのよ! あなたはいつもそうやって言い訳ばかりしてるけど、それがいつまでも通用すると思ってたら大間違いだからね!」


「私は別に言い訳してるつもりはありません。ただ事実を言っているだけです」


「まず、その機械的な喋り方をやめなさい! 聞いててイライラするのよ!」


「物心がついた頃からずっとこの喋り方なので、今さら変えようがありません」


「幼い頃からそんな喋り方だったの! もしかして、あなたロボット?」


「いえ、ロボットではありません」


「何、冷静に返してんのよ! 冗談なんだから、少しくらい笑ったらどうなの!」


「私は愛想笑いができないタイプなんです。なので、面白くもないのに、笑うことなんてできません」


「キイーッ! あなたと話してると、頭が変になりそうだわ」


 そう言うと、井上は頭を抱えながらその場を去っていった。


──ふふ。やはり、ミスをした時はこの手に限るはね。


 いつもの常套手段が見事に決まり、したり顔の智子。

 彼女は仕事で失敗した時に、いつもこの方法で乗り切っていた。





「いつもながら、見事なかわし方でしたね」


 昼休みの休憩室で、先程近くで二人のやり取りを聞いていたレオが、智子に話し掛けた。


「でしょ? ああいう感情的な人には、さっきのように、のらりくらりとかわす方法が一番なのよ。そうしてるうちに、私がミスしたことはいつの間にか忘れてしまっているから」


「なるほど。今度私がミスをした時は、早速その手を使わせてもらいます」


「ダメよ、レオ。この方法は私が編み出した、いわば特許のようなものだから、私以外の者が使ってはいけないのよ」


「特許だなんて、そんな大げさな。少しくらい使ってもいいじゃないですか」


「いいえ。みんながこの方法を使い始めたら、いくら頭が悪い井上でも、そのうち気付くかもしれないでしょ?」


「頭が悪いって……長崎さん、いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか?」


「全然言い過ぎじゃないわよ。逆に、これでも言い足りないくらいよ。それより、レオ。私、家で作ってるお菓子の写真をネットにあげてるんだけど、見たことある?」


「いえ。そのこと自体、まったく知りませんでした」


「あっ、そう。じゃあ、この機会に一度覗いてみてよ」


──うーん。これは困ったことになったぞ。まったく興味が無いなんて言えないし……


 迷った挙句、レオは「わかりました。じゃあ、今度時間があったら見てみます」と、無難な答え方をした。

 すると……





「あんた、そんなこと言って、本当は全然見る気なんてないんでしょ?」


 レオの嘘は、智子には通用しなかった。


「あんたは悪い意味で正直だから、思ったことがすぐ顔に出ちゃうのよ。ブラジルならそれでいいかもしれないけど、日本ではできるだけ本音は隠しておいた方がいいわよ」


「なぜ、その方がいいんですか?」


「簡単に言うと、日本は昔からそういう文化だからよ」


「わかりました。じゃあ、できるだけ顔には出さないようにします。ところで、さっきお菓子の写真をネットにあげてるって言ってましたけど、フォロワーは何人くらいいるんですか?」


「三人よ」


「えっ! ……まあ、たとえ三人でも、見る人がいれば写真をあげる価値はありますよね」


「あんた、言ったそばから、全然できてないじゃない」


「何がですか?」


「あんた、そんなこと全然思ってなくて、心の中では『たった三人しかいないのなら、さっさとやめてしまえ』と思ってるんでしょ?」


 先程同様、レオの心の中はすっかり読み取られていた。


「……さすがに鋭いですね。まあ、言われてすぐ実行できるほど、私は器用ではないということですよ。はははっ!」


「私相手に、笑ってごまかせると思ってるの? 罰として、あんたには四人目のフォロワーになってもらうからね」


「えっ! ……なんで私がそんな目に?」


「そんな目ですって! レオ、あんた心の声をダダ洩れさせてんじゃないわよ!」


「先に『罰として』と言ったのは長崎さんの方じゃないですか。長崎さん本人が、フォロワーになることを罰ゲームと捉えてるんでしょ?」


「ぐっ……レオ、罰ゲームでもなんでもいいから、とにかく私のフォロワーになってよ」


「残念ですが、それは丁重にお断りします」


「なんで?」


「菓子工場で働いていてなんですが、私はお菓子にまったく興味が無いんです。なので、長崎さんのフォロワーになることはできません」


 堂々と答えるレオの表情からは、さすがの智子も彼の本音を読み取ることはできなかった。


「わかったわ、レオ。じゃあ、フォロワーの件は無しにしてあげる」


「本当ですか! ラッキー!」


 レオは嬉しさのあまり、思わず叫んでしまった。


「レオ! やっぱりそれが本音だったのね!」


「えーと……やはり日本の文化は、私にはまだまだ難しいみたいです」


 智子の鋭いツッコミに、そう答えるのが精一杯のレオだった。


  


  

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